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『地図と拳』
小川哲
集英社 2022年6月30日
「なぜこの国から、そして『拳』がなくならないのでしょうか。答えは『地図』にあります。」
1899年〜1955年、日露戦争前夜から第2次大戦までの約半世紀、主に満洲を舞台に語られる広げられる歴史&空想、群像小説。
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『家では家長に従って犠牲的精神を養い、国では大御神の顕現たる皇室に従う。我が国においては、国家、即ち皇室が主であり、個人は従である。このように己を空にして、家長、族長の下で一致団結することのできる大和民族は、世界的にみても特別の存在である。』
-p. 287
『漢人は何千年も前から火薬を手にしていたのに、一度も銃という発想に至らなかった。俺たちはずっと、世界を支配する技術を持ちながら、花火を飛ばして遊んでいたんだ。そうしている間に、西洋人は銃を作り、爆弾を作った。そしてその銃と爆弾で、俺たちの土地を奪っていった。』
-p. 308
『僕たちは、ごく一部の居住可能な地を求めて戦うのです。戦うために必要な資源を求めて戦うこともありますし、戦うことを避けるために戦うこともありますが、結局のところ人類は自分たちの無力さのせいで、戦うことを余儀なくされてしまっているのです。』
-p. 340
『死んで勇敢になるくらいなら、臆病でも卑怯でもいいから生き延びなさい。最後まで臆病を貫きなさい。』
-p. 353
『石油がない以上、ソ連に滅ぼされるか、米国に滅ぼされるかのどちらかなんだ』
-p. 477
『戦場には独特な哲学や倫理があって、それらは常に理性に先行する。』
-p. 520
『軍人がみな、戦ってみるまでわからないと考えている以上、戦争構造学は軍人の心には響かない。』
-p. 521
「戦争への道を避けられなかった時点で、もはや何もできることはないのだ。日本は不治の病にかかってしまい、もう治療はできない。戦争は始まっていなかったが、始まる前から終わっていたのである。」
-p. 524
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直木賞受賞作とのことで手に取ったのだが、物理的にも重くて分厚く、内容も濃厚で重い。その割にビックリするほど読みやすい文章で、どんどん読み進むことができて驚いた。
日露戦争、満州国、関東軍、満州事変、日米開戦、実際にあった歴史上の事柄や実在の人物と架空の要素がガッチリと絡み合っていて興味深い。
先日読んだ
『こども地政学』
で学んだばかりの、マッキンダー の ハートランド理論 などの用語のほか、生存権 など、地政学的な思想や表現が登場したのも個人的にとても面白く感じた。
戦争と平和について、人権について、思想、信仰教育についてなど、さまざまな角度から問いかけられ、考えさせられる。そして読み終えてからも、アレコレ考えてしまう。巻末にズラリと並んだ参考文献の数にも納得、分量以上の読み応えだった。
『永遠の0』
『羊は安らかに草を食み』
『ベルリンは晴れているか』
『戦場のコックたち』
『少女たちの戦争』
『同志少女よ敵を撃て』
『彼女たちはなぜ死を選んだのか』
などなど、色々な作品で大戦中や大戦後についで読み、この辺りの時代についてもっと読みたいと思っていたので、この作品に出会えてよかったと思う。
ただ、名前と地名が読めない、覚えられない問題にはたびたび悩まされた。たびたび場面が転換して視点が行ったり来たりするので、そのたびに「ドチラサマ?」「ココハドコ?」の罠に(この上偽名とか、やめて)。