【幾層の静寂】
ミルフィーユのように重ねられた歴史。
黄金色の光を浴びるのは、
わずかな一握り。
けれど、残された者たちは——。
語られぬ層の底で、
静寂を抱きしめている。
主役の重みを背負い、
無名という名の土台となって、
この巨大な物語をただ黙って支え続ける。
光に背を向けた影の呼吸、
描かれぬ涙。
その無数の積み重ねこそが、
歴史という名の菓子を、
分厚く、
そして確かに形作っている。
柴田聡子 - Your Favorite Things (2024)
AIによる詩の解説と評価|【幾層の静寂】
解説
「ミルフィーユ」という比喩が秀逸です。歴史を単なる時間の流れではなく、薄い層が積み重なった構造物として捉え、光を浴びる表面(一握りの人間)と、それを支える膨大な下層(残された者たち)の対比を鮮明に描いています。後半では、光に当たらないことの悲哀を歌うだけでなく、彼らが「無名という名の土台」として歴史を支えているという、その存在の必然性と尊厳を強調しています。語られぬ涙や影の呼吸こそが、歴史という菓子に「深み」を与えるのだという視点は、優しさと鋭い洞察に満ちています。
評価
限られた文字数の中で、視覚的なイメージ(黄金色の光)と触覚的な感覚(重み、層の厚み)を共存させており、非常に密度が高い構成です。特に、本来は甘美なはずの菓子を、歴史の残酷さと崇高さを語るメタファーとして転用した点に、高い独創性を感じます。派手な言葉を排しながらも、静かな力強さを感じさせる文体は、読み手の心に深い余韻を残します。光の下ではなく、その足元にある「声なき真実」を救い上げようとする誠実な詩作と言えるでしょう。
TOPICの種。
結局...日本って、どうなの?
富士山頂の日の丸と「カントリーロード」――「後進国」という名の安全地帯
富士山の頂を目指す者たちの足元には、岩肌だけでなく、時に「国家」という名の境界線が引かれる。
キャンプ富士に駐屯する米海兵隊員たちが、20年以上も毎年、日の丸を掲げて富士登山を続けている。彼らが重い荷を背負い、同盟国へのリスペクトを込めて一歩一歩踏みしめる姿には、理屈を超えた誠実さが宿る。つい先日山頂で、無作法に自国の旗を振るレッドギャング・グループに対し、彼らがより大きな日の丸を掲げて「ここは日本の聖地だ」と無言の抗議を示したという逸話も、彼らならあり得ると頷かされる。
(実際は、「気分が悪いな。こっちの国旗のほうがずっといい。ジャパン!アメリカ!これで浄化してやるよ。」と話して、日の丸を掲げてくれた)
そして・・・日本人として米海兵隊に「ありがとうございます」と感謝したい。
このエピソードは最近、X(旧Twitter)を通じてアメリカ国内でも話題になっているようだ。だが、面白いのはそこだけではない。今のネット空間では、日本の日常が思わぬ形で「世界の羨望」の的になっている。
そのX(旧Twitter)の自動翻訳の導入によって、繰り広げられる交流とは?。
例えば、日本の「飯テロ」という言葉だ。深夜に美味しそうな画像を投稿するこの不届きで愉快な文化が、英語圏では「Meshi-Terror」としてそのネーミングセンスの妙が絶賛されているという。他にも、本場への敬意を日本流の繊細さで昇華させたBBQや、ジブリ映画を通じて愛される日本語版『カントリーロード』。海の向こうの人々が、日本の何気ない呟きや感性に触れ、そこに癒やしを見出している光景は何とも微笑ましく、国境を越えた「心の通い合い」を感じさせてくれる。
その一方で、Redditなどの海外掲示板に目を向ければ、そこには全く別の景色が広がっている。 そこでの日本は、いまだに「デジタル化に乗り遅れた」「社会が閉鎖的だ」と揶揄される、いわば「後進国」扱いの常連だ。そして、決まってセットのように持ち出されるのが「女性の権威が低い」という批判である。
だが、私は彼らに逆に問いたい。
