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読書の迷宮

小説・ノンフィクションなどなど、読んだ本の感想を種類に関わらず書いていきます。

「シンギュラリティ・トラップ」(デニス・E・テイラー:ハヤカワ文庫SF)

 

 

 2019-11-20読了。

 

 「われらはレギオン」3部作のデニス・E・テイラーの新刊って事で発売してすぐに購入。

 

内容は「われらはレギオン」にハマった人なら確実に楽しめる内容だと思います。非常に面白かったのだが、その一方で「われらはレギオン」程はハマらなかったと言えるかも。

 

内容は、小惑星での資源探査と採掘を行う炭鉱船に乗った主人公が、とある小惑星で偶然接触した「何か」によって変異が起こる事から始まります。

 

まず、最初で描かれる小惑星への炭鉱風景ですが、近未来に人類が太陽系の中に生活圏を広げてその中で新たに一攫千金も目指して多くの炭鉱船が小惑星に向かっていく描写が非常にリアルで良かったか。

 

その後、主人公が接触した何か?が実は人類文明とは違う何者かが設置したナノマシンらしいと分かってから、それを疫病のように隔離して調査する話へと展開します。

この時点で「アンドロメダ病原体」っぽいな?と感じた次第。そうなるとこの謎の現象を調べる方向でハードSF的に物語が展開するのかな?と思っていると、これまた一つの通過点でしかありませんでした。

 

中盤以降では、そのナノマシンを中心とした宇宙規模、銀河規模の話へと展開していってそこで人類が果たす役割、存在意義を問われる話へと繋がっていく。

 

この後半部分がちょっとノリきれ無かった点が大きいかな。人類が大きな潮流に飲み込まれて滅亡するか、存続するか、存続するとしても今の人類が居なくなるような世界なのかって話で、それを何とか回避する方向に向かおうとするのだが、って点で。

 

個人的には冒頭の宇宙での生活風景のリアルさが面白かったのと、宇宙空間でナノマシンや未知の疫病に襲われた場合のWHOやアメリカのCDC的な組織が隔離して検査、治療を行う様子が非常に面白くてサスペンスフルでマイケル・クライトンの「アンドロメダ病原体」的面白さに圧倒されたので、その展開で最後まで行ったら満点だったろうと思います。

 

ナノマシン関連ではかなり昔に読んだ「無限アセンブラ」(ケヴィン・J・アンダースン、ダグ・ビースン)を思いだした。月面で謎の建築物が構築されていって、それが実は人類文明以外を発祥とするナノマシンによる作業の結果だったと。それを調査すると同時に、確か南極にあるナノマシンの研究施設の話も出てきていて、そのあたりの雰囲気は本作と似ているかな?と。

 

本作では後半、そのナノマシンの持つAI的な存在と主人公との会話が元でいろいろな展開があるのだが、全体的に後半は娯楽要素重視となって(仕方ないと言えば仕方ないのだが)前半中盤のサスペンスフルでワクワクした感覚は薄れていった感じです。

 

娯楽としての面白さの根底には「われらはレギオン」と通じる部分もその意味ではあるかな。あの作品も人間の機械へのコピーを中心技術に据えているけれど、基本は異星人との出会いであり戦闘的な異星人との全面対決の話になっているので、本作もそのラインと似た構成にはなっているか。

ただ、前半中盤の感じから自分が読みたかった後半展開では無かったって点で。

「もののあはれ」(ケン・リュウ:ハヤカワ文庫)

(2019-08-29読了)

 

 ケン・リュウの短編集2作目。

 

 「もののあはれ」~本作で一番良かった作品。

 

地球壊滅のデザスターから人類が脱出する為に恒星間移民の宇宙船が作られたのだが、全人類全てを救出するには足りないどころかその一部しか助けられない。

 

主人公の男の子は日本人で、日本から脱出出来た数少ない日本人の一人。その宇宙船の中での生活が描かれると同時に、過去回想シーンで地球最後の様子が描かれていく。

 

その宇宙船にも危機がやってくる。それを主人公がなんとか助けようとするのだが…

 

日本が舞台となっていて日本人が主人公となっている点で非常に興味深いと同時に日本人として読んでいて感動的な深さを感じた。

 

地球の最後の様子に関しては古典である「地球最後の日」或いは松本零士の漫画の「ワダチ」の場面を思い出したり。

 

 「潮汐」~ショートショートな感じの作品。

 

 「選抜宇宙種族の本造り習性」~宇宙に存在する様々な宇宙人が、どのような本を作っているのか?を多彩に描く短編。

雰囲気としてはどこか「紙の動物園」収録の「結縄(けつじょう)」のアイデアを複数まとめた感じ。

 

 「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」~ケン・リュウの作品に数多く登場するシンギュラリテを描く短編。

 

人類が進化の過程で物理的存在からデジタルなデータの存在へと移行する話なのだが、人間がその肉体的存在として生き残るか?と、新たにデジタルデータの新人類として別次元の生き方をするか?の端境期で、両者の感性や交流を親子の関係として描く作品。

 

雰囲気としては、やはり似たテーマを多く描いているグレッグ・イーガンの初期の作品に通じる雰囲気とアイデアがあって本書でも「もののあはれ」に次いで好きな作品です。

 

 「円弧(アーク)」~人類の不死に対する様相を描く。技術的には遠未来なテクノロジーに思えますが、内容的に近未来の描写に感じられる魅力がありました。

 

しかし「不死」が魅力的に思えてもそれが人間にとてどう意味するのか?を問う物語であり、これも端境期における

 

