かだいとしょ)「いつまでもショパン」中山七里(宝島社文庫)
当著(「いつまでもショパン」)は、ミステリーながらも、いちおう音楽モノの類に入る。最近は、直木賞と本屋大賞のダブル受賞の「蜜蜂と遠雷」(恩田陸)と重なり、いま音楽モノの小説が熱い。
競争する大会。体育会系の云々は、根っからの運動音痴にとっては、徴兵令にて戦地に招集されるようなもの。まず、「絶対に負ける試合がそこにある!」と、キャッチフレーズとネーミングしてから、のそのそと走ったり、ごそごそと動いたりするのがオチである。逆に、文化系で健闘したのが、スピーチコンテストと、エッセイコンテスト。前者は決勝大会のファイナリスト、後者は、ナ、ナ、何と優勝してしまった快挙を達成した。この二つのコンペティションで、結構な賞金額を頂いて、お得な気持ちになった。
あとは、某赤坂の局のラジオ番組。大喜利コーナーで、2度大賞受賞させて頂いた。多方面(他番組)で活躍するハガキ職人でも、受賞するのは中々の難しさ。そんな強豪の中で、こういう光栄な賞を頂いたのは、ラジオ好き(ラジオ廃人)として嬉しい限りのこと。
さて、真面目な話に軌道修正。自分の30年強の人生において、一番わくわくしたコンペティションは、スマホ越しに観た、4時間強の根比べ(こんくらべ、※「今夜くらべてみました」とは無関係なので注意されたい)。ファイナリスト4人の中から、チャンプを選ぶ議論。以下、その話にお付き合い頂きたい。
偶然にも古本屋で知り合った、物書きをライフワークとする老齢男性(以下、大先生)の戯曲のテキストのコンクールでファイナリストに残ったことから奇跡は始まった。実は、この大先生は、中々のやり手。ワープロが打てず、原稿用紙に手書き(御世辞にもきれいな字とは言えない)というスタンスにもかかわらず、前年度も、ファイナルまで残り、審査員特別賞を受賞された。2年連続の決勝大会と言う快挙。例えるならば、笑い飯が、毎年、M-1グランプリの決勝に残る位のリスペクトすべきことである。
大先生も凄いのだが、その選考過程も後々凄いこととなる。4人の新進気鋭な戯曲家が、話し合いで優秀作品(と、審査員特別賞)を決める。偶然にも、その模様は、日曜日17時から、観客を入れ公開しており、また、U-Streamにて全世界に生中継。私も、歌の練習を早めに切り上げて、スマホにて、ライブ体制を整える。
まず、大先生を含めた4人の決勝に残った戯曲のテキスト(の一部)をリーディング(読み合わせ)する。それに1時間費やし、さあ、これからが、根比べの始まり。恥ずかしいながら、大先生以外の作品の予備知識は0だったが、後述の理由で、まじまじと理解することになる。
個人的観測で、1時間程度で、日曜日の体内時計だと、「サザエさん」の終わる19時頃には決着すると、思ったら、もめにもめ…。多数決なら、すぐ決着したのだろうが、「4人の全員一致のみ」しか、賞を決定しないのが、昨年度の反省らしく、今年度の診査の本気さの現れであろう。
大先生の作品と、30代後半の男性の作品とのデットヒート。先生の作品のタイトルは、ズバリ、「母系家族」。この世知辛い世の中で、母子家庭という、非常に扱いずらい家庭環境というテーマ。しかし、対抗馬の、もう一方の作品も、この課題図書(「いつまでもショパン」)のような、音楽モノ。よって、著作権の都合や、ゼロ(無)からの創造も難しい。なぜ4人が、もめて大激論になるか。実は、4人のウチの誰かが、優秀作品を実際に舞台化せねばならないからである。ただただ、作品を決定するのでは無い。
休憩、中間開票(と、言いつつ全員一致が原則なので、結局は意味が無い)を延々と繰り返す。その根比べの結果、大先生の作品は、審査員特別賞に終わってしまった。しかしこの、根比べの緊張からから、審査員、オブザーバー(中継で観た人を含む)が解放されたのは、21時ちょっと過ぎ。4時間以上の選考過程だったが、逆に、この模様を舞台化したら、相当、名作品になったと思うと、個人的に、感じてしまった。
演技を、直接披露を見て頂いてから優劣を付けるのは簡単かも知れない。しかし、その前段階のスクリプトを選択するとなると、また話は別である。この根比べの会場には、交通費を惜しまずに観に行ければ良かったと言う価値があり、それは、未だ後悔している。いずれにせよ、創作物に優劣を付けるのは、ローマ法王を決定する、実際のコンクラーベよりも、労力と精神力を費やすモノなのだと、つくづく感じた。
<完>
