僕が一番恐れていたニュースは、5月2日と3日の狭間・・・友だちの一人に送信用のメッセージを書き込んでる最中、観るとでもなく付けていたテレビから、突然流れてきた
「人気ロック歌手“ 忌野 清志朗 ”さんが×月×日( あまりのショックに聞き取れなかった )死亡していたことが発表されました・・・」
あとの言葉は、真っ白になって覚えていません
あとの言葉は、真っ白になって覚えていません
涙と鼻水でグシャグシャになった僕は、よく見えないモニターを必死で見据えて、もっと長くなるはずのメッセージを簡潔にまとめ、友だちに事情を説明し“ 非礼 ”を詫びて送信し、いったんパソコンをたたんだ
涙が後から後からあふれて止まらなかった。 自分の身内が死んでもここまで泣くのだろうか・・・
神様、そりゃぁ無いだろう、いっそ死にたくなった悲しみを乗り越えてやっと回復しそうだった俺から、心の支えだった神にも等しい人を連れて行くのか?
清志朗さんとの出会いは、まだガキの頃・・・周りのクラスメートは“ ザ・ベストテン ”に出てくる“ アイドル歌手 ”やくだらない“ お友達ロック ”に夢中で・・・ひねくれ者の僕はそれらの何がいいのか理解できず孤立していた
そんな時、一人のクラスメイトが1本のカセットテープを貸してくれた
ほとんど話したことの無い彼が、なぜ僕を選んで「それ」を貸してくれたのかは、いまだに謎だ。 たぶん彼のほうが僕より少し“ おとな ”で、同類の匂いを嗅ぎ分ける能力に長けていたのだろう
ほとんど話したことの無い彼が、なぜ僕を選んで「それ」を貸してくれたのかは、いまだに謎だ。 たぶん彼のほうが僕より少し“ おとな ”で、同類の匂いを嗅ぎ分ける能力に長けていたのだろう
カセットに張られていたレーベルには「ブルー/RCサクセション」とだけ書かれていた
???よく、分からないまま、帰宅し、夕食を終えた僕は、あまり興味のないままラジカセの再生ボタンを押した
重たいドラムの音の後、歪んだギターが引きずられ、おもむろに清志朗さんが歌いだす
“ ほら、もういっちょう。これはロックンロールショー !”1曲目 “ ロックンロールショー ”
ぶっ飛んだ・・・・クラスメイト達がキャーキャー騒いでる音とは全く異質な音
ぶっ飛んだ・・・・クラスメイト達がキャーキャー騒いでる音とは全く異質な音
“ OH 神様!あの娘とぶっ飛んでいたい! OH! 神様!でも目を覚ませばステージの上。 役立たずの神様ぁ~! ”
2曲目 “ おふくろの歌を遠い夜空に。ブルースをブルースをあいつは今夜も演るのさ!明日はこの街、どのツラ下げて歌う、飲んだくれジョニー! ”
旅から旅へ歌ってまわるブルースマンの歌“ Johnny Blue ”
旅から旅へ歌ってまわるブルースマンの歌“ Johnny Blue ”
名曲・スローバラードもいいけど、僕にとってRC至高のバラード3曲目の“ 多摩蘭坂 ”
ディストーションの思いっきり利いた“ チャボ ”のギターで始まる、けだるい名作“ ガ・ガ・ガ・ガ・ガ ”
後に“ 連野城太郎 ”氏の書いた「GOTTA!忌野 清志朗」で初めて事の経緯を知った、逝ってしまった友に捧げた“ まぼろし ”
チョッと場違いな気もするけど、ファンには嬉しい、当時あまり歌の上手くなかった“ チャボ ”がヴォーカルをとった“ チャンスは今夜 ”
やりきれない歌詞なんだけど、さすらい人の「人間へのやさしさ」を歌い上げた“ よそ者 ”
永遠の暴れん坊、忌野 清志朗が国家権力への敵意むき出しで、リリースの際、音の一部を消されてしまった不思議なラブソング“ あの娘のレター ”
あたまを“ ガツンッ ”て殴られたようになった僕の世界観が一夜のうちにコペルニクス的転換をして僕は酔いしれた、まだ酒の飲める年じゃなかったけど( 家庭の事情で月一回必ず酒でベロベロになってた )
さぁ大変だ!貧乏な上に、複雑な家庭で生まれ育った僕の限られた小遣いでの“ 貸レコード屋巡り ”が始まった
「なんだ、やっぱりテレビでやってる歌なんて、くだらない歌なんだ!」僕は有頂天になった
いつしか顔見知りになった貸レコード屋のお兄さんが先生になって、他にもいいミュージシャンを教えてくれる
清志朗さんがらみで、当時仲の良かった上田正樹を教えてもらった「悲しい色やね」しか知らない人!聴かぬは一生の恥ですよ!あの歌、歌ってる本人が一番嫌いで、今でもライブハウスじゃ絶対やらない
そして、上田正樹の心の師匠“ オーティス・レディング ”を知ってから僕の音楽の興味は爆発的に広がった・・・オーティスの薫陶を受けたミュージシャンはあまりに多い
清志朗さんの口癖「ガタァ・ガタァ・ガタァ・ガタッ!」の元がオーティスだって知ってましたか?
