無事に前期を通えた息子。
半年前を思い出すと、あの変化は「V字回復」と言ってもいい
あの頃を思えば、今は本当に穏やかで、ありがたい時間です
それなのに、ふとしたときに、心がざわつくこともあります。
夏休み🌻
夕方からバイトには行っているけれど、それ以外は昼間に寝ていることも多く、特別どこかに出かけるわけでもない。そんな姿に、私はどこか物足りなさを感じてしまうのです。
「せっかくの夏休みなのに」
「もっと何かできるんじゃないか」
「若者らしく、楽しんでほしい」
そんな思いが浮かびます。
でも立ち止まってみると、それは息子の状態というより、“私の中にある理想の夏休み像”なのかもしれないと思いました。
私にとっての大学生の夏休みは、普段できないことに挑戦する時間。経験を増やし、思い出をつくり、少し大人に近づくような時間。
だからこそ、免許を取るとか、何かに飛び込むとか、そんな過ごし方をどこかで期待していたのだと思います。
現在の息子を見ながら考えてみる。
前期をおえ、この半年多くのエネルギーを使ってきたはず。
バイトに行きながら前期を終えた、それはひとつの前進。
夏休み、少しさみしそうに見えるときもあるけれど、新しいことに飛び込むほどの気力は、まだ満ちていないのかもしれません。
ここで、ふと自分に問いかけてみます。
私は、いったい何を望んでいるのだろう、と。
あれから半年。
息子の変化を見つめてきた時間の中で、私自身もまた、静かに問いを手渡されているのかもしれません。
そう考えたとき、浮かんできた言葉がありました。
「夏休みは、ゆるみの時間なのかもしれない」
何かを“する”ためではなく、
ここまで頑張ってきた日々を、少しゆるめる時間。
そう捉えると、見えてくる景色が少し変わります。
私は、自分の理想の夏休み像とくらべて、
「できていないこと」に目を向けていたのかもしれません。
でも、すでにあるものに目を向けてみると
前期を通えたこと。
バイトに行けていること。
大きく崩れず、家で過ごせていること。
それは当たり前ではなく、
これまでの積み重ねの上にある、確かな今です。
今でも、ときどき不安は顔を出します。
夫が「去年のあの頃はこうだった」と話すたびに、私は「今を見よう」と、つい言ってしまう。
もしかすると、振り返りたくないのは、私のほうかもしれません
また戻ってしまうのではないか。
このままで大丈夫なのだろうか。
親として、これでいいのだろうか。
そんなとき、
「これは私の中にある不安なんだな」と、気づけるようになりました。
すると、その気持ちを抱えたままでも、いられる気がしてきます。
揺れる気持ちと向き合えること。
それも、私にとっての余白なのかもしれません。
こわがらずに、感情を味わってみる。
不安も期待も、そのままそこに置いてみる。
そうして内側に余白が生まれると、
息子のペースも、もう少しやわらかく見守れる気がします。
そしてもうひとつ。
回復は一直線ではなく、
進んで、ゆるんで、また進むもの。
もし今がその「ゆるみ」の時間なのだとしたら、
この静かな夏も、きっと意味のある時間なのだと思います。
息子のペースを信じながら、自分の揺れる気持ちも否定せずに、この夏を、静かに過ごしていけたらいいなと思います。
自分の気持ちに向き合うことも、ひとつの余白。ゆるむ時間にもなる。
あなたは今、どんな「できている」に目を向けていますか?
次回は8/22開催です。
もやもや、ざわざわする気持ちを話してみませんか?
おまちしています![]()