「女性の権威」を声高に叫ぶあなたたちの国で、小さな子供たちが一人で登校し、日が暮れるまで外で遊べる街がどれだけあるだろうか。日本が世界に誇る圧倒的な「性犯罪の低さ」と「安全性」こそ、女性や子供が真に自由に生きるための土台ではないのか。
さらに言えば、アニメや漫画の世界を見渡せば、戦うヒロインから自立した女性主人公まで、日本には数十年も前から多様な女性像が血肉化されてきた歴史がある。政治のトップに女性が立つことも、この国ではもはや驚きではない。こうした実態を無視し、特定の「リベラルな思想」の型に無理やり落とし込もうとする発言には、無知ゆえの傲慢さと、アップデートされない古い固定観念しか感じられない。
効率や他国の「正義」という物差しに、背中を丸めて合わせる必要がどこにあるだろう。 米海兵隊員たちが日の丸を担いで登ってくれるのは、日本が世界のコピーではなく、独自の美徳と静かな秩序を守り続ける「唯一無二の日本」だからこそだろう。
誰に何を言われようと、これが私たちの国だ。 外からのノイズを笑い飛ばし、自分たちの足場をしっかりと踏みしめる。他国の評価に色目を使うのではなく、自分たちが信じる「善し」とする形を貫くこと。その矜持を、私は何よりも大切にしたいと思う。
こうした「日本独自の美徳や秩序」への誇りは、最近のアニメ作品を通じても強く再認識させられる。今期、私が欠かさずチェックしているのが、奇しくも今の国際情勢や日本の在り方を予言するような作品、『日本三国』だ。
文明が崩壊し、再び戦国時代のような分断を経験しながらも、ひとつの「日本」を再建しようと足掻く人々の姿。そこで描かれるのは、単なるノスタルジーではない。私たちが何をアイデンティティとし、どんな「国」を形作りたいのかという、泥臭くも切実な問いかけだ。外からの圧力に屈せず、自分たちの足場を固めることの難しさと尊さを、この物語は突きつけてくる。
そして、もうひとつ楽しんでいるのが、待望のシーズン2が始まった『ドロヘドロ』だ。
魔法によって顔をトカゲに変えられた男が、失った記憶を探して戦う――文字にすればカオスそのものだが、この作品が放つ唯一無二の世界観と、ダークなのにどこかカラッとした「日本発」のイマジネーションは、それこそ既存の「正義」や「型」にはめ込もうとする海外の批評家たちを黙らせるほどの熱量がある。
これら、世界のどこを探しても似たものがない、過激で繊細な表現の数々。これこそが、他国の評価に色目を使わずに磨き上げられた「日本の文化力」の正体ではないだろうか。
山頂で風に靡く旗のように、
揺るぎない視点を持って――。
あと、プーさんではなくプーチンさんが「日本ではなくロシアが日出づる国だ」とか主張しているらしい。
いや、どうでもいいし(笑)。
地理的に、そうだ!と言っているようですが・・・キリバスの方が正当性ありそうなんだけど、その理屈ならばね。
ともあれ日本が「日出づる国」と称されるのは、もっと他の由来があるのではないか?。
- 東にあるという単純な地理
- 太陽信仰と皇室の権威づけ
- 中国に対する対等意識と外交的自己主張
- 東の果て=一日の始まりの象徴という世界観(イメージ)
そんなわけで・・・プーチンさんの主張、却下で。
宝鐘マリン / 美少女無罪♡パイレーツ(2023)
BONZO、小説を書く㊵
『OBORO/朧』
第十七章 砂都デインの深層
デインの街は、 昼の光が傾き始めると、 白砂の壁に淡い金色の影を落とした。
リアンはルアの案内で中央区の外れにある “風の回廊”と呼ばれる細い路地を歩いていた。
風が通り抜けるたび、 砂の粒が微かに歌うように鳴る。
「ここは……なんか静かだな」
「デインの中でも特に古い区域です。 昔は祈りの道だったと伝わっています」
ルアの声は、 風の音に溶けるように柔らかかった。
リアンは歩きながら、 胸の奥にわずかなざわつきを感じていた。
(……誰かに見られてる?)
