自由が丘の南口からすぐの遊歩道にも多くの桜が。GAPのあるビル前の桜は満開。見上げると満点の夜空のよう。ある種の宇宙です。

 

畑のまわりの緑地にはいろんな草花が。これからが見頃で、このカワイイ花は花大根。この後には黄色い菜の花が待っているはず。



これは「ねこじゃらし公園」の桜。枝振りもよく大きく広がるように枝葉が伸び、花もそれだけ雄大に観賞出来ます。





これは花びらの散ったあと。ウチの庭先の沈丁花の花が風と雨で落とされ、まわり一面に。まるで花びらが絨毯のよう。小さな宇宙にもこんな美が、です。




 うちが世田谷なのはもうご存知の方が多いと思います。世田谷と言っても広いですから、もう少し正確に言うと、等々力あたりです。コレ、読みは「トドロキ」です。「トウトウリキ』ではありませんよ!にひひ


 で、世田谷はよく言われますが、都内でも緑の多い地区で、近隣の目黒区や川崎市、横浜市、多摩地域などに負けないくらい公園や遊歩道などの施設も充実しています。オリンピック公園のある駒沢あたりはそういう意味でもスポーツのメッカになっていて、走ったり歩いたりのコースも完備されてるし、自転車専用レーンもあります。だらに言えばスケボー用のエリアもありで、週末は散歩がてらに訪れる人もあわせ、大勢の人たちで大賑わいです。ウチからは自転車(ママチャリ)でも5分くらいです。あし


 まぁ、あんなに大掛かりじゃなくても、緑地や公園は大小いろいろで、自分のウチの近所(徒歩で数分)にも「ねこじゃらし公園」という小さな原っぱと植樹された木々、草花の素敵なところがあります。近年はこのシーズンはお花見で賑わいます。見事な桜の樹が数本あるだけで、もう十分素晴しい光景なんです。ほかにも、こぶし、モクレン、山桜、椎の木、ホオノキ、ナンキンハゼ、センダンなどいくつもの木々が季節を感じさせてくれます。合格


 また、公園以外に遊歩道も自由が丘まで伸びてますし、その道沿いにこれまたいろいろな(ハナミズキが一番多いですネ)木々が植えられています。それと、案外多いのが生産緑地。つまり農地です。畑がいっぱいあります。果樹園も多いです。なので、都会にいながらにして季節の花々、作物、果実などをこの目で見ることが出来るんです。若い頃にはどーでもよかったことですが、人間トシいくと、それまで気にかけていたことがどうでもよくなり、逆に今まで気にもしなかったこととか(季節の移ろいや花、空、空気感など、いわゆる森羅万象です)が気になるみたいです。アップ


 なので、本当はコレでは困るのかもですが、例えば今誰が人気者とか、テレビやゲームとかの流行、ファッションの流れとか、そういうことはまるで関心がなくなりました。タモリさんの「笑っていいとも」が終わったことについても、「へぇ~」くらいの感じです。第一、夜型の自分にはほぼ見れない時間帯の番組でしたから。始った頃2~3年までの記憶しかないです。ドクロ


 ただ、音楽だけは、それと仲間、友だちとかは相変わらずこだわり続けてますね。滅多に会わなくても会えばすぐとけ込める、みたいな人たちです。ミュージシャンとか俳優とかデザイナーとか著名人もいますが、そうじゃない、普通の仕事の人たちも多くいます。自分にとっては誰がどう、とかじゃなく、みんな同じ友だちであり仲間です。肩書きや社会的地位とかなんか付き合う上ではまるで関係ないんですね。そりゃ、仕事の出来るひとや目上の人には当然敬意を払いますが、友だちとして付き合うにはそういうのも抜きです。同じ人間同志、という感じです。


 話がそれました。えっ


 ここにある花や樹は全部うちの周りにあるものです。今、の状態です。この時期、この瞬間の一コマなんです。そういう意味ではすでに「今」ではなく「過去」なのかもですが。つまり、時間は一瞬たりとも止まらないで新たな時を刻む、ということ。なのでいつも誰もが新しい「時間」を生きているわけです。リクツじゃなく事実です。何気ないですが、変えようの無い事実。刹那とも言いますね。トシいくと自分の残された時間が少ないので、自然がそういう刹那を大事にするよう、ヒトにも訴えているんでしょうか。遺伝子にそう書かれているんですかね?何にしろ、今はこういう写真を撮ったり、草木や空を見上げてボンヤリしてる時がいい感じです。無駄な時間どころか、かけがえの無い時間だと、自分は思ってます。