すごく長くなりますが、北海道のまちについての話です。
新潮45の話題にもつながる話ですが、今回は措いておきます。
ケンカを売っているようにもみえますが、もともと荒井はそういう人間です。
家庭や学校、地域等における教育が果たす役割として「ちょうど良く考える」「ちょうど良く話す」「ちょうど良く行動する」ことの体得があると思います。
それが「ちょうど良く生きる」ということにつながります。
これは「平均的に生きる」とか「模範的に生きる」とか「つまらない人生を送る」とか、そういう意味ではありません。
(もちろん、ちょうど良く考えられる人には伝わっているはずです)。
ズレていようが、逸れていようが、偏っていようが、尖っていようが、本人がその人生を良しとしていれば、それでいいのです。
ただ「ちょうど良い」が分かっていれば、ズレ具合や逸れ具合を楽めますし、自分や他人と折り合いもつけられます。
また、偏りを戻したり、丸くなることも可能です。
なにより「ちょうど良い」が分かる人は、落合陽一や堀江貴文といった「全然ちょうど良くないけど、頭と運が抜群に良かったので、たまたま上手くいっている人」の煽り文句を額面どおりには受け止めませんし、驚異的に関連書籍を売り上げるような「全然ちょうど良くないけど、人を騙すことに何の呵責も感じず、むしろ善行とすら思っている」インチキ宗教のクソ信者どもに、コロッとだまされることもありません。
そういうのにヤラれて、人生のドツボに嵌っていくのは、たいてい「ちょうど良いがなんだか分からない」という人です。
家庭で「ちょうど良い」が分からなければ学校で。
学校で体得できなければ地域あるいはオルタナティブな学びの場で、子どもたちはバランス感覚を身につけていきます。
道内の自治体を日々めぐっていると、読書環境の格差ばかりでなく、おかしな偏りにも愕然とさせられます。
「リクエストですから」をといって嫌韓本を並べる公民館図書室や、社会科学関連の書籍は「太平洋戦争関連のみ」という学校図書館とかね。
「『そもそも』の立場が偏っててどうすんだよ。テメェのポジション、分かってんのか!」と怒りと徒労感を覚えます。
まあ、その後、気を取り直して、改善策に取り組むんですが。
国の教育方針が右に大きく傾けば、地方は大きく左に傾ける・・・・・・・じゃバランスなんて取れっこない。
もちろん右に倣えも馬鹿の極みです。子どもたちに「ちょうど良い」や「是々非々」なんて伝わるわけがない。
今後、よりいっそう図書館司書や司書教諭、学校図書館担当職員、そして書店(ここも重要!)の、バランス感覚が試される状況になるわけですが、「ちょうど良い」が身についている方々は「荒井なんぞに言われんでも、とっくに気づいているよ」とおっしゃるでしょう。というわけで「ちょうど良いが分かっていない道内の図書関連の方々」へ。
学び直すか、ポジションを明け渡すか、どちらか決めてもらえますか?
「この投稿を読んで自分のバランス感覚に不安を持った図書関連の者ですが、どうしたらいいでしょう」という方へ。
あなたは、あらゆる機会を通じて自己を省察するという「ぜひとも図書の世界に居続けていただきたい方」です。今後も北海道を宜しくお願いします。
※本会代表の荒井がFacebookで投稿(2018年10月4日17:05投稿)したものを、ブログに転載しています。
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