到着後、五月雨式に訪問者がある。

まず、薬剤師さん。
「現在服用中のお薬はありますか?」
「ありません」
念のため、お薬手帳をお見せする。
「医師からロキソニンの処方がありました。明日の手術後、飲食が可能になったら、看護師から手渡されることになっています。痛む時は朝昼晩、できればお食事のタイミングで飲んでください」
自分で調整できる感じか。それは助かる。
痛みに弱いくせに、「ちょっと痛いけれど、この程度でナースコールは大袈裟か」などと悩んで、ぎりぎりまで我慢してしまう傾向があるのだが、錠剤の鎮痛剤が渡されているのであれば、「ちょっと痛いなー、それごくん」で問題解決(?)である。ありがたい、ありがたい。

次に、看護師さん。
体温と血圧、血中酸素を測定した後、入院中のスケジュールの紙を元に、説明をいただく。
ベッドに横並びに座って会話をしていると、なんだか学生の仲良しさんがお喋りしているような雰囲気になり、ちょっと面白い。
「今日、お風呂には入りましたか?」
「こちらに来る前にシャワーを浴びてきました」
「では、この後は入らなくて大丈夫です」
次にいつ入浴できるかわからなかったため、ピカピカに洗ってきたつもりである。男女共用のシャワー室を使わずに済むのであれば、そのほうがよいので、頷く。

「この後使う物ですが、まずマスク、手術室まで付けていっていただきます。
弾性ストッキングはこちらからお渡ししますので、手術室に行く前に履いておいてください。
病衣は、病室では作務衣形を、手術の時は浴衣形を着ていただきます。
バストバンドはお持ちですか?」
はい…はい…はい…ん?バストバンド?
「いえ。バストバンドとは?」
「手術の後、胸が揺れないように押さえるものです。お持ちでないならお渡ししますから、大丈夫ですよ」
なるほど。もちろん、持っていない。
「持っていません。お願いします」

「今日は特に何も処置はありませんが、明日は朝9時から手術の予定です。
21時以降の飲食はすべて禁止となります。のどが乾く時はうがいをしてください。
朝6時から点滴を始めます」
はい…はい…はい…う、点滴…。

「なにか、ご質問はありますか?」
「点滴の前に浴衣に着替えておいたほうがいいですか?」
どうしてもネックになる点滴に考えが行ってしまう。
術創のほうが痛いに決まっているが、目先の痛みにひとつひとつ反応していくのが、わたしの特性だ。仕方がない。
「そうですね。点滴が始まると着替えにくいと思いますので、可能であれば着替えと洗顔は済ませておくといいかと思います。難しいようでしたら、点滴後もお手伝いできますので、無理になさらなくても大丈夫ですが」
了解です。身支度しておきますね。

看護師さんが去る前に、もうひとつ質問を。
「これから何か説明があったりしますか?夫はもう帰っても大丈夫でしょうか?」
これは、帰るタイミングを失っていそうな夫を慮っての発言である。
ほら、犬の散歩をしなくてはならないし。ごはんも食べさせなくてはならないし。明日もあるし、あんまり疲れてしまっても、ね?
けして、ひとりでのんびりしたいという意図ではない。
「お帰りいただいて大丈夫ですよー」
無事、看護師さんの了承を得て、夫は帰っていった。
すまないが、明日も付き添いを頼むよ。8時半にここ集合だ。犬にもよろしく伝えておくれ。

夕食前には、真打ちのK先生がいらっしゃった。
「どちら側のどこをどうするか、ご自身でおっしゃってください」
「右側の胸の腫瘍を摘出します」
「はい、そうですね。では、右肩のところに印を付けます」
緑の油性マジックで、右の肩に下向きの矢印が書かれた。
なんだろう。絶対にやってはいけないとわかっているが、反対側の肩に同じ矢印を書いてみたい衝動に駆られる。駄目だ、ダメダメ。そもそも、黒ならともかく緑のマジックなんか、家でも持っていないじゃないか。…え?だから緑なの?
「では、ゆっくりお休みください」
わたしの謎の悪戯心と葛藤には気づかぬまま、先生は去っていった。滞在時間は2分ほど。相変わらず忙しそうだ。

その後は何事もなく、夕食を頂き(薄味だが美味しかった)、洗顔や歯磨きをして、21時の消灯時間を迎える。

やることもなし、明日に備えて眠ろうかと思ったのだが…静かになった病棟に、夜勤の看護師さんたちの声が響き、眠れない。
クリスマスパーティーやら、推しのライブやら、美味しかったレストランの話やら。
ナースステーションの真向かいの部屋であることが災いして、彼らの個人情報が怒濤の勢いで流れ込んでくる。

うーむ…。昼間も、若くて明るくて元気だねと思っていたけれど、夜も明るくて元気なんだね。あまり重篤な患者さんがおらず、世間話に興じられるのは、まあ良いことです。
怖い看護師長さんのような方を、入院中最後までお見かけしなかったので、良く言えばのびのび、悪く言えば無秩序になっているのだろうか。

結局、楽しげなお喋りは23時過ぎまで続いた。
この日のわたしはさほどには感じなかったが、調子が悪くてぐったりしていたら、睡眠を阻まれて苛々したに違いないなと思った。