ショットバー ブートレッガー SENGAWA BAR HOPPIN' -5ページ目

ショットバー ブートレッガー SENGAWA BAR HOPPIN'

BAR HOPPIN'とは・・・・バー巡りのコト
あなたは今夜、どこで呑みますか?
ブートレッガーは仙川の南の端ッコのショットバーです
ブートの酒番が、あんなコトやこんなコトをブログにアップしてますw

お酒の話

ドイツでは有名な薬草酒です。1日に100万本が消費されている(らしい)です。

ノルトライン=ヴェストファーレン州の小さな町、ラインベルクの薬屋の倅、フーベルト・ウンダーベルク=アルブレヒトとその妻カタリーナ・アルブレヒトによって1846年6月17日に製造、販売が開始されました。

この日はふたりの結婚式挙式日(マスオ婚だったみたいです)でもあります。

当初1リットルサイズで「ブーネカンプ」「マーグビッター」の名で販売されており、「ウンダーベルク」の名称で販売を始めたのは1896年になってからです。

と、云うのも、元々近隣のオランダやベルギーの各宿屋ではそれぞれ自前のレシピで薬草を漬け込んだジュネヴァ(ジン)を宿泊客に振舞っていました。国境近くで薬屋を営んでいたフーベルトは度々商用で滞在した両国で飲んだこの薬草酒からヒントを得て商品開発をした為、多くの類似品が出回る事になり、裁判沙汰になりました。結局パクリ訴訟には勝訴し、パチモンを蹴散らかしたものの、名称変更を裁判所から勧告され、この時、ファミリーネームである「ウンダーベルク」に名称が落ち着きました。

1924年にはナント、禁酒法下のアメリカで「薬品」と言い切って、ミゴト正式販売を開始。

以来、販売を拡大し続け、現在では世界100ヶ国以上で広く飲まれています。

第一次、第二次大戦、それぞれの数年間は原料の入手が困難になり製造休止になったのを除けば、マイナーチェンジこそしましたが、今日まで、ずーっと製造され続けています。

現在の20mlサイズのボトル(ポーション・サイズ)になったのは、戦後再生産された1949年からで、三代目エミール・ウンダーベルク1世の時です。

詳しい成分は今も門外不出。ファミリーと2人の司祭しか知らないそうです。

世界43ヶ国から集められたハーブ・スパイス類を使用している事、スロベニア産オーク(カシ)樽で数年間熟成されている事が知られています。

因みに現在は五代目、フーベルティーネ・ウンダーベルク=ルーダーとその旦那で入り婿の、”ドクトル”フランツ・ルーダーが家業を切り盛りしてます。

で、味なんですが、独特の苦味が「なるほど薬だ」と納得させてくれます。メーカー側は「食後の一杯」を推奨しているようですが、「今夜、最後の一杯」にもお勧めです。



SENGAWA BAR HOPPIN'


合同金属が日本に初めて「ウンダーベルク」紹介した時代のボトル。度数は49°


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で、こっちが現在のボトル。度数は44°



 今の日本の輸入元は「サントリー」ですが、過去に数回の変遷があります。「合同金属」「日本ヒューブライン」「リード・オフ・ジャパン」が取引していました。


お酒の話

哺乳瓶スタイルのVSOP『デュカスタン・ファーザーズ・ボトル』というアルマニャック。

見た目とはかなり違い、至極真っ当なブランディーです。

(アルマニャックとはフランス政府が承認したアルマニャック地方産ブランデーのみ名乗れる地域称号です)

この「ファーザーズ・ボトル」、1954年に発売されたのですが、本国フランスでは「ベ・ベ・マルティーヌ」(B B Martine Gers)と呼ばれています。(ベ・ベ=赤ちゃん、Gersは産地であるジェール県)

これは、同年6月に就任した首相兼外相ピエール・マンデス=フランスが「国民は、アルコールを飲まず、ミルクを飲むように」との奨励に、デュカスタン社がすかさず乗っかって、「アルマニャックは大人のミルクだ!」とエスプリを効かせて年内に発売したんだそうです。中々の商売上手です。


で、なんで「酒よりミルクだ!」と、このユダヤ系の首相が、わざわざ中道左派政治家に有るまじき、ミミッチい発言をしたのかと云うと・・・判りません(。>0<。)

そもそも、この内閣は「ディエンビエンフーでケチがついちゃったインドシナ戦争を組閣一ヶ月以内に終息させるゾ内閣」なので、酒だのミルクだの云ってる場合じゃなかったと想像出来ますが・・・勉強不足の為、謎ですm(_ _ )m




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発売元のデュカスタン社は1938年南仏ジェール県コンドンの北西部テナレーズ地区で創業。

現在はラ・マルティニケーズ・グループが吸収合併し、デュカスタン・ブランドを引き継いでいます。



SENGAWA BAR HOPPIN' パッサーズ・ラム(Pusser's Rum)レッド・ラベル40度 パッサーズ社(Pusser's Ltd.)


