「殺戮のチェスゲーム」(ダン・シモンズ:ハヤカワ文庫NV)
「ハイペリオン」シリーズのダン・シモンズのホラー小説。
作品自体は1989年著で翻訳が1994年。気になっていた作品を古書店で見つけて購入して積ん読にしていたもの。
現在も本は入手困難と思うが、AmazonではKindle版で出ているので手に入りやすくなってます。
さて内容ですが、あらすじを読んでてっきり「吸血鬼もの」と思い込んでいたのですが、いわゆる「人間の血を吸って長生きする不老不死の化け物」的な存在では無い。
その意味では純然たるヴァンパイア・ホラーを求めている人には物足りないかも知れない。
本編を読んでいても彼ら種族が血を吸う描写は無く、人間側(と言っても両方同じ人間なのだが)からのセリフで「マインド・ヴァンパイア」と称する場面がある程度。
ただ、普通の人間と変わらぬ寿命ではなくなんらかの方法で人間のエネルギー、精気などを吸い込んで若さを取り戻す・保つらしき描写がチラリと出てくるのだが、さりとて実際にその精気吸収などの様子は無い。
それらの描写・説明不足が非常に気になる点で気にかかる点でもあるのだが、その点は読んでいて大きく不満になる事は無い。それほど本書はずば抜けて面白いのだ。
物語はナチス・ドイツによるユダヤ人収容所の描写から始まる。
主人公の一人、ユダヤ人のソール・ラスキは家族ともども収容書に入れられるのだが、そこで特殊な能力を持つ「大佐」と出会う。
九死に一生を得るソールだが、そこでの経験から大佐への憎しみを持って「必ず見つけて殺す」と思い人生のすべてを注ぎ込むようになる。
一方、アメリカのチャールストンで発生したある連続殺人事件が謎を呼ぶ。
一見するとなんら関係の無い男女が互いに殺し合い、多くの犠牲者が出る。
これが、ソールが探していた「大佐」と同族のマインド・ヴァンパイアたちによる戦いのスタートだった。
過去回想シーンで、ソールがナチス・ドイツの「大佐」によってある屋敷の中で行われた「人間チェスゲーム」のポーンの駒として扱われ、そこからなんとか逃げ出した様子が描かれる。
「大佐」は人を自在に操って人間を巨大チェス盤の上の「駒」として動かしていたのだ。そして駒を「取る」とは相手の駒を殺す事で…
物語では、次第に明かされていくけれどもこの能力を持ったマインド・ヴァンパイアと呼ばれる奴らが複数居て、しかも経済界や政界やFBIなどなど広く重要な地位に居る人物たちでグループを作っているわけで。
そこに属している奴らだけでなく別に行動している奴も居て、互いの思惑で互いが戦おうとしている。
ソールは大戦中に大佐に駒として使われた事で彼を憎み、見つけて殺そうとするのだが、もうひとり、チャールストンの一般人の連続殺人事件の犠牲となった黒人男性の娘ナタリーもまた、父親の死の原因を知る為に現地にやってくる。
ここから、ソールとナタリーともうひとり軍保安官の3人の人間側と、マインド・ヴァンパイアたちのそれぞれの動きを場面を変えて双方から描いていく重層的な構造になっていく。
小説は500ページほどの文庫本3分冊って事でかなりのボリュームなのだが、それを一気呵成に読ませる文章力と数多くの見せ場の配置で全く飽きさせる事は無い。
この辺りはさすが、同年に書いた「ハイペリオン」シリーズの四部作を書いた著者だけあって、その筆力は凄まじく圧巻の読書でした。
冒頭のチャールストンでの殺戮の様子は、あるマインド・ヴァンパイアの老婦人が同じくマインド・ヴァンパイアの老婦人が操る人間どもに襲われていくのを、自分の能力を使ってそばにした人をいわば「自由に使える護衛」として追っ手と戦わせて行くのだが、その手当たりしだいな戦い方は凄まじい感じだった。
