「倫敦(ロンドン)ノ山本五十六」は年末の12月30日に放送された、NHKの太平洋戦争80年・特集ドラマである。
香取慎吾が挑む新境地!海軍軍人・山本五十六の「知られざる真実」を描く実録ドラマ。後に真珠湾攻撃を立案し太平洋戦争を始めた山本は実はその7年前、戦争を回避すべくロンドンでアメリカ・イギリスと対峙(じ)していた。決裂すれば戦争につながりかねない軍縮交渉。山本はぎりぎりの交渉を続けるが軍上層部からは「結論ありき」の交渉を命じられ…。優先するべきは国民の命か国家の誇りか。苦悩の末に山本が下した決断とは!?
この作品がなぜ、山本五十六の「知られざる真実」を描いているかというと、最近、新たに発見された第二次大戦前の軍縮交渉の資料に基づいているからである。
山本五十六といえば連合艦隊司令長官としての活躍が有名だが、これは第二次大戦が始まる7年前の話である。
正直なところ、NHKの他の番組でこのドラマ予告を観た時に、
香取慎吾が山本五十六!
香取慎吾が山本五十六!
香取慎吾が山本五十六!
とわざわざ書くほどの驚きがあった。
この、ミスキャスティングではないのかぁ……という印象から、年末に録画したにもかかわらず二週間以上も放置されたのである。
ところが観終わった今ではどうだろう。
香取慎吾が山本五十六だった!
香取慎吾が山本五十六だった!
香取慎吾が山本五十六だった!
そう、香取慎吾こそが山本五十六だったのである!
ビックリした勢いそのままで、「NHK おはよう日本」のインタビュー記事を読んだ。
ふむふむ…、ふむふむふむ……、NHKのニュース番組らしいインタビュー内容である。
しかし、自分がこのドラマから受けた核心的な印象について語られていない気がしたので、他のインタビュー記事を探してみた。
「これだ!」と思ったのは「リアルサウンド 映画部」サイトの記事の以下の部分だった。
ーー香取さんの役のここを観てほしい、というポイントは?
香取:言葉を発していない、表情だけの芝居をぜひ観てほしいですね。相手が心から頷いてくれるまで思いを伝え続けて、思いの強さで人を動かすようなシーンが多かった気がします。
※「リアルサウンド 映画部」サイトの記事より引用
山本五十六が持っていたであろう強い意志と実直な人柄を、表情だけの芝居で伝えている凄さがあった。
これこそが、自分がこのドラマから受けた核心的な印象だったのである。
香取さんは本当にいい役をやったなぁと思う。
---以下、ネタバレ注意!---
この表情だけの芝居で伝えている凄さでの注目ポイントとしては、次の3つを挙げておきたい。
73分の番組時間の中で、開始25分から58分の間の約30分間がロンドンでの軍縮交渉の部分である。
まず、この中での英米とのやり取りおよび日本の関係者内部でのやり取りはなかなか見応えがあり、表情だけの芝居が随所に見られる。
次に、日本に帰国して日の丸の旗を振る群衆の前を歩いていくシーンである。
場面はナレーションによって進み、香取慎吾のセリフは殆どなく、演じられている山本の表情は実に険しい。
前掲のNHKの特集サイトによれば、このシーンは概ね史実に基づいているようである。
この険しい表情から、開戦を確信している山本の心中が伝わってきた。
そして、開戦を確信している山本の心中では、これまでの話の流れから敗戦もまた確信されているであろうことが伝わってきた。
当時の日本軍は英米との国力差をかなり正確に把握しており、戦争をすれば負けると予想していたことは、近年の戦争関連の番組で既に報じられているので驚くところではなかった。
驚くべきは、それを伝える表情だけの芝居であった。
このシーンに、番組時間73分中の1分40秒程が割かれている。
この後、場面は山本の自宅に変わる。
山本が居間に寝転んで、天井を見ながら豆を食っているところに、親友の堀がやってくる。
卓袱台を挟んで茶を飲む二人。
山本は軍縮交渉の失敗を堀に詫びると立ち上がって障子を開け、堀に背を向けて縁側に座る。
そして一言呟く。
「かわらんなぁ」
私には「80年経っても変わらんなぁ」と聞こえた。
このドラマの本当のメッセージは、ここなのではないかとすら思われた。
この後、海軍を辞めよう思うと言う山本とそれを引き留める堀のやり取りが淡々と続く。
そして、山本の何かを決意したような表情のアップでこのシーンは終わる。
香取慎吾の真っ直ぐさは凄いなぁ。
このシーンに、番組時間73分中の7分30秒程が割かれており、個人的には一番の見所であった。
この場面は香取慎吾の芝居も良かったが、脚本も素晴らしかった。
脚本は劇作家の古川健さんである。
▼脚本を担当した古川さんのコメントはこちら
そして、物語は衝撃の結末を迎える。
時代は戦後になり、少将・富岡とその部下が戦中の記録を整理しながら軍縮交渉の記録の保管をしている場面である。
部下が言う。
「失敗の記憶を留めるために、富岡さんは軍縮会議の記録を残そうとお考えなのですね。」
部下にこう訊かれた富岡は、「わからない」と答えたのである。
それは、ずっと隠していたい気持ちもあったからだった。
「失敗の記憶を留めるべき」という考えではなく、戦争に負けたからと言ってすぐにはその現実に直面できない人間の心理を描いた脚本に、改めてこの番組のドラマとしての凄さを感じた。
「ただこれを放置することはできない。」
という富岡の言葉で物語は終わる。
そして今、タイムカプセルのようにこの極秘文書は明らめられた。
最近、私が強く思うのは、もう「失敗から学ぶ」というのでは足りないのではないかということである。
それでは何があればいいのかを言うのは難しいが、少なくともその一つは、戦争に突き進んだ軍部と戦争支持した大衆のどちらも含めたところにある、渦中の中の人間の苦悩を見ることではないかと思う。
▼NHKオンデマンド(単品:220円、購入期限:2022年11月27日)
尚、新たに発見された極秘資料と番組製作の経緯については下記サイトを参照されたい。
また、軍縮会議そのものについては下記サイトの記事が良かったので参考として挙げておく。