murashita


原宿のBlue Jay Way で、村下孝蔵メモリアルというイベントをやっていると、昨日ライブに来てくれた友達が教えてくれたので、さっそく行って来た。


内容はコンサートビデオの上映がメインで、あとは秘蔵写真などのパネル展。



久々に見る、村下さんのコンサート。


懐かしさがこみ上げてきて、初恋を歌っている村下さんを見て、ちょっと涙ぐんでみたり。





思えば今年で7回忌。



法仙寺で行われた告別式にお焼香しに行ったら、ワイドショーのカメラが来ていて、翌日勤め先の社長に「お前テレビに映ってたぞ。」と指摘されたあの日からもう6年が経つんですね。(なんという数え方じゃ。)



やっぱり、僕の原点は村下さん。



村下さんに影響を受けた僕の曲たちを、もっといろんな人に聴いてもらえるように頑張らなくちゃ。

羽田空港の夕日


一つ前のブログを読んで何人かの人からメールを貰いました。ありがとう。



僕自身、どうしたらよいか分からないことを赤裸々に書いたので、その反応をストレートに貰えて本当にありがたいと思いました。



メールを読んでいて、ちょっと分かったことがあります。



僕はいままで、ファンの方々の担任の先生にでもなったような気持ちで、公平に公平に、みんなに目が行き届いた状態で一人一人を見ていかなくちゃって思っていました。



学校の先生ならそれが仕事だけれども、僕のなすべきことは何か、それを考えたときに、やっぱりいい音楽を作って奏でることだと思ったんです。



大人になっても担任の先生が欲しい人は沢山います。

人生に迷ったとき、方向性を指し示してくれる頼れる人って、いて欲しいですよね。僕も欲しい。



でもやっぱり、僕は普段どおり、それを歌で実現することへの努力を惜しんではいけないし、それが不十分であることの補完に直接の対話があってはいけないと思うんです。


例えばMCで、「この曲の意味するところは・・・。」って説明をしたり、ライブが終わったあと、「あの曲ってあんなことが言いたかったんだけど、意味分かりましたか?」なんてやっちゃいけないんです。



だから、一人一人の気持ちを支えるための唯一の方法は、それは歌だけで完結させなければならない。(そう思うともっと一曲一曲に込めるものが違ってくるよな)



ステージ以外では、僕もただの一人の人間。

普段どおり、自然な人間関係で、いいものはいい、悪いものは悪い、嫌なものは嫌、楽なものは楽、それでいくしかないと思いました。


ファンと一線を引く、ということも特に意識はしませんが、一人の人間として、僕のちっぽけな裁量として出来る範囲で会話していけばいいんだと思いました。


それは普通の人間関係と同じです。ステージを降りれば僕はただの人なんですから。


平和島の夕日

逆に言うと、ステージに上がったら、僕はただの人ではいけないってことです。


だからもっと頑張らなくちゃ。

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まだ、気持ち的に若かった頃、信じやすくて惚れっぽかった僕は、好きだったミュージシャンといつか友達になれると本気で信じていた。


ライブに足繁く通い、名前と顔を覚えてもらって、新曲やアルバムの方向性に一喜一憂し、時々は苦言も呈する。

まぁ、いわゆる、ファンである。



ある時、どんなに追い掛けても、そこには演じる側と観る側という不可侵の境界線があって、それを越えた関係なんてありえないんだということを実感するに至った。


それまではその境界線を越える為にはどうすればいいかってことばかり考えてきたものだから、それが叶わないということを知った途端、自分を構成していたものの大部分が否定され、生きる希望を失ったような気分に陥った。



まぁ、簡単にいうと失恋みたいなものである。


正直、それってとてつもなく辛い。


自然とライブからは足が遠退き、CDの発売日を心待ちにすることもなくなってしまった。(買ってはいるけどね。)



自分で音楽を始めてもう何年も経つが、あの頃の僕と同じような情熱を持ってライブに足を運んでくださる方もいる。



正直、これまでに何人も僕と同じような体験をしてライブから足が遠くなってしまった方々もいる。



演奏者となった僕は、それをとても淋しく感じる。


人にはそれぞれ様々な生活があって、その生活に少しでも励みになれれば、と曲を作り歌っている僕にとって、僕が人前で歌っているが為にあの頃の僕と同じ苦しみを人に与えているのではないかという感覚は、音楽に向かっていくモチベーションをとてつもなく下げる。



