2024年桜花の頃、放射線治療初日。
少し早めに着いて、病衣に着替える。
毎回、上半身だけ病衣に着替えるのだから、治療中はうっかりワンピースを着て来ないようにしないとな、と思う。もう春なので、ワンピースを着たくなるのだが、しばらくは土日のお楽しみだ。
待つことしばし、予定時刻より少し早めに声がかかった。
技師の方が、書類にちらりと目をやってから、こちらを見て、名前を呼ぶ。おそらく、このタイミングで、前回撮影した顔写真が活かされているのだろう。わたしをわたしと認識していただけて、なによりである。
放射線治療室に入り、トモセラピーとご対面。
赤いレーザー光がベッドの中心線をガイドしている以外、素人目には今まで検査を受けたCTやMRIと瓜二つだ。
指示に従って靴を脱ぎ、ベッドに横たわって両手をバンザイすると、技師さんふたりが両側からあれこれと、体の位置調整などをしてくださる。
位置の調整の間だけ、病衣の前を開ける。先程のレーザー光と正中線を合わせているのか…?もしくは、おへそ?
「では、始めます。肩と腰の力を抜いて、途中、お体を動かさないようにしてください」
技師さんの声を合図にベッドが動き、上半身がトモセラピーの中に吸い込まれていった。
動かないように…動かないように…。
動いちゃったら、どうなるのだろう。
放射線を当てる場所がずれちゃうのかな。
意識すると、逆に体が動きそうになる。考え過ぎて、呼吸も不規則になりそうだ。
けれど、このトモセラピー、とても優秀で、パンフレットによると、呼吸による体の動きをAIが自動追尾して照射してくれるのだ。息止め不要のおかげで、治療時間は15分。本当にお利口さんなのである。
多少息が乱れたり、体がピクリと動いたりしても、トモさんならカバーしてくれるだろう。きっと大丈夫、トモさんを信頼しよう。
はい、わたし、ヨガの時間を思い出しますよ。息を吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー…。
気持ちが落ち着いてからの第一印象は、意外と静かだな、である。
MRIのガンガンキーキー大合奏と違うのはもちろん、CTのウイーンウイーンといった機械作動音も聞こえない。
パソコンの排気音のような音が、しないでもない。それに加えて、時々、体の下を左右に何かが動いているような、ガラガラとガリガリの中間の音がする。
言うなれば、歯車やダイヤルを回すような。
四角い物体が狭い通路を行き来しているような。
ガラガラガラ…ガリガリガリ…。
特に耳障りな音ではないし、単調でなんだか眠ってしまいそう。
15分はあっという間だった。
スルスルとベッドごと機械から吐き出されると、天井に、抜けるような青空が見えた。
地下だし、そもそも今日は曇りだし、リアルの空ではない。パネルだと思うのだが、なぜ、と思うほどに真っ青。
ヨーロッパの大聖堂の天井画を彷彿とさせる、天国みたいな青空だ。
後にまたトモセラピーのパンフレットに目を通すと、この天井画にも意味があった。
人間の知覚器官を活性化させる一方で、精神的な動揺や興奮状態を宥める効果のある、疑似天窓型のLED照明らしい。
活気と癒やし、相反する効果を同時に与える…陰陽のエネルギーが整うようなイメージだろうか。
正直なところ、ちょっと、そこまでの効果は実感できなかったが、閉鎖空間に自然の彩り、お気遣いありがとうという気持ちだ。
「お疲れさまでした」
技師さんが体を起こすのを手伝ってくださる。
「初回なので、この後、診察があります。着替えず、待合室でお待ちくださいね」
「はい、ありがとうございました」
問題はひとつもないまま、1回目の放射線治療は終了した。