○16時半、養生剥がしていたら足元に見本用塗料が全部零れているのを発見、まいった。
思わず手元の小さな刷毛で塗料を救いあげる。
ところが半ばほど溜まったところで手が滑り、また全部床にぶちまけてしまった。
泣きたくなったが、それを再び筆のような刷毛で拾うようにして容器に移す。
そうしながら『何度でもやってやる。何度でも・・・』と念仏のように呟いていた。
こういう時にはいつも亡き父のことを思い出している。
当時地元業界の理事長だった父は、自分の会社を火災で全て失うことになった。
再起を誓った父は心労がもとで大病、今度は命を失いかねないこととなる。
医師が奇跡だという危篤を克服した父は、やっとこの場、私が生活戦争の戦場だと呼ぶところの工場を建てたのだった。
あの時、全てを失ったと思われた瞬間にも再起を決意した父、人間には命に代えてもやらなければならないことがあるんだと、教えてくれた父のことを・・・私はカネでは決して買えない財産だと思っている。だから、たった一人になった今も、私はへばり付くようにして工場で働いている。
オレは不器用だから、こんなことしか出来ないけれど、父ちゃん、これで良いよな?と、父の遺影に語りかけている。
この人生においては取り返しのつかないことは何も無いんだ。
そう思わせる全てのものはインチキなんだ。教育しかり、なんで紙切れ一枚で進路が決定されるんだ?と反抗して高校も行かなかった自分・・・火災というアクシデントもあった思春期を、私は決して後悔していない。後悔してはならないんだ。
どんなに貧乏しても、だ。失敗したら何度でも挑戦するさ。何度でも・・・何度でも。