パッサーズ社はチャールズ・トビアス(Charles Tobias)がカリブ海はプエルトリコの東、英領ヴァージン諸島のトルトーラ(Tortola)島に1979年創業。

翌年、10年前に製造が停止されていたこの「海軍ラム」を、英海軍の「許可」を得て復刻しました。

蒸留にポットスティルを使用している為、“ラムのシングルモルト”だとチャールズは申しております。

かつては英国海軍専用の軍用ラムだっただけに、ボトルとキャップに錨のマークが、ラベルには「British NAVY」の文字とホワイトエンサイン(the white ensign=英国海軍旗)が躍っています。



 

元祖「パッサーズ・ラム」

英国海軍は航海中、主計官から下士官や水兵などの乗組員にビールを“加給する”慣習が大航海時代からありました(士官はブランディー)。

これは、定期の配給に加え、哨戒任務中の功績(敵艦船や陸地の発見等)や敵と交戦後に加給されるインセンティヴの意味もありました。


1655年5月英国海軍はジャマイカをスペインから奪取し実効支配します。

これにより、従前から当地で生産されていたラムが容易に手に入るようになり(パッサーズ社のキャッチコピー「1655年以来の伝統」はここに由来します)ラムは英海軍に急速に普及しました。

もっとも、正規加給品に認定されたのは1731年からです。


なんで「パッサーズ」?

加給されるラムを乗組員達は加給担当者の役職名を採って「パッサーズ・ラム」(Pusser's Rum=主計官のラム)と呼びました。

“パッサー”とは主計官の呼称である“パーサー”(Purser)のコックニー(Cockney)訛です(デビット・ベッカムが喋るアノ下町英語)。

海軍主計官とは、財布(purse)が語源で艦内の経理業務、貯蔵糧食の管理等を主な任務としています。階級は准士官(Warrant Officer)。下士官や水兵の上官です。(正士官ではないので艦内序列上、緊急時に艦の指揮は執れません)

 


「グロッグ」(Grog)

ラムは海軍の公式な加給品になった当初、ストレートで加給されていました。

しかしこれは乗組員の鯨飲を隆起させ、泥酔者が続出しケンカ、トラブルが増加しました。

そこで加給公認から9年後の1740年8月21日に艦隊司令のエドワード・ヴァーノン提督(Admiral Edward Vernon)が“大ナタ”を振るいます。艦隊命令№349を隷下艦船に発令。

「パッサ-ズ・ラム」は当直士官監視の元、水割り(水1/4パイント:ラム1/2パイント)にしてライムと砂糖を加え加給する事になりました(1パイント=約570ml)。この命令によりトラブルは激減、発令適用範囲も程なく全英国艦隊に拡大されました。

ライムを加えるのは味を調える為だった様ですが、乗組員はからかわれて「ライミー」などと呼ばれました。(1747年にはビタミンC不足による壊血病予防に有効であるという「効能」が判明します)

加給量は減らされるは、陰口は叩かれるは、乗組員も黙ってはいられません。


元々ヴァーノン提督は悪天候時に船尾甲板上で指揮するときはグログラム(grogram=絹毛混紡素材)の外套を着用していました。

この姿から乗組員に「グロッグ親父」(Old Grog)の愛称で親しまれていました。

しかし、事ここに到って、乗組員は水割りラムの加給品を“怨嗟を込めて”「グロッグ」(Grog)と呼ぶようになりました。(もっとも呑み慣れるとケッコウ好評だったみたいです)

最終的には専用樽「グロッグ・タブ」(The Grog Tub)に予め混合された“作り置き”から加給されました。


「グロッキー」

因みに、そんなグロッグでも呑み過ぎれば泥酔します。

その状態の乗組員を「グロッギー」=“使い者にならないヤツ”と呼びました。

これが日本語に訛化したのが「グロッキー」です。(艦内では“非公式な”取引がしばしば行われ、定量以上のラムをガブ呑みする輩がいました。有り体に云えばバクチのカタにラムが使われていた訳です)


「加給酒の廃止」

その後もラムの加給量は漸減されます。

1756年には水2/3パイント:ラム1/3パイントになり、加給酒制度廃止直前には1/8までラムが削減されました。

1970年7月末日をもって加給酒制度は遂に廃止され、艦内は常時禁酒となりました。

海軍はすでに納品されていた在庫をジブラルタルでオークションに懸け、酒保倉庫をカラッポにします。なので、この日を英海軍乗組員の間では「暗黒の加給日」(Black Tot Day)と呼びます。

多くのヴェテラン海軍下士官が加給酒制度廃止に抗議して退官したとか・・・・。(おしまい)