つらかったことを話きいてもらいたかったし、喜びも一緒に分かち合ってほしかった。
けどうちの親は二人ともそうではなく、体裁のために勉強をさせ、自分の言うことを
聞かなければご飯を作らない、とか言って脅して言いなりにさせるタイプの人だった。
だからせめて自分の子どもだけにはそういう思いさせない。
自分の思い通りにいかないとすぐ見捨てる。果たして親に信用されないで育った子どもって自分自身を
信用できるのか。
見捨てられたり諦められたりが当たり前になってる子は何もやり遂げようとしなくなる。
どうせやってもムリだろう。どうせオレなんか生きてても仕方ない。愛されることなんてなかった。
(ただし親は愛情注いでると思いこんでる。そこがそもそもの間違い)
親から話をきいてもらえなくて寂しい思いをしてきた。親にいろいろ話を聞きたかったし、もっと
本当の自分を理解しようとしてほしかった。だから子どもにはそういうこと気つけて育てたいて思う。
さて今日はバルーンアートの超かわいい子がいたので出てきたところを階段で声かける。(肝心なとこ省略)
その時のポイントとしては今から仲良くなるというのではなく(なぜなら今は仲良くないということやから)
元から仲良しの友達状態で人間として興味もって聞く権利があるというかんじ。
モールにて「トイレどこにあんの?」友達が聞いてるかんじ。で、次に続けて「すぐ帰ってくるわ。一人でいくん寂しいから。
えっけっこうたくましいタイプなん?デートでも男を引っ張っていくんやろうね。引っ張られたいわ。(引っ張りたいわ)」