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堕落大学生が幸せになるには

大学を4留し、落ちるところまで落ちた大学生が幸せを掴むためにもがく姿を書いた奮闘記である。

『没落大学生が幸せになるには』というタイトルでブログを書いているが、そもそも幸せとは何ぞや?ということを自分ははっきりと定義できていない。

そこで幸せについて今の自分なりに考えてみる。

「幸せ」という単語を辞書で調べてみると、「幸運」という意味と「幸福」という意味がでてくる。

現在では後者の意味で用いられることが多いと思う。


こう‐ふく 〔カウ‐〕 【幸福】
[名・形動]満ち足りていること。不平や不満がなく、たのしいこと。また、そのさま。しあわせ。 -デジタル大辞泉より-


では、自分の今までの人生で楽しくて満ち足りていて、不平や不満がなかった時はどういう時だったか考えてみる
(実際には多少の不平・不満はどんな時にも感じると思う)


そうすると、以下の3つが満たされている時に特に自分の中でいい思い出になっていることが分かった。

・自分が魅力を感じる人物が周りにいる時
・自分が好きなことに本気で打ち込んでいる時
・成長する為に努力し、その結果自分に成長を感じた時


例えば、学生時代の部活動を思い返してほしい。
部活を本気でやった人は、練習はきついし、いいことばかりではなかったけど、今思い返すと学生時代で1番の思い出になっているのではないだろうか?

また、学生時代毎年のようにクラス替えを行っていたが、楽しかったクラスは自分にとって魅力のある人たちが集まったクラスではないだろうか?

幸せとは、上記の3つが満たされた時に特に感じるものだと思う(以降、中長期的な幸せと呼ぶ)。

また、短期(瞬間)的に言えば、食欲・睡眠欲・性欲・物欲などが満たされても幸せを感じるかもしれない。

しかし、短期的に満たされても中長期的な幸せが満たされなければ充実感が得られないし、かといって短期的な幸せが全く満たされないとそれもまた幸せとは言えないと思う。


~結論~
幸せとは、中長期的な幸せが満たされたときに特に感じるものである。
短期的な幸せがきちんと満たされることもまた大切である。