もう4年近くに渡り毎月続けているものがある。
それは、読書会だ。
沖縄に移住してからも東京に行ったタイミングで続けている。毎月、7名程の経営者、学者の方と共通の課題図書を読み、その感想をシェアし、学びを深めている。
そして、沖縄に移住したタイミングで那覇でも始めた。だから、今の僕は月に2回読書会を開催している。
その他にも読みたい本がたくさんあるので、このペースはちょっと辛いのだが、それでも欠かせないルーティンになっている。本はいろいろなことを教えてくれ先生だ。
自分も本を書いているのでわかるが、著者は1冊の本を書き上げるのに、膨大な資料を読み込み、自分の経験を棚卸しして、本当に伝えたいエッセンスだけを精査する。そして、文書に工夫を加え、あたかも自分がその場にいるような、自分がまさに今体験しているような感覚にさせてくれる。
これだけのことを実体験しようとしたら、何百歳も生きないといけないことだろう。それが、お手軽に体験できるのだ。
たまに、アマゾンの書評で「この本を読んで価値があったのは数ページしかなかった」「著者の自慢話を聞いているようで意味がなかった」という感想を書かれている方がいる。
僕は、もったいないなぁと思ってしまう。違う角度から見れるともっと自分がハッピーになれるのになぁと思う。
本は、最初から最後まで自分に役立つ必要がない。もっとも、「まさに自分のために書いてくれたのではないか?」と思えるような冒頭からびんびん入ってくる本もあるが、むしろ稀だ。
僕は、本は今の自分に必要なたった一行のフレーズに会うために読むものではないかなぁと思っている。
その一行探しの旅だ。それが、数ページに渡っていたら、ラッキーだし、数百ページそんな箇所があったら宝くじに当たったようなものだ。
そうやって読んでいると、反対に得られる気づきが多いように思う。
同様に、自慢話ができるということは、それだけ、著者が普通では得られない体験をしているということだ。そこを素直に学ぶと、自分のためになるのではないかと思う。
これは、本を受動的に読むのか、能動的に読むのかも違いにもよると思う。
受動的に読むとは、「この本は俺に何を与えてくるの?どんな楽しみを与えてくれるの?」そんな心境で読むということ。相手から何かを与えてくれるのを待つ読み方だ。
それに対して、能動的に読むとは、まずは自分の中に課題や問題意識があって、それを解決する一文やページを積極的に探していく読み方だ。
後者でいくと、どんな本でも何かしらの気づきを与えてくれる。
本が人生に与える価値は無限大だと思うが、その価値をさらに強化するのが、仲間との意見交換だ。
だから読書会は何度やっても面白い。
僕のやっている読書会はやり方が決まっている。
1.まず各自課題本を読む。
2.その感想や気づきとそれを自分の日常にどう活かすのか?をあらかじめ決まった用紙に書いてくる。
3.当日は、その用紙の内容をみんなでシェアする。
同じ本を読んだのに、みんな気になった点やそこから感じたことが異なる。時には同じ本を読んでいたのに、「そんなことこの本に書いてありましったけ?」ということもある。
そこまで、自分にとっては意識が届かなかったところに、他の人は感心していたりする。
読書会で感想をシェアすることで、同じ本からの気づきが何倍にもなる。
「本の内容をどう日常に活かすか?」という問いも絶妙で、人の課題が自分の課題と被っていることも多く、他人の考えがそのまま自分の日常に活かすことができることも多い。
また、他の参加者から、自分の課題について「だったらこうしたら?」とアドバイスをもらえることもある。
人生は旅。
読書会も旅。
どの本を読むかではなく、誰と同じ本を読み感想をシェアするかの方が重要な感じがしている。