シリーズ「部活」②地獄のフェス、体育祭 | ほんだな

ほんだな

本棚から本を引っ張り出して読むように、新たな驚き・発見・喜怒哀楽を得ることができるそんなブログでありたいです。

かだいとしょ)「部活があぶない」(島沢優子)<講談社現代新書2432>

 

「部活があぶない」を読んで、「部活」について、感じたことをまとめています。第2部です。

 

<地獄のフェス、体育祭>

 

 この高校は、文化祭2日間、翌日に体育祭と、3日間大フェスティバルが開催されるのだが、その体育祭に、応援団に所属してしまったのが、過酷な挑戦、かつ、地獄であった。

 

 なぜ、そんな地獄行きの切符を購入してしまったのか。根っからの運動音痴で、義務教育の9年間は本当に憂鬱なイベント・けれども、「高校に入ったんだから、そんな食わず嫌いを克服してみないか?」という、自分の脳内での天使がささやきいたこと。新入生募集の3人定員の内、先に立候補した2人が偶然、部活の重要な男子メンバー。夏期の合唱の大会もあったし、文化祭の披露も控えていて、その2人に、「部活もしっかりね!」とフォローできるという、そんなひょんな気持ちで、残りの1席に着座してしまった。

 

 それからが、地獄の始まり。夏期休暇の後半から、体育祭を終えるまでの期間限定の部活動であったが、確実に「クロ」である「ブラック部活」であった。そこで、この著作に記されている、「ブラック部活」の要件に照らし合わせて、そのド黒を分析したいと思う。

 

 ①極度な時間的拘束 夏期休暇の終わりから、体育祭当日。かつ、後の打ち上げまで、勉学もままならない過密スケジュールな練習付けの日々。体育祭当日の朝は、早朝6時から直前練習スタート。電車通学の私としては、始発さえも無いのに強制である。仕方なく、父親にマイカーを出して貰って送迎して貰った。かつ、団員のマストである、2リットルのスポーツ飲料をできる限りもってこいという強制。完全にパワーハラスメントである。

 

 ②劣等生への精神的な圧力 立候補してやったのに、と言う立場なのに、ものすごい曲数、ハードなダンス、声だし。声だしにおいては、声を出す部活で合格点を頂き、審査員の先生への猛烈なアピールポイントとなったらしいが、問題はダンスである。33年間の人生の中で、指折りに入る過酷な挑戦であった。信じられないほどの運動音痴、かつ、ダンスなんか必修では無い時代。まあ、団長はじめ、先輩方からは厳しい指導と冷ややかな眼。直前に、ダンスの激しさで、私の生命線である眼鏡が大崩壊してしまって早退した、あの申し訳なさは今でも深く覚えている。当日の直前の団長とマンツーマンのダンスの補習のピリピリした空気感は今でも忘れない。

 

 ③逃亡できない雰囲気作り 応援団と言っても、当日の演舞だけでは無い。他の競技中の盛り上げ役を担当する。連日の激烈な事前練習も重なり、昼休憩中に、熱中症になってしまった。今となっては、救急搬送レベルだったのだが、ここで抜けたら、他の団員から集団リンチを食らう。もう、高校では生活できないという恐怖感から、保健室にて、ただの頭痛と装い、バファリンを服用し、午後の部へと望んだ。

 

 ④過度な体育会系意識 応援団を仕切っている上層部の先輩方は、バリバリの運動部で、夏季大会で敗戦し、大学受験前の最後の想い出作りだと、勝手に定義付けをし、残り1年半、2年半の学生生活をデポジットしている後輩達にその思いを共有させる。一種の新興宗教である。かつ、確実に団長が教祖、最高学年が幹部、そして信徒達の集まりの宗教である。

 

 この4点のまとめは、<「ブラック部活」を生む敗者>として、次ページに。