 「波」~「円弧」から続く物語。舞台は宇宙に移り、恒星間宇宙船の中で世代交代を行って他の恒星系に向かう主人公らの元に地球からメッセージが送られてくる。

 

そこには人間を不老不死にするテクノロジーが。これは「円弧」から直接的に繋がる話なのかな?と思う。そのテクノロジーをどうするのか?で宇宙船の乗組員の中で意見が分かれる。そしてそれは夫婦の間でも親子の間でも。

 

シンギュラリティを描く短編でもそうだけど、不老不死のテクノロジーを手に入れた人類はどう選択するのか?その選択は果たして正しいのかどうか?を深く考えさせられる作品。

 

 「1ビットのエラー」~タイトルからコンピューターの話、シンギュラリティの話か?と思えるが実は微妙に違う感じ。

 

人間が宗教や信仰心を持つ時に天使を見るかどうか?を人間の脳とコンピューターとの相似で考えて、人間の脳の中の「1ビットのエラー」が何かを感じさせ、見させているのでは?を考えるアイデアが面白かった。

 

 「良い狩りを」~中華ファンタジーで始まったと思ったら、一転してスチームパンク展開に。

 

しかし、その精神には中華ファンタジーの精神としてのおとぎ話的な魅力を持ったままだったのが良い。SFとファンタジーの融合、そこに中国の思想・文化を基軸としているあたりがこの作家らしい魅力でした。

「いまさら翼といわれても」(米澤穂信:角川文庫)

(2019-07-28読了)

 

 

 

 

 米澤穂信の「古典部シリーズ」の最新文庫。6本の短編からなる。

非常に面白かったですね。

 

 一番面白かったのは「わたしたちの伝説の一冊」。

 

これは伊原摩耶花が主人公のエピソード。摩耶花の漫研のエピソードはいずれも胃が痛くなる話なんだけど、本作もまさにそれで読んでて辛い辛いって感じで。

 

仲間になるのかな?と思ったクラスメートが実は最初から計画的に動いてたり、別の部員の策略に乗せられて隠れて本を出す話に参加したらバレて圧迫を受けるし。

 

これ悲惨な話になってって、終わったとしても禍根を残すオチになるんじゃないか?と思って読み進めていたら、最後「そうなるかぁ」って驚きのオチに。

 

これをハッピーエンドと見るかどうか?は難しいんだけれど、学校の中での出来事、部活の中での人間関係、それだけにとどまらないもっと広い「人生」や「世間」の視点から眺めて「自分はどう生きたいか・生きるべきか」を感じさせ考えさせる見事な終わり方だったと思う。

 

このエピソード、是非ともアニメ化して欲しい。

 

 「箱の中の欠落」これは良くも悪くも導入部的なライトな謎解き。

 

アームチェアディテクティブ的な、状況からトリックを考えていくやりかただけど冒頭のチラッと描かれた事が解決のアイデアになっている見事さ。

 

 「鏡には映らない」これは「わたしたいの伝説の一冊」「いまさら翼といわれても」に次ぐ面白さの作品。

 

折木奉太郎の中学時代のエピソードを描く作品。これまた伊原摩耶花が主人公となって、中学時代にあったとある事件の謎を解く話になっている。

 

この中でも人間関係の嫌な部分が出てくる。辛い話になっていくのだが、それでも解明していかないと気が済まないよな、摩耶花の立場だと。

 

 「連峰は晴れているか」読み始めて「あれ?これって何か知ってる話だぞ?」と思った瞬間、「ああこれ、アニメのエピソードであったか」と気づいた次第。

 

この本は比較的最近の出版だから、そこにアニメ化されたエピソードが入ってるとは思わなかったので驚いた。いやタイトルで気づいておけよ。

おそらく発表時期が比較的早くて本に収録されたのが遅かったのか?

 

内容的にはこれもアームチェアディテクティブ的な話で。かつて先生がつぶやいたひと言を元にして真相を解明していく手法。第1話同様にシンプルにしてミステリーとして見事。

 

 「長い休日」これも折木奉太郎の過去のエピソード。

 

ついつい千反田えるに語ってしまった自分の過去にあった出来事。単なる過去話ではなく、そこに推理要素を潜ませているあたりが見事。

 

あと、省エネと言われる奉太郎の行動の原点を描くエピソードなのも見逃せない。

 

 「いまさら翼といわれても」これは本作では「わたしたちの伝説の一冊」に次いで二番目に見事だったエピソード。

 

合唱のメンバーに選ばれている千反田えるが会場に姿をあらわさない。その知らせを聞いた奉太郎が探しに行くのだが。

 

謎解きとしては千反田えるがどこに行ったのか?を探す手がかりを集めていって考えていくあたりが謎解きなのだが、本筋は「なぜえるは姿をみせなかったのか?」の部分にある。

 

これは冒頭でえるが父親に呼ばれた真相なのだが、それまでえるは家を継ぐ事を自分の将来として考えていたのを、突然はしごをはずされて「自由にして良いぞ」と言われた事での悩みだと。

 

つまりこれがタイトルの意味で、突然「翼をやろう」と言われても、これまでに既に覚悟をしているんだって事で逆に「どうしていいか分からない」って気持ちになったんだろうな。

 

本シリーズの主人公とヒロインが中心になって進む話であり、「遠まわりする雛」と通じる、あるいは対をなす作品でありシリーズでも重要な作品だと思う。

短編集の最後を飾るにふさわしい作品。

 

ちなみに、千反田えるにたいする折木奉太郎の気持ち、またその逆を考えると、えるの立場を何らかの形で支える為に奉太郎が頑張ろうとしていた点もこの結末に関わってくるかな。