あぁ、きっと、僕が追い掛けていたあのミュージシャンも、同じ葛藤と戦っていたに違いない。


逆の立場になって初めてわかることもあるんだな。



だからといって逃げてはいけない。



人を好きになるって、いったい何なんだ。どうすれば悲しみや苦しみを減らして平穏なやすらぎを増やすことができるんだ。





まだ、わかりません。





それを知るためにも、もう少し音楽を通じて愛情をテーマにした曲を作り、その答えを追い求めていきたいと思う。


なにはともあれ、早くCDを作ることだな。

そんなこんなで、再び秋田の夜です。(出張中)



音楽活動のことを中心に書くはずのブログが、お仕事の話ばかりになってしまって・・・。m(_ _)m



まぁ、でもお仕事しながら音楽活動ってことを“売り”に(?)しているブログですから、それもありってことで。




僕の今の音楽活動のスタイルの原型って、2000年頃から始まっていて、ことしが2006年ですから、かれこれ6年目突入というところです。


IT系の企業で働く営業マンの姿と、ゼロから物を作り出すシンガーソングライターとしての姿。はじめはこの2つのギャップがどちらか一方に集約されるような気がしていましたが、最近ではどちらも僕が世の中に果たすべき役割のような気がしていて、これはこれで納得してやっているし、どちらか一方ではないから続けていけるんだろうなぁ、と思います。


こんな僕の生き方を、「いつまでもうだつの上がらないかっこ悪い似非ミュージシャン」と呼ぶ人もいるでしょうし、“新しい生き方”と受け取ってくださる方もいらっしゃるでしょう。



ミュージシャンをやっていく上で、メジャーデビューすることが成功の証、みたいに思っている人もいるでしょうが、僕にとっては、そういう固定観念にとらわれていることの方が不幸だと思っています。



自分がいいと思うことを、自分の力で、自分らしく表現する。簡単なことではありませんが、簡単ではないからこそ、それが生活も伴って自由に出来る環境を手に入れた時、その人は初めて成功と呼べるのではないでしょうか。



それが不特定多数の方々の励みになったり、慰めになったり、楽しみになったり出来れば、それはれっきとした社会貢献だと思います。



そのために、エゴを捨てましょう。

さらに我侭でありましょう。

自分以外の誰かのために尽くしましょう。


さて、明日も早いので寝るとしますか。

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23日から出張のため秋田入り。空気のいい角館で新緑のさくらを見て和みました。仕事は、現地に設置した機器にちょっとした不具合がありクタクタ。


25日に東京に戻ったその足で六本木の商談へ。

会社に戻り、残務をこなしたあと、アシスタントの女の子と焼肉を食べにいき毒舌を吐き、久しぶりに帰った家で爆睡。


26日は朝から会議。昼に北海道BIGMOUTHの6人分の旅行代金を振込み。

夜は、場所休み中の春桜を誘って餃子のメッカ、蒲田で羽付き餃子に舌鼓。UFOキャッチャーで白熱したあと勢いに任せて川崎のキャバクラで飲んだり歌ったり。同じく川崎で飲んでいた兄弟子に誘われた春桜を残しタクシーで帰宅。

27日からギター教室の合宿。今回は作詞・作曲についての講義も頼まれているので早起きして教材準備。

そして、今河口湖に向かう高速バスの中です。


去年も雨だったけど今年も雨だなぁ。


眠いから着くまで寝ていこう。
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今日は下北沢BIGMOUTHでライブ。

いつもお世話になっているギター教室の先生と生徒仲間の皆さんが来てくださった。

目の前が先生っていうシチュエーションですよ、あーた。緊張すんなって方が無理な相談でしょ?


でも緊張はいつもレベルでした。だって、レッスンの時はこれでもかっていう程ミスしてますからねぇ。


他にもお菓子の差し入れ持ってきて下さった方もいて、ありがとでした。


あ、そのお菓子、冷蔵庫に預かってもらってること忘れてそのまま帰ってきちゃった!