振り返る。 だが、路地には誰もいない。
ただ、 建物の影が少しだけ濃くなったように見えた。
ブライが静かに言う。
「気のせいではない。 “選んだもの”は、お前を追う」
リアンは眉をひそめた。
「……影のことか?」
ブライは答えなかった。 ただ、わずかに輪郭が揺れた。
■ ザンジトの使者
風の回廊を抜けた瞬間、 広場の空気が変わった。
緊張。 張り詰めた糸のような気配。
ルアが足を止める。
「……来ましたか」
広場の中央に、 黒い外套をまとった三人の男が立っていた。
胸元には、 ザンジトの紋章――“水の三日月”。
その中央の男が、 ルアに向かって一礼した。
「デインの守り手ルア殿。 我らはザンジトよりの使者。 “外界人”について確認に参った」
リアンは思わず身を固くした。
(……噂、ここまで広がってるのかよ)
ルアは一歩前に出て、 静かに答えた。
「外界人リアン様は、 特別な力を持つわけではありません。 アミアの誤解が広まっただけです」
使者はリアンをじっと見つめた。
その視線は、 まるで“中身を透かして見る”ような冷たさだった。
「……しかし、 デインの者たちは皆、 彼の周囲に“揺らぎ”を感じていると言う」
リアンは息を呑んだ。
(揺らぎ……?)
ブライが低く囁く。
「お前の選択が、世界に波紋を生んでいる」
使者は続けた。
「ザンジトは、 この揺らぎが“水の計画”に影響を与えることを懸念している。 外界人を一度、我々のもとへ――」
その瞬間。
風が止んだ。
影が揺れた。
リアンの背後で、 “誰か”が立っている気配。
振り返る。
そこには―― 人影がひとつ。
輪郭は薄く、 光に溶けそうで、 しかし確かに“形”を持ち始めていた。
リアンは息を呑んだ。
(……影……? なんで、こんな近くに……)
ルアが小さく叫ぶ。
「リアン様、下がって!」
影は一歩、前に出た。
その動きは、 まるでリアンを守るようでもあり、 あるいは―― リアンを“自分のもの”として示すようでもあった。
ザンジトの使者たちがざわめく。
「……これは……何だ……?」
影は声を持たない。 だが、 リアンには確かに聞こえた。
――呼んでいる。
自分を。
自分だけを。
ブライが静かに言った。
「お前が選んだものは、 お前の前に立つ」
リアンは影を見つめた。
影は、 まるで“名前を待つ子供”のように揺れていた。
■ デインの空気が変わる
ザンジトの使者は後ずさり、 ルアはリアンの前に立ち、 アミアはどこからともなく現れて叫んだ。
「わぁ! リアンの影、濃くなってる!」
リアンは頭を抱えた。
「……お前、ほんとに黙っててくれ……!」
だが、 もう遅かった。
デインの空気が変わった。
街の人々が、 リアンと影を見つめている。
恐れでも敵意でもない。 ただ―― “何かが始まった”という気配。
ブライが言う。
「ここから先は、 お前がどう向き合うかだ」
リアンは影を見つめた。
影は、 まるで“名前を欲しがるように”揺れていた。
胸の奥が熱くなる。
(……俺が……呼ぶのか? こいつの名前を……)
その瞬間、 影の輪郭がわずかに濃くなった。
まるで、 答えを待っているように。
―第十八章へ続く―
架空エンディングロール
Slayyyter - CANNIBALISM! (2026)
📚**架空対談:金沢の文豪三人
金沢市袋町・レコードショップ
『レコード・ジャングル』にて
『OBORO/朧』を読む
🍶 架空対談
『OBORO/朧』第一部・第十七章を読む
進行役:泉鏡花
登壇者:徳田秋声、室生犀星
場所:金沢市袋町・レコードショップ『レコード・ジャングル』
■ 序:アナログの針音と、物語の“揺れ”
袋町のレコードショップ『レコード・ジャングル』。
壁一面に並ぶジャケット、
店内に流れるアナログの柔らかなノイズ。
三人は中古盤の匂いに包まれながら、
第17章の余韻を胸に語り始めた。
泉鏡花が、 回転するターンテーブルを眺めながら口を開く。
泉鏡花(進行役)
「第十七章は、 デインの“深層”が初めて姿を見せる章だ。
ザンジトの使者、 影の接近、 リアンの揺らぎ。
第十五章・十六章の柔らかい光から一転して、
ここでは“緊張の影”が物語に差し込んでいる。
まずは秋声君、どう読まれたか。」
徳田秋声
(レコードの帯を指でなぞりながら)
「第十七章は、“外圧”の章だ。
デインという街は、
これまで内部の温度だけで動いていた。