あと、古いところでは「ジャニス・ジョップリン」彼女は限りなくオーティスに近づこうとして夭逝した
最近では「ウルフルズ」などなど・・・挙げていったらキリがない
後に聞き狂うこととなる「憂歌団」は当時の僕はガキすぎて、理解できなかった
と、言うわけで、いろんな音楽遍歴を経てきた僕だけど、いつも、心の中には清志朗さんがいた
坂本龍一と組んだ「い・け・な・い・ルージュマジック」YMOが死ぬほど嫌いだった僕が、いざ聞いてみると・・・まぁこれはこれでいいかな・・・
坂本冬実と組んだ「シークレット・エージェント・マン」いくら何でも演歌とは・・・ん?、ええがな・・・
時が過ぎ、激しくメンバーの入れ替えがあった“ RCサクセション ”は力尽き解散するけど・・・
“ チャボ ”のギターを失った後も清志朗さんのパワーは衰えない
タイマーズ時代に関しては本人の希望どおり、あの謎のヴォーカルと清志朗さんは他人だって思うことにしてる
ただ、当時在籍していたレーベルが、これだけは勘弁してくれって頭下げて、仕方なくインディーズで出したアルバムの「ヘリコプター」って曲に“ 阪神大震災 ”の罹災者のぼくは震撼した
「この人は真剣に怒ってる! あの時間と共に一人一人焼死し、圧死していく地獄の現場を“ 今世紀最大のショー”みたいに、嬉しそうにへりの上から報道していたアホなマスコミに。 そして遥か彼方の永田町で他人事みたいに振る舞ってた無能な政治家に・・・」
清志朗さんは吠える
# 「(日本語で歌を唄うのは)ただ単に英語ができないから日本語で唄ってるだけ。いつも日本語で喋っているし日本語しか喋れないから、日本語で歌を唄う以外ないという感じなのね。やっぱ、意味が分かってないと唄えないでしょ」
# 「ビートルズなんて、大した才能じゃない。彼らが日本人だったら、あんなになりゃしなかった」
# 「ロックでメッセージを伝えるのはダサいなんて言ってる奴は、ロックをわかってないと思うな」
# 「周囲より僕は歌の力ってのを信じてます」
# 「民主主義国家だとか言論の自由だとか小さい頃から教わってきたわけじゃない?日本はいい国だって。結局は自分のやりたいことをやろうとすると、こんなことになっちゃって…」(RCのアルバム『COVERS』の発売中止が決定したことを受けて。)
清志朗さん!
そりゃ、まだ一本筋通して、骨太なロックやってるやつ等もいるけど・・・
こころが、自分じゃどうしょうも無く落ちちまった時、逆に“ ガンガン ”にハイになってご機嫌にぶっ飛びたい時
俺達にはまだ、忌野 清志朗が必要なんだ!
俺達にはまだ、忌野 清志朗が必要なんだ!
アンタが、癌を再発したって聞いた時、呆然となったよ
そりゃいつかは死ぬよ・・・あんただって生身の人間なんだから
だけど・・・絶対帰ってくるって信じてた。 待ってた
もっと、すげぇ新曲で、また俺達をぶっ飛ばしてくれるって思ってた
くそったれ!止まってた涙がまた流れ出してモニターが良く見えネェ!
もう、ずいぶん前にマイクを置いちまった俺には、あんたを自分の歌で送る資格が無い
だから、むかしアンタが逝っちまった親友を送ったときに作った曲を送ります
俺が逝ったとき、あの世のライブチケットは簡単に手ぇ入るのかな?
| 忌野 清志朗! 俺がくたばる瞬間まであんたを忘れることはないぜ! |
いつか、あの世でスゲェ新曲聴かしてくれよ!