ごめんなさい!Nさん!m(__)mm(__)mm(__)m

今度同じ物買って食べます!

ハァ。(泣)
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勤めている汐留から、歩いても通えるような距離にライブハウスがあるらしい。

会社帰りにふらっとライブが出来る距離。会社の人も気軽に誘える距離。


そこに惹かれて行ってみました。



佇まいは、古いビルの地下にあるお化けの出そうな小さなスナック。


そこまでして銀座にオープンさせたかったのだろうか。


かつて渋谷に集まるミュージシャンの音楽を“渋谷系”と呼んだ時代もあったが、この箱は“銀座系”だそうだ。



・・・。。。




なんとなく銀河系みたいだ。




今日はアコースティックナイト




飛び入り歓迎のイベントにどんな人が出ているか見に行ってみた。


見に行ったはずが、二曲ほど歌うことになり、ギターを借りてちょっと歌った。



店主さんが何故にこのようなテナントに入ったかは問うまい。でも夢のある箱だと思った。ここからスタートして上昇していこうという気概を感じた。もしその気概なくしてこの場所なら、それはそれで、うーん。


イメージしている目標がなんだか伝わってきたので、なんとなく応援したくなった。



ここで歌ってみるのもいい経験になるかな・・・。



鶏のくちばしになったような気分。普段は牛のしっぽの気分なので、このギャップを楽しんでみるのも悪くないかも、と思い、7月に出演の約束をしてしまった。


さて、どんなことになりますやら。⇒ホームページはこちら

もう、かれこれ10年くらい歌という形を通じて、何らか世界観のようなものを表現してきたわけですが(最初に友人の作ったオリジナル曲に詞をつけたのが25歳の時でした)、少しずつ、少しずつ、現実もフィクションも織り交ぜながら何かしら伝えたいことを形にできるようになってきたように思います。


もちろん、まだまだ満足していないんですけれども、メロディと言葉があって、その二つで物の感じ方や捉え方をひとつの世界として表現するっていうのは、形になってみると、何だか自分から離れて独立した何かに変わる瞬間があり、まるでシャボン玉のようです。



僕は、小学生の頃から漫画を描くのが趣味で、友達と漫画雑誌を作ってみたり、合作してみたりと、藤子不二雄先生に憧れていつかは漫画家になりたいと思っていた頃があります。


物語を作ったり、それを表現するために色々なキャラクターを考えたり・・・。集中して漫画を描いている瞬間って本当にワクワクした時間でした。



大人になって、漫画家の夢はとっくに諦めた筈なんですけれども、今、こうして曲を作って歌っていることも、子供の頃漫画を描いていたことに通じるものがあるなぁって感じています。



そんな折、子供の頃大好きだった藤子・F・不二雄先生のことが書かれたホームページを辿っているうちに、漫画家の大友克洋氏が、手塚治虫氏について藤子・F・不二雄先生にインタビューしたTV番組の中の二人の会話にこんなくだりを見つけました。



(以下、抜粋)

大友
漫画って、不思議な分野ですよね。フォークソングに近いというか、ギターがあれば自分のいいたいことをいえるというか。漫画というのは、デッサンがあるとかないとかいうのではなくて、自分の絵が描けて、自分なりの言いたいことがあれば、それで漫画家として成立するわけですからね。


藤子
やっぱりね、手塚先生も、それが当たってるかどうかは別として、自分は絵は上手くないんだと、でも、希望として、自分の作りだした架空世界を伝える「手段」としての絵なんだということをおっしゃってましたね。

何から何まで漫画で表現できると思うことは、これも一つの、ちょっと危険な考え方じゃないかと思うんですけれどね。やはり、それまで非常に取っつきにくかったような、難解な物理学の世界だとか、哲学の世界だとかね、そういうものを漫画で解説すれば、少なくとも、非常に取っつきやすい入口にはなると思うんです。そういう効用っていうのは、やっぱり認めなきゃいけないでしょうね。