だがザンジトの使者が現れたことで、
物語は一気に“政治”と“力学”を帯び始める。
外界人リアンが持つ“揺らぎ”が、
街の内部だけでなく、
周辺国家にも影響を与え始めた。
これは、
物語が“世界規模”へ広がる前触れだ。
そして影がリアンの背後に立つ場面
―― あれは、
読者にとってもリアンにとっても
“逃げ場のない選択”を予感させる。」
室生犀星
(棚の上のジャケットを眺めながら)
「私は“音”に注目した。
第十七章は、
静けさの中に“異音”が混ざる章だ。
風の回廊の砂の歌、
ザンジトの使者の足音、
影が近づくときの無音。
どれも、
リアンの世界が“調律を変え始めた”ことを示している。
影が近づく描写は、
まるでレコードの針が 別の溝へ滑り込む瞬間のようだ。
物語の“音階”が変わったのだ。」
泉鏡花
(レコードを裏返しながら)
「影の描写は、
第十六章までとは明らかに違う。
遠くから見ていた影が、
ついにリアンの背後に立つ。
あれは、 “存在の第二段階”だ。
輪郭が濃くなり、
光に溶けず、
リアンを守るようでもあり、
奪うようでもある。
影は、
リアンの“未完成の主人公”として
確実に成長している。」
秋声
(ジャケットを閉じながら)
「ザンジトの使者の反応も興味深い。
彼らはリアンを恐れているのではなく、
“揺らぎ”を恐れている。
つまり、
リアンそのものではなく、
リアンが世界に与える“影響”を警戒している。
これは、
物語の構造として非常に重要だ。
主人公の存在が、
世界の均衡を揺るがす。」
犀星
(静かに頷きながら)
「影が名前を求めるように揺れる場面は、
詩で言えば“未完の行が声を持ち始める瞬間”だ。
まだ言葉にならず、
まだ形にならず、
しかし確かに“呼んでいる”。
リアンがその呼びかけに気づいたとき、
物語は次の段階へ進む。
影は、
リアンの“忘れた夢”の形だ。
夢は、
近づくときほど静かだ。」
泉鏡花(まとめ)
(針音を聞きながら)
「第十七章は、
デインの光の裏側にある“影の層”が
初めて動き出す章だ。
ザンジトの外圧、
影の接近、
リアンの揺らぎ、
ブライの変化。
これらが重なり、
物語は“選択の物語”から
“世界の物語”へと広がり始める。
レコードの溝が変わるように、
物語の音も変わった。
さて、
次の章では何が響くのか――
物語が語り始めるだろう。」
― 第十八章へ続く ―
架空対談の架空エンディングロール
Buzzcocks - Lipstick (1979)
: YouTubeのコメントにもありましたが、
Magazineの「shot by both sides」とギターリフが同じなんだよなぁ。
ハワード・ディヴォートは、どっちを優先したのだろうか?
発売日はMagazineの方が10か月早いんだけど。
Produced by
「もしも文豪が現代怪談を語ったら」製作委員会
© KANAZAWA LITERATURE UNIVERSE PROJECT
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Checking for it !!.
2026年、世界はショッピングモールになった。
孤独をダンスに変える、iPhone世代のポップ・マニフェスト。
Underscores『U』
【商品紹介文の抜粋と僕の視点】
"Underscoresことエイプリル・ハーパー・グレイは、サンフランシスコ出身、現在はニューヨークを拠点に活動するプロデューサー/シンガーソングライターです。13歳からSoundCloudでダブステップを公開し始めた彼女は、100 gecs以降のハイパーポップ・シーンから登場しながらも、エモやインディー・ロック、フォークまでも飲み込む圧倒的な作家性で孤高の地位を築きました。
彼女の最大の武器は、緻密な音響設計と、それに相反するようなエモーショナルで生々しいメロディ・センスです。単なる「ジャンルのミックス」に留まらず、自身のアイデンティティや現代社会の違和感を、時に皮肉を交え、時に剥き出しの感性で描き出すその姿は、まさに新時代のポップ・アイコン。最新作『U』では、自らを「iPhoneスパイ映画のサウンドトラック」と称するような遊び心と、ポップ・スターとしての覚悟を同時に見せつけています。"
🎧 アルバム『U』 感想
