『ぜんぶ運命だったんかい』──おじさん社会と女の一生
笛美
亜紀書房 2021年8月2日
「『見える』と『気づく』は全然ちがう
女性蔑視、男尊女卑の蔓延る男性社会に順応しながら、懸命に「頑張って」きた著者が、自らの感じたこと、悩んだこと、気付いたことを発信。
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「女が総合職でずっと働いていける見込みなんて、最初っからなかったのだ。(中略)総合職とは専業主婦がいる男性が人生をかけて、やっと実現できる働き方だった。」
-p. 145
「政治と私たちはつながっている。女性なんて大した存在ではないと市民が思っているから、女性蔑視の政治家さんが選挙で選ばれてしまって、だから女性にとって生き辛い世の中になってしまったのだ。」
-p. 200
「政治のことを知らないうちは政治に声を上げる人をうるさいと思い、政治に課題を見つけて改善のために動こうとすると、今度がうるさい嫌われ者になって話を聞いてもらえなくなる。」
-p. 250
「市民がちゃんと声を届けることで、声を聞く側の政治もレベルアップする」「みんなで政治活動家になろう」
-p. 271
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新卒で広告代理店に就職後、男性社会に順応しようとしながら、「上を目指して」懸命に働き、同時に女性としての「幸せ」をも手に入れようと「努力」する著者は、ある時インターンシップで海外で働く機会を得る。
そこでの経験、体験をきっかけに日本社会のジェンダー格差に気付き、フェミニズムや政治について、さまざまな発信をするようになる経緯を紹介。
私自身、女性蔑視、男尊女卑に晒されながら「男並みに」働き、女性という性別に割り当てられる「責務」との両立に悩んだことがあるが、本書は読む人それぞれに、自らの経験や体験と重なるところ、身につまされるところが多いのではないかと思う。
著者も書かれているが、この国には既存の価値観や風習に疑問を持ったり、周囲と違う考えを述べたり、個人の権利を主張したりすると、
「和を乱す」
「空気が読めない」
と白眼視される傾向がある。
「普通ではない」
と見做されたら集団で牽制されたり「外」されたりするので、周囲と違う意見はそっと引っ込めたり、
「ちょっと違うんだけど」
と思いながらも頷いてしまったりする場面が多くなる。
上手く表現できないのだが、皆で協力しながら小さな小さな枠組を作って、窮屈な思いをしながらその枠に自ら収まり、枠からはみ出る人がいないか、お互いに見張り合っているような感じがする。
それはどうしてなのか、なぜ変わってゆくことがないのか、長年考えているが、自治体でも会社でも学校でも、階層や序列、全体主義、相互監視のある中、男性も女性も大人も子どもも本音と建前を使い分けながら、場の空気を悪くしないよう、波風を立てないよう、目立たないよう、必死で「クサいものには蓋を」してきた長い長い歴史があり、頑張って「我慢」し「耐える」ことが習慣になっているからなのかも知れない。だけどそういった風潮が一体誰を幸せにしてきたのだろう。
もちろん、女性や外国人、障害のある人などを二級市民のように扱ったり、独裁政権の下、言いたいことが言えなかったりということは日本以外の国でも見られる(見られてた)ことだと思う。
「日本だけがおかしい」
というわけではないのだろう。でもそろそろ日本人も皆が少しずつ「普通」や「多数」に寄せるのをやめて、「我慢」したり、「耐え」たりせずに、疑問や不快感、不満や不安を、小出しにしてみるだけでも、少しずつ何かが変わってゆくのではないかと思う(毎回言っている気がするが)。
数年前から私は自分の分の声だけでも上げていこうと決心し、実践もしているが、この本には声を上げる(声を出す)、声を届けるための心構えや具体的なヒントが満載、
「どうしたら伝わるのか」
「どうして伝わらないのか」
と悩んだり、無力感に襲われている人がいたらきっと勇気付けられると思う。フェミニズムや民主主義について考える第一歩、入門書として最適な一冊。
