貧血とのお付き合いが始まったのは、一昨年度の職場の健康診断がきっかけである。
検査結果が赤字だっただけでなく、別添の手紙も届いて、速やかに医療機関に行くようにとせっつかれた。

しかたなく、近所のクリニックを訪れる。
案の定、採血だ。だから、来たくなかったのに…。慄くわたしを優しい看護師さんが慰めてくれて、ベッドに誘導されての処置となった。

その後の貧血の治療中、診察のたびに採血は必要だったが、看護婦さんが覚えていてくださり、毎回「ベッドで横になって採りましょう」と声をかけていただいた。

大きな病院にはないきめ細やかな対応が、かかりつけ医の良さである。本当にありがたい。

さて、無事に採血が終われば、次は診察である。
同年代と思われる、穏やかな目をした先生は、検査結果を確認すると、くるりとこちらを向いた。

「これは、かなりひどい数値です。日常生活が送れているのが不思議なくらいですね。毎日、富士山の上で暮らしているくらい苦しいと思いますが、どうですか」
え、そんなに。
富士山、登ったことないから、ちょっとわからないけど。イメージで言うなら、1歩毎に5秒休憩が必要という感じ?図らずも高所トレーニングをしている的な?

その当時の数値は以下の通り。
ヘモグロビンg/dL 6.7(基準値12〜18)
ヘマトクリット% 22.8(基準値36〜56)

改めて見ると、基準値のほぼ半分。ろくでもない数値である。血圧やコレステロール値なら焦るところ、なぜ貧血は適当に流してきたのか。

だが、言われてみれば、その数ヶ月、体を動かすのが異様に辛かった。
駅の階段を登り切るだけで、動悸息切れが酷い。
ジョギングでも、今まで普通に走れていた距離が、本当にきつくなっていた。走るのが好きなわけではないものの、それなりに爽快感があったはずが、この当時、苦痛しか感じなくなっていた。
夏の暑さのせいか、遂に来た更年期か、もしくは加齢による体力低下だと思っていたのだけれど、まさか貧血の症状だったとは。

「原因がわからないまま、かなり体力が落ちているなとは感じていましたが、富士登山の苦しさとまでは思っていませんでした」

もしそうなら、わたし、貧血が改善すれば、富士山登れるのでは。このくらいの苦しさで登頂できるのであれば、一生に一度くらい登ってみてもいいかもしれない。

「なかなかですよ。氷が食べたくなったりしませんでしたか」
「氷…は、特に欲していませんが、食欲は落ちていたかもしれません。そういえば、最近、お肉を食べる気にはなりません」

こちらも言われて気づいたが、食が細くなっていた。
毎日の食事も、一人前が食べ切れず、お粥やゼリー飲料で済ませることが多かった。夏バテかと思っていたが、これも貧血が原因なのか…?

貧血怖い。
なんというか、症状ひとつひとつに、直接生命力を奪われている感がある。

「今のあなたの状態ですが、鉄が足りておらず、貯蔵する力もありません。鉄欠乏性貧血ですので、飲み薬で鉄を補給して、改善を試みましょう。薬を飲んでいる間は、鉄分が強化されている食品を摂る必要はありませんからね。普通に食べたい物を食べてください」
「はい」
「治ってくれば、食事量や嗜好も変わってくると思いますよ」

フェロミア錠(鉄を補う)
シナール配合錠(ビタミン不足を補う)
ビオスリー配合錠(胃腸薬)

を処方していただき、定期的にクリニックに通うこと一年、ちょうど乳がんが発覚した頃に貧血治療は卒業と相成った。


先生のおっしゃる通り、貧血の数値が改善してくると、食事量が増えた。
お肉、美味しい!
そして、なにより体が軽い。階段を登った程度では、息が切れない。荷物も持てる。
幸せだ!

…この状態をキープしたかったのに、また貧血の症状が出てしまうとは口惜しい。
気休めかもしれないが、今日はほうれん草とレバーを食べよう。