創部100周年を祝う行事があり、京都に帰省した。


ボルネオ7番のブログ-パーティ会場


形式張ったパーティになるんだろうなと思っていたが、予想を裏切り、実に感動的で、思わず涙が出そうになる場面まであった。


創部100周年を祝うくらい歴史のあるチームなので、出席者も80代から現役の高校生、中学生まで、悠に親子三代を超える年齢層から集うことになる。私は真ん中から少し上の年齢だが、60代以上の先輩や40代以下の後輩をほとんど知らない。自然と、年代毎に作られたテーブル内だけの会話があちらこちらで進むことになる。


そんな中、チームを永年に亘り指導してこられた大先輩のM尾さんやI藤さんの記憶に残る「最も勇気あるタックラー」や「最も良く働いた女子マネ」、又、「M大先輩に殴られたことのある、たった一人の選手」が写真と共にスクリーン上で紹介された。現役の高校生だった頃の写真や新聞記事、その後の活躍や人生がユーモアたっぷりに、時にはシンミリと紹介される。その度に笑わされ、そしてジーンと胸に迫る感動を味わうことになったが、気が付くと会場が見事に一体化していた。


「共通点を探せば友人になり、相違点を探すと喧嘩になる」と聞いたことがあるが、80代の長老OBから20代の若手OBまで、参加者全員が各々の現役だった頃を思い出し、同じような経験や似たような仲間を思い浮かべ、一気にタイムスリップできたのではないか。我々の共通点は高校時代に同志社でラグビーをしていたことであり、その原点に戻れば、年齢こそ違え、我々はラグビーに情熱を傾け、ゲームの勝敗に泣いたり笑ったりして青春を過ごした仲間同志なのだ。


ボルネオ7番のブログ-サイン入りボール


さて、私がウルウルしたのは、選手たちが感謝の気持を込めて女子マネに贈ったという、選手たちのサイン入りラグビーボールが写真で紹介されたときである。彼女はそのボールにつき、「私が死んだ時、棺桶に入れてもらおうと思った。今でも真面目にそう思っている」と語ったのだ。その話を聞いて、選手たちと女子マネの心の交流を思い、その感動が今も息づいていることを知って、目頭が熱くなった。何と素晴らしい後輩達。人の痛みや苦しみを理解し、その為に自分にできることをする。それを知ったときには、心から感謝する。そういう素敵な先輩や後輩が多かったから、こうして100周年を迎えることができたのだと思った。