開闢の光芒 落日(13) | MarlboroTigerの【Reload the 明治維新】

開闢の光芒 落日(13)

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北出丸から反撃を開始した山本八重率いる小銃隊は、凄まじい集中砲火を土佐兵に浴びせた。白壁から覗く銃眼から、次々に弾丸が発射される。ゲベール、ヤーゲル、火縄銃、ミニエー...様々な銃器を持った少年達が白壁の裏側に待機し、装填を完了した者が順次銃眼から顔を覗かせ弾丸を発射する。撃ち終わるや、後方に下がり、それぞれの銃に弾丸を装填する。

指揮官たる山本八重はスペンサー騎兵銃で銃撃を加えつつ、少年達に的確な命令を下す。

『見敵必殺を心掛けなされ!この距離ならば、こちらの銃でも十分に当たる!落ち着いて、引き金は優しく絞る様に引きなんしょ!力任せに引けば、銃身がぶれる。それでは当たらねえ!』

刹那、敵の銃弾が銃眼の角に命中し、漆喰の壁を粉砕した。破片が山本の頬をかすて飛び散った。

『舐めるな!』

山本は即座に前傾姿勢に戻り、スペンサーのレバーを前後に動かした。管状弾倉のスプリングによってストック内部の弾丸が供給され、同時に前弾の薬莢が自動的に排出される。薬莢の転がる金属音が足下に響いた。

(土津霊神様、あんつぁま、三郎...八重に力を与えてくなんしょ!)

56口径の巨大な銃口が火を噴き、路上を走る土佐兵を後方に吹き飛ばした。

(先ずは、一人...。来るなら来い。ここが汝等の三途の川と心得よ!)

次弾を装填。即座に発射。この間、僅かに三秒。二人目の男は右腿を撃ち抜かれ、路上に転がった。

(当たり。足か...。まあいい。戦闘力は奪った。次っ!)

山本が言った通り、この大手門を巡る攻防ではゲベールでも十分に威力を発揮する事が出来た。写真の図は、洋泉社のムック本【八重と会津戦争~籠城戦を戦い抜いた激闘と愛の軌跡!~】(880円)から北出丸付近の図である。北出丸の淵から、対岸までの距離は50mしかない。3~400mでの撃ち合いならば、スナイドルとゲベールでは大きな戦力差が生じたであろうが、この近距離ならば命中精度に関しては大差が無くなってしまう。装填速度の差は人海戦術でカバーし、更には要塞に立て篭っての迎撃である。無防備に攻める土佐兵は恰好の標的となって打ち倒されてしまう。

これは大手門に近づく程、攻城方に不利となる。図の右下をご覧頂きたい。本丸の東北の角に北角櫓が配置されているのが分かるであろう。城郭が建造された当時は、火縄銃が主力兵器であった時代だ。それによる攻防戦を想定して城郭は作られている。つまり、ここからも火縄銃で迎撃を加え、大手門前で十字砲火を形勢する事が出来る。土佐兵はここを突破せねばならない。

『進めっ!ひるむなっ!大手門は目前ぞっ!!』

攻める三番隊の隊長、小笠原健吉は声を枯らして兵を叱咤する。スナイドル銃による猛射が城壁の銃眼付近に加えられ、その援護射撃の間に歩兵部隊は堀端を南下する。

城壁の破片が再び頬をかすめ、山本の頬に薄い傷を付ける。降り続く雨が、粉塵と煤を吸って彼女の顔面を黒く塗りつぶした。顔に滴る水滴を袂で拭い上げる度、彼女は何事かを呟き、再び銃撃を繰り返す。

官軍の銃撃は凄まじい物であった。破片を浴びる度、彼女は舌打ちし、眉間に皺を寄せてはポジションを変える。

『八重先生っ!敵が大手門の近くにっ!』
少年兵が叫びを上げる。この声に反応した山本は持場を離れ、石段を駆け下りる。

『どきなさいっ!』
少年達をかき分け、豹の様に城壁の内側を移動する。脱兎の如く大手門脇に駆け上がった彼女は、即座に銃眼にスペンサーを備え片目をつむり、狙いを定める。

