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「就活デモ」があるなら、「俺の店で食えデモ」があってもいい


城繁幸氏のブログのコメント欄に、mickさんという人のこういうコメントがあった(2010-11-26 16:55:31)。

<就活デモが有効なら売れない歌手の「紅白に出せデモ」や潰れそうなラーメン屋の「俺の店で食えデモ」など何でもあり。俺の店で買わないのは差別だとか>。

もし売れない歌手が「紅白に出せデモ」をやったり、潰れそうなラーメン屋が「俺の店で食えデモ」をやったりすれば、自分が売れないのは客や社会のせいだ、ということを大々的にアピールすることになる。もしこんなデモがあったら、実にみっともないだろう。売れないことを客のせいにするのは、商売人としては失格である。そんな商売人から何かを買いたいと思う客はいないだろう。

しかし「就活デモ」や、解雇に反対する労働組合系のデモなどの場合、自分が採用されなかったり、解雇されたりすることの原因を、自分ではなく企業や政府のせいにしている。つまり、この種のデモをやる人は、自分たちが労働力を売る立場、商売人の立場にあるという自覚がまるでなく、自分が仕事や給料を得られることを当然の「権利」だと考えているのだろう。

就職できないことや、解雇されたことを、100%本人の自己責任だとするような考え方には、私は賛同しない(「マッチョもいろいろ 精神論では何も解決しない」)。本人の能力ややる気が同じだとしても、政府による制度設計の良し悪しによって、その人が職につけるかどうかは大きく左右される。よって、職を得られないことが100%本人の自己責任だとは、とても言えないだろう。

しかし一方で、自分が仕事や給料を得られることは当然であり、「権利」だと考えるような立場には、もっと賛同しない。どんな人でも、買い物のときは自分の欲しいものだけを買い、欲しくないものは買わないだろう。これが商取引であり、市場である。労働市場もこれと同じであり、企業は自分の欲しい人材、欲しい労働力だけを買い、欲しくない人材、欲しくない労働力は買わない。これは、消費者が店頭で自分の欲しいものだけを買うのと同じである。上のmickさんのコメントにある、「就活デモ」というのは「紅白に出せデモ」や「俺の店で食えデモ」のようなものだという指摘も、これと同じ話だろう。

労働者は企業に対して労働サービスを売る商売人の立場にあるという自覚を持ち、その上で政府の制度設計が悪いことを批判するようなデモがあったら、私もぜひ賛同したい。
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