仕事をしていたり、何かに取り組んでいると、ふとした瞬間に、「こうした方がいいよ。」「こっちに行ったほうがいいよー。」誰かが教えてくれるような感覚に陥る時がある。
天の声というのか、何なのか。
例えば、
スタッフを増やす時。
事務所を移転する時。
本を書く時。
沖縄に移住した時だってそうだ。
いつも、何かが「そうした方がいい」とメッセージを送ってくれている。
決して僕は、霊感が強いわけではなく、そういうものが見えるわけではない。
しかし、天が教えてくれているような感じになる時がある。
そんな時は、いつもそれに乗ってみることにしている。
その時に、たったひとつだけ、自分に問いかけていることがある。
それは、
「それをやることはジャンプすることなのか?背伸びすることなのか?」
ということだ。
僕は、その問いに、ジャンプすることと思えるのだったら、やらないようにしている。単なる臆病なのかもしれないけれど、一瞬でも地面から離れると不安定な瞬間ができる。そこには、無理が生じるし、頑張らないといけないような気がするのだ。
以前、このブログでも紹介した秋山木工の秋山さんは、丁稚が「頑張ります!」という怒る。「バカ、頑張るな!疲れるだろう」と。
そして、「頑張るのではなく本気でやれ!」という。
秋山さんは、頑張るというのは、今の自分を鼓舞して無理すると感じているのだと思う。無理では長くは続かない。
それに対して、「本気」というのは、今の自分をすべて出し切るという感覚を持っているのだと思う。
それは、天の流れに素直で、心のあり方に滞りがない感覚がある。
僕の感覚でいうと、頑張るというのはジャンプで、背伸びというは「本気」な感じだ。
それは、肩肘張らず、自然体で自分の力をのびのび出せる感覚だ。
自分に問いかけた時、ジャンプではなく、背伸びをしている感覚だったら、とにかくそっちの方に動いてみる。
この感覚に従って、決断していくと間違いが起こらない。このことは確信的に体感している。
では、僕が今まで一切決断を間違わなかったのかというと、当然そんなことはない。
むしろ失敗の方が多い。
でも、失敗した時に、なぜ、失敗したのか、その原因をテクニックに求めるのではなく、心のあり方に求めてみる。
すると、失敗した時は、損得を考え決めている。
もしくは、欲にまみれ、結論ありきで、その結論を自分で納得させるために、都合のいい理屈を見つけてきている。
つまり、心をなくして、頭で考えて決めているだ。
「ジャンプなのか、背伸びなのか?」と心に問うていない。
物事を決断するとき、頭を使うとたいてい間違えると僕は思っている。
頭は、決断に使うのではなく、決断した後、「それをどうやって効率よく形にしていくのか」、「どうやって結果に結びつけるのか」、そこに使うものなんだなぁと思う。