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大手門前の最後のコーナーは地獄と化した。本丸北角櫓と、北出丸大手門付近からのクロスファイアに晒され次々に土佐兵が血の海に沈む。

『むっ...無理じゃ!引けっ!何でもええ、身を隠せる所まで逃げいっ!』

大手門を攻略に向った土佐兵が雪崩を打って後退して行く。路上には数名の死体が残されたままだ。この様子を見た板垣退助は流石に青くなった。

『なっ...無駄に突っ込むなと言うたろう!』

立ち上がった板垣は目眩を覚えた。頭痛と共に、耳鳴りが激しく響き始める。

(こっ...こんな時に...なんじゃ!?)

兵士が自分の方を向き、叫び声を上げているのだが、何も聞こえない。

そして彼は再びあの声を聞いた。

(乾さん、無理押しは禁物ぜよ!直ぐ兵を引けいっ!)

間違いない。それは中岡慎太郎の声であった。

『なっ...中岡っ!おんしも、ここに居るがかっ!?』
凄まじい形相で板垣は周囲を見渡したが、当然そこには誰も居ない。

『参謀っ...。板垣参謀っ!!どうなされましたっ!?』
兵士に両肩を揺すられ、ようやく板垣は我に返った。

『?てっ、撤退させよ!!あの門は落とせぬ!!』
そう叫んだ時であった。西郷邸に逃げ込んで来た兵士が顔面蒼白となり大声を上げた。

『小笠原隊長、討ち死にっ!』

『なっ...。』

三番隊長小笠原健吉は大手門対岸付近で銃撃を受け即死した。これを聞いて逆上したのは、兄の大総督府軍監小笠原唯八である。

『おのれっ、賊共がっ!!』
刀を引き抜き、門を目指して走り出して行く。

『いっ...いかん、小笠原さん。行ってはならん!!下がれっ!!』
板垣は声を張り上げてその後姿に叫んだが、頭に血の上った小笠原の耳には届かなかった。

『おっ...おい。おまん、牧野...いや、小笠原さんを引き戻して来いっ!』

戦場は大混乱となった。撤退する兵と入れ違いに、小笠原唯八が突貫して行く。

『むっ...無茶じゃ、軍監殿っ...。今は、いかんちゃ!!』

制止する兵を突き飛ばし、小笠原は前線へと向って行く。

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(死にに来たか、下衆め!)

山本は冷静に銃眼の中で眼を細めた。照準は突貫する一人の中年の指揮官に定められている。

『健吉っ!わしが仇をとっちゃるき!見ときやっ!!』

絶叫するその指揮官を、城壁から一撃で仕留めたのは...或は山本八重であったか。

『ぐわっ!』

小笠原は腹を撃ち抜かれ、その場に昏倒した。追いついた兵士が慌てて肩を担ぎ上げ、後方に小笠原を引き摺って行く。

城内は大歓声に包まれた。敵の隊長と、指揮官と思しき将を打ち倒した。

『さすがは八重先生っ!お見事だなし!!』

少年達は眼を輝かせて雄叫びを上げた。屈強な土佐兵達が、潮が引く様に引き下がって行く。完膚なきまでに官軍を撃退したのは、会津士魂を叩き込まれた正規兵達では無い。非戦闘員たる女、子供、老人達である。命を断って自刃した婦女子の無言の抵抗、山本率いる小銃隊の奮闘、老人達の決死の突撃によって土佐軍の進撃は停止した。壮絶なまでの国への思い。大切な故郷を、愛する人を守りたいと言う切なる願いが、彼等を戦士に変えた。官軍が予想だにしなかった反撃は、市民によってもたらされた。

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出京以来、無人の野を行くが如く連戦連勝を誇った土佐迅衝隊。その無敵の軍隊が初めて味わう大敗北であった。

