★ 海外の短編集④--マイ・ベスト短編【「風のない場所」(歌うダイアモンド)】 | ☆天使の本棚☆book angel

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★「歌うダイアモンド」 ヘレン・マクロイ (創元推理文庫)

 

 

今回は、厳密には「心にしみる本」ではなく、「心にしみる短編」のご紹介。

 

私は海外ミステリも大好き。特に女流物。陰惨な殺人や暗いサイコものが全盛の

現代物より、ドロシー・セイヤーズとか、少し前の作品が好き。海外ミステリの

女流で一番好きなのが、ヘレン・マクロイ。この人は近年、日本でも再評価されて

ファンが多い実力派です。女性として初めてアメリカ探偵作家協会の会長も務めた人。

 

 

もちろん「フーダニット」の謎解きも楽しめるけれど、雰囲気が素敵なんですよね。

主人公が常に不安を抱えているような哀しい緊迫感、知的で流麗な文体、節度の

ある美しい文章…取り扱うテーマも国際情勢、暗号などを含めて幅広く、いろん

意味でゴージャス。深緑野分氏が彼女の魅力を「映画的で色彩豊かな文章、人間の

確執や愛情など、魅力は山ほどあって書き切れない」と書いていて、同感。

 

 

初めて彼女の「ひとりで歩く女」を読んだ時、その雰囲気に酔いしれました。
長編は全部読んでいて、どれも大好きですが、今回ご紹介
する短編は「歌うダイア

モンド」という短編集に収められている「風のない場所」。

 

 


「風のない場所」は、たった数ページの短い作品ですが、個人に彼女の全著作

の最高だと思うし、私にとっても海外の短編小説のベスト1です。内外の

ミステリ系作家のには、同じように思っている人がチラホラいるみたいで嬉しく

なりました(O・ヘンリー、S・モーム等、古今の文豪に優れた短編が沢山あるのは、

もちろん承知)

この文庫の解説者も「世界の終焉を、かくも静謐に、かくも哀しく綴った小説を、

筆者は他に知らない」と書いていて、私も全く同感。

 

 

内容―ある日突然、遠くで核爆弾が爆発して、周囲の人間が1人また1人倒れて

いく。最後の1人になった女性と1羽の小鳥の短い話。短いけれど美しく、哀しく、

愛おしい。「静かな感動」という言葉がぴったりの作品で、初めて読んだとき、

胸がふるえる思いがしました。風のない場所とは、放射能が届かない世界で唯一の

小さな場所のことです。

 

 

人間の愚かさ。にもかかわらず、神様が下さったこの世界の美しさ。
主人公が、核について「私たちみんなの罪」と認識していることも、3.11後の日本に

住む私たちには重く響く。かといって、説教じみた重いタッチではなく、さらりと

描かれます。  私は、最後の数行を読むとき、いつも感動がこみあげます。

もうすぐ命が尽きる主人公と、何も知らない無邪気な小鳥の静かなひととき。

自然は、まるで何もなかったように美しいまま。

 

↓この後のラスト数行が素晴らしいので、ぜひ本書をお読み下さいセキセイインコ青

 


たった一羽の、仲間も巣も卵も持たない鳥――最後の人類のために歌をうたう、

残された最後の小鳥。

私はその場に腰を下ろして、小鳥が囀り続ける、今まで聞いたこともないような

喜びに満ちあふれた歌に耳を傾けた。まるでその鳥も独りぼっちで寂しかったので、

私に会えたのが嬉しくてたまらないようだった。
私には鳥がこう話しかけるのが聞こえるようだった。「綺麗だと思わない? 

空も海も太陽も砂も。こんな素敵なものをみんなくれるなんて、神様はなんて

優しいお方だろう」

 

小鳥の汚れなき歌声を聴いているうちに、爆弾が落ちてからはじめて、ゆっくりと、

涙が私の頬を伝って流れ落ちた。それは私が罪深き生き物だったせいだ (「風のない場所」より)

 

 

 

 

この短編集はミステリというよりSF臭の強い異色作なので、この本で初めて彼女を

読む人は「どこがミステリなの?」と思うかも。これは彼女にとって例外的な作品集

ですが、彼女の幅広い分野への好奇心と知識、実力が味わえます。

 

この短編集は優れた短編集として「エラリー・クィーンの定員」にも選ばれています。

 

 

たとえば、まるでNWO(新世界秩序。ご存じない方は調べてね)のおぞましい未来を

わせる作品。生活の全てを管理され、飲食物は「まがいもの」の人工食品だけの

未来。「本物の」食品が食べたい人は、闇の場所へ行くしかない。そこでは法外な

値段で本物のパンやバター、ステーキ等が食べられるが、当局に見つかれば逮捕

される。

1人の主婦が、毎日貯金に励んだお金を持って、こっそり闇の場所を訪れ、本物の

食事に舌鼓を打つ。しかしそこには…

 

GMO(遺伝子組換え)食品や添加物、人工甘味料まみれの食品を強いられ(今後ます

ますそうなりそうな) 全てAIに管理されそうな危険を、何10年も前に予言していた

ような鋭い作品や、有名な名作(「東洋趣味」)など、本格ミステリ以外でも彼女の

非凡な才能が楽しめる短編集。

 

追記) 『短編ミステリの二百年 3』(創元推理文庫)にも彼女の作品が収録されています

 

 Helen McCloy(1994年没)