韓国への思い...その11 | MarlboroTigerの【Reload the 明治維新】

韓国への思い...その11

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ソウルには、一週間余り滞在した。大学路(テハンノ)では、ストリートミュージシャンがフォークを歌い、同世代の若者たちが青春を謳歌していた。何人か、仲良くなった大学生も居たのだが、慶州東国大学の学生たちとの出会い程、ホットな交流では無い。ヨンセイ大学等も覗いたが、妙にインテリ臭いやつ等ばかりで、余り馴染めそうにもなかった。

ソウルでの出会いと言えば、今も記憶に残っているのは学生とでは無く、ある女性との出会い。

63ビルから明洞に戻り、ちょっと華やかなスポットを散策していた時の事。とある女の子が声をかけて来た。『お兄さん、お一人ですかぁ?』...同い年くらいか...当時の荻野目洋子の様に、輪郭のはっきりしたショートカットの女性だった。日本語はお世辞にも上手いとは言えない。『はい。』一応、愛想良く笑顔で答えて見る。『お暇なら、デートしませんか?』...しばし目が点になる。ただ、それ以外は日本語が堪能で無いらしく...意思の疎通が取れない。

なんだ?...もしかして...コールガールなのか?日本人相手の?そう思うと妙に腹立たしく思え、早々に手を払い退け、足早にその場を去った。(キーセン親父と一緒にするな!)そう心で呟きながら、少々ご立腹の俺。妙な誘いをかけて来る売り子やオッサンは多かったが、この子は可愛いかったので、特にやるせない気持ちがした。それから暫く色んな店で土産物を物色したり、午後のオヤツ代わりにハンバーガーをパクついたり...気ぜわしく動き回る。『おっと!そう言やぁ~慶州のイ君が歌ってたイ・サンワン(サンハン?)のカセットテープでも買って帰ろうか...。』そう思った俺はレコード屋へ直行。弾けた感じのショップのオッサンを捕まえ、メロディーラインを鼻歌で歌って聴かす。「ネー!」手招きされ、その曲の入ったカセット売り場に連れて行かれた。「こいつだ!」と手渡されたテープはハングル文字ばかりで何が書かれてるのかさっぱり分からん...。とりあえず、オッサンを信じる事にした。ふと、横に居る女性と目が合った...。さっきの女の子だ。偶然にも、また出会ってしまった...。

「○△×◎■!」何やら早口で喋りかけて来るのだが、言葉が分からん...。しかし、彼女もこの歌手の猛烈なファンで、俺がこれを選んだ事が嬉しいらしい。「Can you speak English?」と問いかけても首を横に振り、「I love him.」のオンパレード(笑)。レジまで着いて来て、オッサンと何やら語り合う彼女...。とりあえず、テープをゲットしたのは良いが、「お兄さん、デート!」とまた始める...。女を買う気はさらさら無い。しかし、本当に売春婦なのか?もし違っていたら、これは大変な失礼だ。好奇心もあったが、とりあえず『NO SEX』の意味を込めて、『オンリー、コピル(コーヒー)!O.K?』と言うとにっこり笑って頷く彼女。とりあえず近くの喫茶店に入り込んだ。

ミジョン...と彼女は自己紹介した。俺も自分の名を告げ、中学1年生レベルの目茶目茶な英語で語りかける。日本から来た事。下関から釜山に渡り、釜山からバスで慶州に移動し...それまでの韓国での日々を【地球の歩き方】を見せながら、筆談も交えて説明する...。『キョンジュ(慶州)!!』と、慶州の名を聞いた彼女はえらく喜んで見せた。彼女もキョンジュの出身らしい。『プルクッサ(仏国寺)!チョムソンデ(瞻星台)!コブンコンウォン(古墳公園)!』覚えたての地名を出すと、彼女も興奮して「○△×◎■!」妙な展開になった(笑)。そして買ったばかりのカセットを取り出し、例の鼻歌を披露する。これには心底嬉しそうだった。『これはこの曲だ!』とか、『これはいい!』とか、色々教えてくれるのだが、説明出来ないのがもどかしそうだった。CanCamの話やら、AnAn、北斗の拳のケンシロウの物真似、あっち向いてホイのルール...色々話していると情も移る。悪い子には思えなくなっていた。彼女も段々リラックスし始め、今度は自国の悪口が始まる。『韓国は面白くない!』そんな事ばかり言い始めた。『何で?』と聞くと、ノー・フリーダムとか、親が嫌いだとか...云々。

妙にテンションの高くなった俺らは、とりあえず酒でも飲もうかと言う事になり...近所の居酒屋で飲む事にした。言葉も分からん同士なのに、なぜかビールをガブ呑みし、お互いの知ってる日本の曲やら、韓国の曲やら、アメリカの曲をがなりながら飲む(笑)。店員も、『なんじゃ、こいつら?』と言った目でオーダーを取りに来るのが面白かった。酔った彼女は店員に絡み、何事がわめいては大笑いしていた。二~三時間飲むと、二人ともご機嫌さんとなり、まったりと水を飲みだした...。

『お兄さん。いい人。お兄さん、やさしい♪』ミジョンは独り言の様につぶやいた。『なんでソウルに居るの?』そう聞くしかなかった。コールガールなのかなんて聞けるはずも無い。『...。』ミジョンはしばらくグラスの氷を見つめていたが、やがて両の目から涙をポロポロこぼし始めた。瞬きもせず、涙を拭おうともしない...。ただ、グラスを見つめたまま、涙を流していた。俺はそれ以上何も聞かなかった。5分ほど、アゴをカウンターに乗せたまま...水槽の金魚を見る様に氷を見つめ泣いている彼女を見続ける。氷を時折カランカランさせながら...彼女は鼻歌を歌い始めた。例の曲だ。俺も一緒に鼻歌を歌ってやった。涙を流しながら、時に照れ笑いしながら彼女も歌い続ける...。

12時近かったか...。とにかく酒代はおごり、千鳥足の彼女と店を出た。『お兄さん、明日、ひま?』と聞いて来るので、暇だと言った。『あたし、明日、デート、お兄さん!』と、ミジョン。何でも、ソウルの面白いところを案内してやると言う...。しゃーないな...乗りかけた舟だ...。待ち合わせ場所を決め、彼女と別れた。振り向くと、彼女は雑踏の中をフラフラと歩いてゆく。やがて、明洞の夜景の中に彼女は消えてしまった。

明くる朝、彼女は現れなかった。『そんなもんやろ...。』と、分かっちゃいたが、切なくなった。彼女がどう言う素性の人物かは知らない。ソウルで何をやっているのかも知らない。ただ、田舎から出てきた女の子が、一人この寒空の下...どこかを彷徨っているのだけは確かだ。どんな国にも...都会には闇がある。彼女も闇の世界の住人なのか、知る術も無かったが...妙にエールを送りたくなった。いつか平安を取り戻し...故郷の空の様に晴れやかな人生が彼女に訪れる様、祈りたくなった。そして、昨日買ったテープをウォークマンにぶち込んだ。フルボリューム。ソウルの空は晴れ渡り、スモッグを貫いて冬の日差しが突き刺さった。

ほろ苦い思いと、軽い二日酔いが残った。