『北村砲隊長、被弾っ!!』

各部隊から伝達される被害報告に、司令部は愕然となった。大手門攻略部隊だけでも二十名以上の戦死者を出した。更に続々と戦死報告が寄せられ、この日だけで四十八名の土佐藩兵が戦死を遂げた。その中には、小笠原兄弟を含め幹部クラスの人物も多数含まれていた。

一端は救い出された小笠原唯八であったが、この日の夕刻息を引き取る事となる。

『おっ...小笠原さんっ!!しっかりしいや...。死んだらいかん!!死んだらいかんぜよっ!!』
傍らでは板垣が悲痛な声で呼びかけている。そこに飛び込んで来たのは、谷干城。

『おっ...おんしが居って、何をやっておった!!何故前線に立たせた!!』
色をなして谷は板垣を問いつめたが、その表情を見て彼は口を閉ざした。

猛将板垣が、ボロボロと涙を流し号泣している。谷はこの様な板垣の姿を見た事がない。

『わしゃ...行くなち、言うたがじゃ...。行くなっち...。』

板垣も、谷も知っている。この男がいかに苦しんで来たかを。かつて藩の大観察であった小笠原唯八は、藩命により奈半利川の河原で地元の勤王派郷士等二十三名の若者を処刑した。武市半平太の除名嘆願に立ち上がったこれらの若者の中には、中岡慎太郎の義理の兄、竹馬の友も含まれていた。処刑は河原に一列に並ばせ、幅一間程の穴に首を差し出させ、それを一人づつ順番に切り落とすと言う凄惨な物であった。斬首の反動で反り返る体を後ろから蹴り倒して穴に落とす。それを指揮した人物こそ、小笠原であった。

田舎侍の盲目的忠誠心であったかも知れない。その後、京に出て勤皇の何たるかを悟った小笠原は自らの間違いに気付く。そして、薩土同盟締結のため...中岡慎太郎に仲介を求めるべく、頭を下げに行った。いや、殺されに行った。だが、中岡はこれを許した。どの様な会話がなされたかは記録されていない。相当な修羅場であったろう。坂本龍馬と後藤象二郎の和解など比べ物にならないシーンが展開されたと思う。この日を境に小笠原は変わった。容堂が脅威を覚える程に先鋭化し、板垣が謹慎される前に蟄居を言い渡されている。

その中岡が坂本と共に殺されるや、この男は常に死地を求めて彷徨っているように板垣や谷には感じられた。前線から外していたのも、そのせいもあったかも知れない。

『兄弟揃って...。』
板垣はがっくりと肩を落とした。

『神兵衛、祖父江、小笠原兄弟、それに北村...優秀な奴らじゃった。もう...代わりが居らん...。』
谷も呆然と立ち尽くすしかない。

夕刻、北出丸からは火矢が放たれ、対岸の重臣の邸宅に火災が発生。焦土戦術が仕掛られる。燃え盛る炎の中土佐軍は戦線を外郭ラインにまで後退させた。

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小笠原唯八は夢を見ていた。

淡い光彩の中、彼は故郷土佐の山野を彷徨っている。やがて、その眼前に...見覚えのある川が広がり始めた。奈半利川であった。その河原に、一人の男が佇んでいる。

『なっ...中岡...中岡君では無いか?』

『おう、小笠原さん。久しぶりじゃ。』
中岡慎太郎は染み渡る笑顔を見せた。

『なっ...中岡君...。僕はここで...ここで、君の大切な人達を...僕はっ...。』
小笠原は泣き崩れた。

中岡は近づくと、その肩に手を置き優しく呟いた。

『もうええがじゃ。あんたは十分に苦しんだ。顔を上げや。』

『しかし、わしゃ...わしゃ...。』

『ようやったぜよ。あなたは勇敢に戦うた。さあ、一緒に見届けましょう。乾君の戦いを...。』

小笠原の網膜に、中岡のシルエットが広がり...やがて静かに淡い光となって砕け散った。

享年四十歳であった。

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今日はここまで(笑)。