15,16,17,と→夢は夜ひらく? | ほんだな

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本棚から本を引っ張り出して読むように、新たな驚き・発見・喜怒哀楽を得ることができるそんなブログでありたいです。

私は、33年の人生において、藤圭子の「15・16・17、と私の人生暗かった」と歌詞の字をいく通り、16歳に奈落の底に落ちまして、根っからのリア充人間。闇を抱え、一時は、社会的引きこもり(別に、ドトールとかで珈琲は楽しむけど、人間的な繋がりがない)な時期もありました。

しかしながら、語学勉強仲間とSNSやツイッターで、#なんちゃら で繋がった人とあったり、音楽の先生に偶然拾ってもらい、合唱や劇で年何度も、舞台に立たせて頂き、はたから見れば、超リア充じゃんと思われる様な生活をしていますが、実は、私は根がディープ過ぎるくらい、暗い。

あと、Facebookが1番怖い。やめりゃイイのに、イイねが、7,8件付くと、「自分、ヤバイ!」と思ってしまう。「私は、リア充になりかけているのでは無いか、俺そんな人間じゃねぇ」と焦ってしまいます。実に、イヤに捻くれた性格です。

けれども、この頃、私の根の暗さを、把握して付き合って下さる、諸先輩方や知人・友人ができ、繋がることができ、それでイイんだと思いですね。むしろ、お前は、それでいいと逆に肯定されます。 

ならば、よし、そういう自分を前面に生かして支持を頂こうかと。また、活躍される知人も、意外に、私もネジ外れてる人間だから、実はポンコツ人間だよ、と闇を実は抱えてるんだよと、打ち明けてくれるリア充人間の方々にも出会います。

あと、けっこう、雑誌(と言っても、ダヴィンチ一誌を)読んでると、オードリーの若林正恭さんや、時の人の星野源さんなど、ディープx(かける)ダークな視線のエッセイを書かれています。

藤圭子さんの唄に戻りますが、「過去はどんなに暗くても、夢は夜ひらく」ように、マイナーチェンジしようかと思えるような思考になった2017年春。そんな思考回路になった、私。それだけで成長したのでしょうか?