小笠原望「診療所の窓辺から」ナカニシヤ出版2017 | 日々是本日

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bookudakoji の本ブログ

 朝日新聞は月ぎめの購読者に「スタイルアサヒ」という毎月誌を無料で配布している。

 

 小笠原望「診療所の窓辺から」はその「スタイルアサヒ」に連載されていたエッセイを書籍にした本である。

 

診療所の窓辺から―いのちを抱きしめる、四万十川のほとりにて―

 

 今月はこの「スタイルアサヒ」のスクラップ記事を整理していたので、あった分だけ読み直してみた。

 

 これは全部読みたいなぁと思ったので、この機会に読んでおくことにした。

 

 毎月の連載で1回あたりが3ページなので、2009年~2016年までの長期連載分が一冊に収められている。

 

 著者の小笠原望さんは内科の医師で、20年ぐらい地方の中核病院に勤務されてから、その後の20年ほどは、四万十のほとりの診療所で地域医療に従事されている方である。

 

 副題は、「いのちを抱きしめる、四万十川のほとりにて」である。

 

 それは、住み慣れた家で最期を迎えたいという患者さんの在宅死を見届けてきたからである。

 

 少々長いが、「まえがき」から著者の言葉を紹介する。

 

 四万十で在宅死をたくさん経験した。死をきちんと受け止めて、住み慣れた家で最期を迎える。 そして、その意思を尊重して介護する家族や、 訪問看護、 訪問介護のひとたち。 病院の勤務医時代に緩和ケアをしてきたほくには新鮮な世界だった。こんなに痛まず、苦しくなく自宅で最期を迎えること
ができる、それは驚きでもあり、これが自然なのだと思うようになった。最後まで食べて、話をして、痛まず、苦しまず、なじみのひとたちのなかでの最期を、地元のひとたちは「いい仕舞い」と呼ぶ。
 「ひとのいのちも自然のなかのもの」。この気持ちは四万十でのぼくの臨床の、毎日の大きな柱になっている。在宅の超高齢者のユーモアにあふれた会話、力強い言葉にぼくはいい気持ちになる。 ぼくが中学生のころから親しんでいる川柳の世界が、お年寄りの言葉と重なる。
ひとは生まれて、そして死ぬ。そのことを在宅の看取りのなかでぼく自身がだんだんと自然に感じるようになった。それは四万十の自然に触発されたところが大きかった。

※小笠原望「診療所の窓辺から」ナカニシヤ出版,p2 より引用

 

 私自身も自宅で親の介護をしていたことがあり、介護関連の本も読んだ。

 

 介護関連の本は、介護する側と介護される側からの視点のものが多いが、この本はその間に立つ医師の視点から、自分の医者としての思いと自分の家族についての想いを書いている稀有な本であると感じた。

 

 また、後半部分で四万十の自然と、中学生から親しんでいる川柳について触れられている。

 

 この二つが小笠原さんの中で、日々の診療を支える柱になっていたことも想像に難くない。

 

 連載当時の形式は四万十の風景写真の上に文章が貼られていて、隅には手書きの川柳が一句必ず掲載されており、著者の心情と内容を十分に伝えようとする配慮が窺える。

 

 残念ながら、書籍では川柳はそのまま掲載されているが、四万十の写真は割愛されてしまってるので、こちらについては下記の公式広告サイトでご覧いただきたい。
 

※6ページ分(連載2回分)の試し読みあり

 

 

---以下、ネタばれあり注意---

 

 

 日々の診療の話での印象的なところは多数あったので、これについては本文をお読みいただくとして、診察する側の日々の日常感が伝わってくる部分としては、下記のところが心に残った。

 

 四万十川の堤防を歩くと、河川敷の柳が川風に揺れている。大河はい
つものようにいつものところで、左岸から右岸に流れを変える。
 「自然なこころとからだで毎日を過ごしなさいよ」と、川の風景はささ
やいている。「無理をしたらいかん。ほどほどがいい」、そんな診察室のや
りとりが今日も続いている。

※小笠原望「診療所の窓辺から」ナカニシヤ出版,p116 より引用

 

 川柳で特に印象的だったのは、下記の金平糖を詠んだ句だった。

 

てのひらの

金平糖が

ころがらぬ

 

 金平糖には角があります。てのひらにのせて飴のように転がそうとしたら、びく
ともしません。 小さな金平糖の意思を感じます。 認知症のお年寄りも、 言葉を持たない赤ちゃんも、意識のない寝たきりのひとも、みんな自分の意思はあると思います。その意思を尊重することの大切さをてのひらの金平糖に感じます。

※小笠原望「診療所の窓辺から」ナカニシヤ出版,p164 より引用

 

 てのひらの金平糖に注目した俳句としてのセンスの良さだけでなく、小さな金平糖に意思を感じることができる小笠原さんの優しさが伝わってくる句であった。

 

 最後にもう一つ、診療以外の場面の話を紹介しておきたい。

 

 それは、母校の中学校での講演をされた時のことである。

 

 内容について考えた時のことを、小笠原さんはこう書いている。

 

中学生に、ぼくの毎日の体験からなにを伝えるか。元気は当たり前ではない、進行性筋ジストロフィーの同世代の患者さんのいのちの風景を語ろう。そして、こころをきちんと言葉にすること。ひととのコミュニケーションを大切にして、ひとに出あって自分を確かにしてゆこう、といった内容を考えた。「おじさんは今こんなに頑張っているよ」の話はつまらない。

※小笠原望「診療所の窓辺から」ナカニシヤ出版,p192-193 より引用

 

 大人の心にも刺さったなぁ……


 自分に残された時間で、自分は何を話すことができて、どんな人からどんな話がきけるだろうかと思った。

 

 尚、その後の小笠原さんの著作を確認したころ2021年に書き下ろしエッセイが出版されていたので、こちらも挙げておく。