練習仲間に、片足膝下義足の奴が居る。

目指すところの高みが高く、競技者な目線で見ているし、競技者として付き合っている。

自転車に乗って居る時は、全く同情などしていない。他の奴らと同じ様にしている。

私の練習メニューは、人それぞれが基本だ。最終的な高みが同じでも、アプローチは違うと思っている。三者三様で、日本の学校的な感覚の、皆同じメニューをこなすって事は無い。何人かで一緒に練習して居ても、皆やるべきことはバラバラなバスだ。

登坂のアタックと一緒で、誰かのアタックに常に反応しなくてもいい。マイペース走行で最終的に抜けたら全く問題は無い。身長も体重も違えば、脚質も違うのは当たり前で、個々やるべきことは違うのが本来だろう。

だから、片足には片足なりの考えと理想像がある。両足揃っている奴と同じアプローチではダメで、片足であることを最大限活かすやり方を考えるべきだ。

私が一番はじめに彼を見た時、彼は、無い方、義足側をなんとかしたいと思って居た。そう両足揃っている奴らと同じアプローチになるように走っていた。非常にもったいなかった。片足である利点を生かして無かった。

片足であることの利点は、私が追い求めている理想のペダリング。右は左の邪魔をしない、その逆も然り。左右の完全なる同調と言う理想に最も近く出来る事なのです。

大体片足が無いのだから、片側が邪魔をしないってのは一番理想的な状態だろう。突き詰めると、無い側義足は、ある側を邪魔しないだけの動きになると良いだけだ。無い側はどう頑張っても両足揃っている奴らに追いつくことはないのだからね。(はじめに会った時は無い側をなんとかしたい感じだったな)

競技者として、無いモノを嘆いても仕方ない。無い事が武器になる事もある。

バランスは良いはずは無い。左右のバランスは悪くて当然だ、私的には良くする必要は無いと思う。どんなに頑張っても健常者のようにはならない。私は、バランスが悪くても良いと考えている。
この手の方の陥りやすいのは、無い側を如何にあるが如くするか?だ。義足側の動きをナチュラルな脚にすることは今のところ不可能だ。強化することも限界は見える。
私のアプローチは、ある側の動きを阻害しない事。ある側のバランスが良くなればいいと思っている。ここは首尾一貫していて、先の理想のペダリングにも通じる。

例えば、彼の場合、義足側だけのクランク長を変えることもアリだろうし、義足を調整することもアリだと思っている。正常側に合わせるなら、義足側クランクは短くてもいい。同じ長さである事が、彼にとって意味は無い。極端でも良く、通常レベルの調整で良いとはとても思えない。

健常者から見たらとてもバランスが良いマシンとは言えなくてもそれは当たり前。義足側はどこまで行っても生身の脚側には追いつかない。リミットはある。
そう、自身のバランスが悪いのだから、自転車もバランスが悪くて当たり前で、そうなるのが理想だろう。通り一遍にしても意味は無い。
シューズだって同じである事に意味は無く、ペダルやクリートだって同じであるのに意味は無い。

医者的立場なら同じにしようとするだろう。ただ私は競技者目線だ、同じにならない事を追い求めても良くはならない。時間は限られているのだから。どんなに練習しても1日24時間しか無いそれ以上は出来ないのです。リミットは必ずある。
どう頑張っても同じにならないなら、同じにする必要は無く、全く違うアプローチをするべきだ。
違うことを恐れない事です。

まだまだ先はある。後半年頑張れば、相当強くなるだろう。