(出典:藤子F不二雄の世界⇒http://www.mlexp.com/fujiko/index.htm




フォークソングに近い、という大友氏の言葉にガツンときました。


もっとも、ここでいうフォークソングと言うのは、僕が作っているようなニューミュージック系の楽曲よりももっと根っこの、70年代フォークなどのことを指しているのかもしれませんが、ギター一本でメロディと言葉で表現するという意味では、同じことを意味しているといえるでしょう。



同時に「歌ですべてが表現できると言う訳ではない」ということも感じていまして、それは漫画で何から何まで表現できると考えることの危険性を説く、藤子先生の言葉に近いですね。



僕は、出来れば、音楽で戦争や平和のことを表現したくないと思っています。


それは、戦争のことも世界平和のことも、もちろん皆が考えなければならない大事なことではあるけれども、だからこそ、音楽家に与えられた使命や特権のように使うのは嫌なんです。


とはいえ、平和を祈って作られた曲が悪いと言っている訳ではないんですが、僕にとってはテーマが大きすぎて身近に感じられない気がします。尤も、自分が甘ったるい生活をしているせいもあるんだと思いますが、だからこそ、軽はずみには歌えないな、と思うんですよね。



もっともっと身近なこと。



身近な友達や恋人、心の中の思い出や、将来への希望。みんなが照れくさくて言葉には出さないようなことを歌にしてさらりと歌ってしまいたいな、というのが僕のスタイルなのかもしれません。


そこから派生して、聴いてくれる人自身の日常に新たな視点を持ってもらえたら・・・。



おこがましくならないように、嫌味にならないように、かっこよすぎず、浅はかにならないよう注意を払い、日常の中に自然と溶け込むような、そう、ドラえもんのような音楽。



こんなこといいな、できたらいいな♪



てことで、音源制作もがんばります!(今日は難しいテーマでゴメンナサイ!>.<;

クロワッサン


昨晩のぐりふぉれ屋ライブは、いつもとちょっぴり違う、そう、いつものソロとは違う、対バン形式でのジョイントライブでした。


前々から「いいよ~」と噂に聞いていた、歌うピアニスト橋本陽子さん とのジョイントでした。


あまりにもいい、いいと薦められるので、これはひょっとして、縁談なんじゃなかろうかと疑ってしまうほどお店から薦められるもんだから、すっかりその気になって(?)対バンに挑んだのでした。(笑)


これがまた、いいんですよ。透き通ったいい声。そして元々がピアニストですからピアノもしっかりしていて、まさしく“歌うピアニスト”!な訳です。そして綺麗ときたもんだ。


僕なんか、“弾けないボーカリスト”、ですからねぇ。(笑)


しかーし、ボーカリストも怪しいぞ。


今回も「祝福」「シュフクク」って歌っちゃうし。(主婦九九?)


もう!早口言葉から特訓だぁ!



だけど、自分の感性に近い人のライブほど、そこから自分自身も入り込んでしまって、自分の世界が広がるって言うか、音楽を通じて心が別な世界に展開されていく感覚があります。


人のライブを聴きに、ライブハウスに足を運ぶ人も同じように心の展開を体験しているんじゃないでしょうか。何とも言えず、いいですよね。



ちょっと反省もありました。σ(^_^;)


いつも自分が緊張してしまうのが嫌なもんだから、会場の雰囲気を和やかにしようと、ついついしてしまうんですけれども、「ステージとオーディエンスの間にある一定の緊張関係がたまらなくて良い」という方もいらしていて、そういう見方もあるんだな、と思いました。


ステージ側はステージ側で、自分の演奏や内容にこだわって堂々としていなくちゃいけないんだな、と思いましたよ。


その点、橋本陽子さんはどことなく凛としていて、そんなところも勉強になりました。



いや~、いい縁談でした。


ありがとー!ぐりふぉれ屋さん!!


⇒橋本さんのホームページはこちら


(写真は、腰痛を押して来てくれた沖縄顔で生粋の浜っ子漫画家さんからの差し入れクロワッサン!ありがとー!!)

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最近のメトロノームは優れモンですね。

自分の感覚で打ったテンポを記憶してそれを正確に刻んでくれます。


明日はぐりふぉれ屋で橋本陽子さんとジョイント。さて、どんなことになりますやら。