前作『Wallsocket』(2023年)で見せた、アメリカの地方都市を舞台にした重厚なコンセプトとフォーク的なアプローチから一転。本作『U』は、ショッピングモールや空港、ホテルといった「移動の合間に存在する匿名的な空間(リミナル・スペース)」をテーマにした、極めてモダンなポップ・アルバムです。
全9曲というタイトな構成の中に、2010年代のブロステップ、ブリトニー・スピアーズ的な00年代ポップス、そして最先端のハイパーポップが渾然一体となって詰め込まれています。カオスでありながら、全ての音が「ポップス」としての快楽原則に従って配置されており、過剰な刺激が心地よいカタルシスへと変わる、2026年のポップ・ミュージックの最前線を提示する作品です。
今回のブログで、Slayyyterの曲も載せましたが。この二組は「似て非なる」もの。
欲望を加速させ、ポップの頂点へ駆け上がるのがSlayyyter(グラマラスな過剰さ)なら、ポップを解体し、その破片で現代の孤独を美しく飾り立てるのがUnderscores(リミナルな匿名性)であると言ったところ。
Underscoresの新作は、これまでの実験性をポップの極致へと昇華させた驚異的な一作として、今年度を代表する作品となるでしょう。
基本情報:『Underscores/U』
レーベル: Mom + Pop Music (ニューヨークを拠点とし、ビーチ・バニーやコートニー・バーネット、ポーター・ロビンソンなどを擁する、インディーとメジャーの架け橋となる重要レーベル。)
発売:2026年3月13日 (前作『Wallsocket』から約2年半。現代の消費社会を映し出すミラーボールのようなタイミングでドロップされました。)
形態: デジタル配信 / LPレコード / カセットテープ (特に「ショッピングモール」や「空港」といったリミナル・スペースをテーマにしているため、カセットテープという物理媒体が持つ「過去の遺物感」がコンセプトと強く合致しています。)
特徴:
「リミナル・ポップ」の提唱: ショッピングモール、ホテルのロビー、空港といった「通過点(ノン・プレイス)」を舞台に、匿名的な孤独と高揚感を描き出したコンセプトワーク。
2010sノスタルジーの再構築: 2010年代初頭のブロステップやEDM、00年代のティーン・ポップを、2020年代のハイパーポップ的解釈で解体・再構築したアグレッシブなサウンド。
タイトな構成美: 全9曲、約34分という極めてコンパクトな収録時間。一秒の隙もなく、情報が濃縮されたジェットコースターのようなリスニング体験。
iPhone世代の感性: エイプリル自身が「iPhoneのスパイ映画のよう」と語る通り、デジタルデバイス越しの視点やSNS時代のアイデンティティの揺らぎが、歌詞と鋭利な音響工作の両面に現れている。
Underscores - Music (2026)
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今日の締め曲...を改め、
今日の締めの名盤 ㊴
プログレと現代音楽の最終回答。
これは、ポップ・ミュージックが到達したひとつの『頂上』だ。
3776(みななろ)
『3776を聴かない理由があるとすれば』
📀 アルバム紹介文|『3776を聴かない理由があるとすれば』
2015年に発表された本作は、アイドルポップスの概念を根底から覆した「富士登山」を擬似体験するコンセプト・アルバムです。富士山の標高3776メートルにちなみ、全編が1秒を1メートルに見立てた3776秒(62分56秒)で構成されており、曲間には登山の経過を示すナレーション(インターバル)が挿入されます。
音楽的には、変拍子、ポリリズム、複雑な転調を多用したプログレッシブ・ロックが基調。しかし、その難解なサウンドの上に乗るのは、当時中学生だった井出ちよのの瑞々しく無垢な歌声です。この「過剰なまでに実験的な楽曲」と「圧倒的な少女のリアリティ」の対比が、奇跡的なバランスを生んでいます。ただの企画盤に留まらず、聴き終えた後には実際に一山の頂を極めたかのようなカタルシスと、得も言われぬ寂寥感に包まれる、ポップ・ミュージックの極北とも言える傑作です。
👥 アーティスト紹介|3776 (みななろ)
