『世界の果てのこどもたち』
中脇初枝
講談社 2015年6月17日
「あの戦争は、誰のためのものだったのだろうか。」
貧しい農家に生まれ、開拓団として満州にわたった少女、日本統治下の韓国で生まれ、皇民化教育を受けた少女、横浜で貿易の仕事をする父のもと、何不自由なく暮らしていた少女、3人の体験を通して描き出されるアジア・太平洋戦争。
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「盗むのはいけないこと。そんなことはわかっていた。それなら、盗まないで、飢えて死んでしまうのはいいことなのだろうか。」
「わからなくなった。これまでずっと正しいと信じていたこと。それが揺らぎはじめていた。」
-p. 132
「玉砕するはずじゃなかったの?わたしたち。」
「最後のひとりまで戦って、玉砕するはずじゃなかったの?なんためにみんな死んだの?」
-p. 142
「もう二度と戦争をしないということは、もう二度と、母や父たちが焼き殺されたりしないということ」
-p. 204
「あのとき、黒く墨で消してはいけなかった。墨を塗ったから、なにが書いてあるのか忘れられた。学校で先生はなにを教えてしまったのか、なにを教えてはいけなかったのか、学ぶことができなかった。」
-p. 291
「幸せになるつもりだった。みんな。
戦争をして、幸せになるつもりだった。
自分のためだけじゃない。だれかを幸せにするために、戦地へ行って、ほかのだれかを殺した。
だれかを幸せにするために、みんなで工場で武器を作り、みんなで食べ物をがまんした。
だれも、決してだれかに不幸せになってほしくはなかったのに。
それなのに、だれかの幸せのために、たくさんの人が不幸せになった。」
-p. 293
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貧村に暮らし、少ししか土地を持てなかったために、県や村、部落の圧力で満州に渡った少女、祖国が日本の支配下にあり、日本の教育を押し付けられて育った少女、戦争が始まってからも横浜の裕福な家庭で何不自由なく育った少女、産まれも育ちも三人三様の、同年代の少女たちの体験や心情が丁寧に描かれている。
これまで
などで読んだことを物語として目の前に差し出されたように感じた。
日本が敗けてソ連が満洲に侵攻、日本へ逃げる道すがら、中国の人たちに襲われた少女が、何故ソ連軍ではなく、中国人が襲ってくるのかわからず戸惑う場面があり、とても印象に残っている。少女がまだ小学生だったという理由もあるのだろうが、きっとそれまでの満洲での暮らしは穏やかで、自分たちの生活が中国の人たちの犠牲や苦しみ、悲しみや憎しみの上に成り立っていたことに全く無自覚でいられたのだろう。
無自覚や無知は怖い。私自身、日本が韓国を併合したこと、満洲を占領して傀儡政権を立てたことなどは中学の時に習ったから「知っていた」し、それに伴って皇国化教育が行われたことも「知っていた」。だけど、他国を侵略するということがどういうことなのか、もとものその国にいた人々が、占領下でどんな目に遭うのかについては、当時は全く想像できていなかった。ただ「そういうことがありました」と習い、「わかった」と思っていた。「わかった」つもりでわかっていないこと、知らないことにすら気付いていない「知らないこと」、一体どれほどあるのだろう…
「帝国主義の時代だった」と、時代のせいにする人もいるのだろうし、それもひとつの答えなのかも知れないが、二度と「そんな時代」が来ないよう、私たちは日々小さな選択を重ねて生きてゆかなければいけない。
中脇先生の作品を読むのはこの本がはじめてだが、アジア太平洋戦争という戦争の「顔」や「声」を今に伝えてくれる作品だと思う。若い世代にも読みやすそうだが、大人が読んでもとても勉強になる。戦争体験者の生の声を聞くことが年々難しくなっている今、このような書籍の助けはとてもありがたい。戦争についての作品を入り口に、戦争について、平和について、子どもたちと一緒に学びを進め、考えたいと思う。
関連作品に
『伝言』
があるそうなので、そちらも読んでみたい。
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