これは中盤での黒人ギャンググループも巻き込んでのその老婦人能力者との戦い、そこに能力者集団からの戦いも巻き込んでの三つ巴の大戦闘シーンは一つのクライマックスと言えるだろうか。
政財界宗教界を牛耳ってる奴らが作る能力者のグループは、アメリカの政治経済を自由に操れるのだが、そのグループに「大佐」は戦いを挑んでどうやら自分の思惑である「世界を駒にして戦争と言うなのゲーム」をやろうとしているのが分かる後半。
クライマックスはそれら能力者の覇権をかけて、ある島で演じられる人間チェスゲームの展開が描かれる。
まあ人を自由自在に操る敵に対してソールたち普通の人間が徒手空拳で戦いを挑んでも、自由に操られた人間たちを護衛として阻まれるし、目の前まで迫ったとしても今度は自分が自由に操られてしまって相手を倒せない。
「こんなの無理ゲーで戦えすらしないんじゃないか?」と思わせるシチュエーションなのだが、そこはうまく考えていて色々な手を使って相手に近づく。
もちろん、ご都合主義に見える所もあるし主人公フラグと言うか運が強くて助かる場面もあるのだが、クライマックスのアイデアは凄かった。
精神的に支配権を握ろうとする相手に対する防御方法として「ああ、そういう手を使うのか」と凄さを感じた。
これは過去回想シーンであるソールのユダヤ人強制収容所のドラマとも深く関わってくるし、彼がその後の人生をかけて人間の凶暴性を心理学者として研究して、人間の精神に対する医学的な考察も最新科学を使って考え身につけていたからこそ、と思える凄さであり。
全体としては、期待していた程では無い描写もあったり、それは「吸血鬼もの」として思い込んで読み始めたこちらの期待を裏切って「血を吸うヴァンパイア」な描写が一切なく、相手を精神支配するのを擬似的に「ヴァンパイア」として「マインド・ヴァンパイア」って表現になっていただけな点もある。
しかし、それら不満点は些末なものであって、全体としての「人が人を殺すと言うこと」の本能的な部分、人間の精神の基本的構造の部分にまで迫る深さ、それを基本としつつホラーとしての怖さ、アクション・サスペンスとしてのスケールの大きさと面白さ、それらをジャンルミックスしつつ全体では「ホラー小説」として収まりきらない大エンターテイメント小説に仕上がっていた傑作だったと思います。
似たような規模で言えば、同じダン・シモンズの「ハイペリオン」だとか小野不由美の「屍鬼」などに通じる大長編大エンターテイメントだったと思います。
そう言えば「屍鬼」もスティーヴン・キングの「呪われた町」にオマージュされた吸血鬼ものだったな。
余談ですが、本作でマインド・ヴァンパイアたちが人間を自由に操る描写があるのですが、いわゆる「血を吸うヴァンパイア」にも相手を魅了させて自分の思う通りに扱うって能力があったような。
その点から、読み始めた時には「この自由自在に人間をコントロール出来るってのは、彼らがヴァンパイアであって、その能力の一つなんだろうな」と思い込んで読んでいた部分があります。
その結果、「いつになったら人間の血を吸う描写が出てくるんだろうか?」と思ったりしました。
結果的に違うのですが、ヴァンパイアほど不老不死な種族では無いけれども比較的長寿であり人間から何らかのエネルギーか精気を吸収して若さをある程度保つ事は可能な感じでしたね。
その辺りでは、人間界にごくごく稀に生まれる不老不死の種族を描くポール・アンダースンの「百万年の船」を思い出す部分もある。
あれは吸血鬼ではなく、遺伝子異常か何かで世界に何人かしか生まれていない不老不死種族が様々な時代を過ごしていく年代記で。
本作のマインド・ヴァンパイア種族側の過去の出来事の断片的な描写が「百万年の船」を思い出させる部分もありました。