今日はお友達ミュージシャンの井波正人さんのお誘いで旭川のサンタプレゼントパークにて、ライブイベントがあり、参加させて頂きます。
何かと準備不足ですがいつものことなので、頑張りまーす。
皆様、こんばんは。浜野誠です。
たーやんさんに提供した赤いシリーズこと、「赤いキズナ」が思いのほか好評につき、ブログ上で大胆にもライブ音源をアップしてしまおうかと思います。
今回は、先日11月13日に下北沢BIGMOUTHで行われたライブの際の音源から、2曲。
「ささえ」
http://homepage.mac.com/boonie/sasae-Guitar.mp3
と
「青い炎」
http://homepage.mac.com/boonie/aoihonoo.mp3
です。
「青い炎」は、かの大物脚本家付け運転手のタカハシさん に贈った曲です。先日の「赤いキズナ」とは双璧を為す、同じBmから始まる曲になっております。てか微妙に似てるー!!(^_^;)
歌詞を以下に載せておきますね。
2曲続けて、どうぞ。(笑)
『ささえ』
会えない時間を数え 無限に息を吸い込むような
毎日を踏みしだいて 次の季節が近づく
君の支えになりたかったから 僕も少しだけ大人になって
君が生きる支えを不意に 見失いそうな時は
僕のことを思い出して欲しい いつも側に居るから
留守番電話の声を 何度も何度も繰り返し聞いてる
左の耳に伝わる 風邪気味の君の微笑み
たぶん僕らの行く先にはきっと 今を懐かしむ場所があるさ
僕が生きる支えは君の ほんの少しの言葉と
会えた時の僅かなぬくもり それだけだから
君の支えになりたかったから 僕も少しだけ大人になって
君が生きる支えを不意に 見失いそうな時は
僕のことを思い出して欲しい いつも側に居るから
ずっと側にいるから
『青い炎』
群青色した空の下 青く燃ゆるは僕の影
故郷の空に瞬いた 星々たちも目を閉じて
君が憬れてたこの街に 一人僕は何を探そう
どんなに遠く離れてても いつかまたこの街で会えるよと
涙で誓ったあの日から どれほどの時が流れただろう
青い炎が 揺れている
赤錆びた駅の改札に 今も佇む後姿
破り捨てられたチケットは 君を決して運びはしない
君が目指していたこの駅に 一人僕は今日も佇む
どんなに遠く離れてても あの日の約束は忘れないと
心に誓った僕の手に どれほどの物が掴めるだろう
どんなに遠く離れてても いつかまたこの街で会えるよと
涙で誓ったあの日から どれほどの時が流れただろう
青い炎が 揺れている
こんな曲です。
MP3置いてみました。聴けるかな。
http://homepage.mac.com/boonie/akaikizuna.mp3
歌詞はこんな感じ。
『赤いキズナ』
僕に出来たことと 僕に出来なかったこと
どうかいつまでも 忘れないで
いつか大人になったら 今日の思い出を
あなたと二人きりで 振り返りたいから
だからずっと ずっと 元気で傍にいて
赤いキズナがある限り ずっとずっとずっとずっと
背中を見守るまなざしを 振り返りはしなかったけど
いつでも感じていたんだよ 固い絆を
知らない振りしてた 些細な出来事も
ちゃんと解っていた いつの日にも
僕が愛することを 知ったその時には
あなたの愛をそっと 聞かせてください
いつかきっと きっと 生まれてよかったと
笑える時が来る筈さ きっときっときっときっと
見上げた空から降りてくる まぶしい太陽の光は
いつでも僕らを繋いでる 強い絆で
背中を見守るまなざしを 振り返りはしなかったけど
いつでも感じていたんだよ 固い絆を
赤いキズナを
最近、やたら飲んでばかりいるような気がします。
仕事で、プライベートで、お付き合いで、イベントで、ライブで、何も無いのに一人近所の居酒屋で。。。
体質が変わってきたのか最近はワインもおいしいと感じるようになってきました。
そんな中、11月17日、ボジョレヌーボーの解禁日にこんなイベントが開催されます。
| ◆イベント名 | |
| 『アーティスト ジミー大西氏と祝う!ボージョレ・ヌーヴォー ふるまい酒』 | |
| ◆実施日時 | 11月17日(木) 12:00~13:00 |
| ◆場所 | 東京サンケイビル・メトロスクエア |
| (東京都千代田区大手町1丁目7-2 地下鉄大手町駅A4またはE1出口) | |
| ◆内容 | ボージョレ・ヌーヴォー ふるまい酒 ジミー大西氏トークセッション ジミー大西氏直筆サイン入りボトル抽選会 |
| ◆ボージョレ・ヌーヴォー ホームページ | |
| http://www.mercian.co.jp/wine/nouveau2005/ | |
実は、以前NHKの「ようこそ先輩」という番組を見て、ジミー大西さんに興味を持っていました。いや、ウソ。昔からあの愛くるしいキャラクターが好きなんですが、画家に転向してからますます興味を持っていたのでした。(高校時代、美術部だった僕としては・・・。)
何故あんな絵が生まれてくるのか、どんな起源があるのか、不思議に思っていましたが、こんなホームページからその謎が少しだけ解けたような気がします。↓
http://www.1101.com/taro/idenshi/index.html
岡本太郎さんの影響を受けているんですね。
絵を誉められ、絵を描き始め、恩返ししたいと思った途端に師と仰ぐ方が亡くなってしまう・・・。
切ないけど、そういうものなのかもしれませんね。
僕も大好きだった村下孝蔵さんと、知人の紹介で会えそうになったすぐあとに訃報を聞いたのでした。ちょうど音楽を始めて1,2年くらい経った頃だったかな。
“僕はあなたのお陰で音楽を始める事が出来ました。とても影響を受けてこんな音楽を作っています。”
そう報告したいと思ったこともありました。でも今は、そんな報告に一体何の意味があるんだろうって思います。
尊敬する人に、自分がどれだけ尊敬しているかを言葉で伝えることって、あまり意味が無いんじゃないかな。最近はそう思っています。会えない事が運命。その言葉に共感します。
どれだけリスペクトしているか、それは作った作品の中に息づいていればそれだけでいいような気がします。
ジミー大西さんは、岡本太郎さんから「キャンバスをはみ出しなさい」という手紙を貰ったそうです。
キャンバスをはみ出す。いい言葉ですね。
僕は大学時代、社会学部でした。そこでは一般常識を疑うあらゆる視点を植えつけられたような気がします。「キャンバスをはみ出す」。常識はずれをしなさいっていうよりも常識に縛られていてはダメだよっていう意味も含まれているような気がします。そんな単純な言葉ではないとも思いますが。。。
ジミーさんは、後日岡本太郎さんのアトリエを訪れた際に、奥様からどれでも好きな絵の具を持って行っていいと言われ、紫の絵の具を貰ったそうです。それを片時も離さず、お守りのように持っていて・・・。結局紫という色を使うことが躊躇われるほど彼にとって難しい色になったそうです。
それも立派な、リスペクト。
僕にとっての紫の絵の具は、一体なんだろう。
僕もキャンバスをはみ出すように、五線譜をはみ出して、ライブハウスをはみ出して、CDをはみ出して、はみ出してはみ出して、何かが出来るといいなぁ。
今までの常識では量れないような“いいもの”を紡ぎだしていけたらいいなと思っています。
この秋、ちょっとワインでも飲んでそんなことを考えてみましょうか。