2024年、年明け早々、親知らずを抜歯した。

これは乳がんの治療と直接の関係はないのだが、この時期にわたしを悩ませた事柄のひとつだったので、記録しておきたい。

歯列矯正を始めて、1年半ほどになる。
上下4本の臼歯と下の親知らずを両方抜いてスタートしたのだが(これはこれで恐怖体験だった)、治療の途中で、上の親知らず2本も抜いたほうがいいという話になった。
ちょうど癌疑いで入院手術の予定が決まった頃、2023年12月中旬の話である。

乳腺外科の担当医K先生に相談したところ、もし抗がん剤治療を行うことになった場合、その治療期間には出血を伴うようなことはできないので、抜歯が必要なのであれば、1月の早い時期に抜いてしまった方が良いだろうと言われた。

嫌だな…。
この短期間にどれだけ痛い思いをすればいいのだろう。
とはいえ、乳がん治療の間、矯正治療がストップしてしまうのも嫌だ。矯正器具とは1日でも早くおさらばしたい。

泣く泣く、かかりつけの歯科医院を訪ねたのは、年末、腫瘍摘出手術の傷跡もまだ新しい頃のことだ。

歯科の椅子の上で口を開け、歯科医の判断を聞く。
「右上は、すぐ抜けますよ」
右上は。
左上は?
「左上は、骨に埋まって横向きに生えているので、専門の口腔外科でないと施術が難しいですね。大学病院を紹介しますが、けっこう混んでいるので、抜歯できるのは1、2ヶ月後になるのではないでしょうか。
完全に埋まっているので虫歯のリスクはないし、矯正に必須でなければ、無理に抜く必要はないんですけどね」
…そうですか。骨に埋まって横向きに。
そんな歯を抜くだなんて、聞くだけで怖い。
切開とか、骨を割るとか、きっとそういうことをするんだろう!
できれば、腫瘍摘出手術で全身麻酔がかかっているうちに一緒に抜いてほしかった。…まあ、できるわけないだろうが。

怖いのに加えて、癌の治療との兼ね合いで時期の予測が立てられないことを考えると、抜かずに済むのであれば、抜かずにおきたいところだ。
左上の親知らずの抜歯なしで矯正を進めることは不可能なのだろうか。

「右上はお願いします。左上は、矯正の先生と再度相談してみます。」
「わかりました。明日にでも抜けますけれど、やっぱり少しお食事がしにくくなってしまうので、お正月明けのほうがおすすめです」
「では、お正月明け早々にお願いします」

右上の親知らず、いつから生えているのかも知らないが、まもなくお別れすることが決まった。
左上の親知らずの処遇は、翌月初旬の矯正歯科の診察までお預けだ。


明けて2024年、松の内、再びかかりつけ歯科の椅子の上で口を開ける。

怖いよー。
麻酔の注射も、抜歯も、何もかも怖い。
先日入院して手術を受けたことなど、何の足しにもなっていない。
こと恐怖心に関しては、克服のための経験値は積み重ならないタイプだ。ゲームのキャラクターならば、とんだポンコツである。

毎度お馴染みの新鮮な恐怖に慄きながら、それでも先生のおっしゃる通り、口を大きく開けたり半分開けたりしていると、予告通り、さほど苦労せずに親知らずは去っていった。

「抜けました!抜いた歯、お持ち帰りになりますか」
「ありがとうございます。歯は要りません」

抜歯のたびにする、このやり取りは何なのだろう。
抜いた永久歯なんて使い道あるのかな。
記念に取っておいたとして、わたしの死後、遺品を整理する遺族をギャッと言わせる未来しか思い浮かばない。

「スムーズに抜けたので、消毒のための来院も特に必要ないと思います。変に痛くなったり、気になることがあれば、お越しください」
スムーズに抜いてくださって、本当にありがとうございます。

今日の今日までお世話になった親知らずは処分をお願いして、ロキソニンを受け取り、歯1本分軽くなった体で帰宅する。

その後、2、3日は痛みがあったのでロキソニンを服用。
傷口が塞がるまで、1週間ほどは左側の歯で噛む生活になった。