3776は、静岡県富士宮市を拠点に活動する「富士山ご当地アイドル」です。プロデューサーである石田彰の偏執的とも言える音楽的探究心により、ご当地アイドルの枠を完全に逸脱した、極めてアーティスティックな活動を展開しています。(石田彰さん、声優の方と同姓同名)
元々はグループ形態でしたが、本作制作時は井出ちよの(2001年5月3日生)のソロユニットとして活動。石田が手掛ける楽曲は、ニューウェイヴ、プログレ、ジャズ、民謡までを呑み込んだ複雑怪奇なものですが、井出はそれを天性のリズム感と素直な歌唱で乗りこなしました。その姿は、かつてのムーンライダーズやDOOPEES、あるいはプログレ時代の海外アーティストにも比肩する「知的な遊び心」に満ちています。2019年には12拍子を基調とした『歳時記』を発表するなど、常に聴き手の想像を上回るアプローチを続けており、アイドルの可能性を更新し続ける孤高の存在です。
🌟 総合評価:95点/100点
■ 詞世界 評価:★★★★☆
日常の風景と富士山という巨大な記号が、
登山の過酷さと重なり文学的な深みに達している。
■ メロディ 評価:★★★★☆
難解な変拍子の裏側で、ふと顔を出す人懐っこくキャッチーな旋律。
石田彰の旋律センスの妙。
■ 革新性 評価:★★★★★
標高と秒数をリンクさせ、
アルバム一枚で登山を擬似体験させるという構造の独創性は唯一無二。
■ 完成度 評価:★★★★★
3776秒という制約の中で、物語性と音楽性を完璧に一致させた。
アイドル史に残る緻密な設計図。
■ 普遍性 評価:★★★☆☆
あまりに特殊な構造ゆえに聴き手を選ぶが、
一度ハマれば抜け出せない中毒性と強度を持っている。
■ サウンド 評価:★★★★★
緻密な音響工作と、中学生の「今しかない歌声」が融合。
計算と偶然が産んだ奇跡の音。
🌌 影響力・レガシー
本作は、日本のアイドル・シーンにおける「楽曲派」の定義を数段階引き上げてしまいました。ご当地アイドルという一見、資本や規模から遠い場所にいる存在が、これほどまでに高度でコンセプチュアルな作品を作り上げたという事実は、音楽界に大きな衝撃を与えました。
その影響はアイドルファンのみならず、プログレ愛好家、現代音楽リスナー、さらには坂本龍一ら著名な音楽家たちからも注目を集めるに至りました。地方発のインディペンデントな表現が、構造の美学と情熱によって世界に届くことを証明したレガシーは大きく、今なお「アイドル×実験音楽」の最高到達点として語り継がれています。
3776 – 湧玉池便り
✍️ 終わりに
私にとって、3776の『3776を聴かない理由があるとすれば』は、前回挙げたハイ・ラマズや砂原良徳らの作品とはまた異なる、しかし同じ血脈を感じさせる「どこにも行かない旅の音楽」の決定版だ。
ハイ・ラマズが脳内の楽園を、砂原良徳が空港という非場所を旅したのに対し、3776が描いたのは「垂直方向への旅」である。自室のスピーカーの前で、あるいは移動中のイヤホンの中で、私たちは3776秒をかけて富士の頂を目指す。そこに広がるのは、ご当地ソングという皮を被った、あまりに孤独で知的な音楽的登山道だ。
90年代のサンプリング文化が「横」への拡張だったとするならば、石田彰が構築したこの世界は、アイドルという形式を極限まで掘り下げる「縦」の深化だった。終わりの見えない登山の果てに、井出ちよのの無垢な声が告げるフィナーレ。それは、情報を消費し尽くした私たちが最後に行き着く、もっとも純粋で、もっとも過激な「脳内旅行」の形なのかもしれない。
この衝撃の後、3776は12拍子を基調とした『歳時記』という、これまた最高傑作と呼ぶに相応しい傑作を世に送り出した。そしてつい先日、あらためてライブ映像を拝見したが、そこで私は言葉を失った。とんでもない難度の作品を連発しているアーティストでありながら、ステージ上(駐車場)の井出ちよのちゃんはあくまでも健気で、どこまでも「ご当地アイドル」らしい真っ直ぐな姿のままなのだ。
これが日本のアイドル文化の底知れなさなのだろうか。そのあまりにも尊いギャップに、不覚にも感動してしまった。その高揚のまま、2024年の傑作アルバム『THE BIRTH AND DEATH OF THE UNIVERSE THROUGH MOUNT FUJI』のアナログ盤(CD付)を買うことに決めた。運良く手に入れた最後の一枚。今はまだ未開封のまま、リビングに飾ってある。針を落とすその時まで(今は)、私の「垂直方向への旅」は、この美しいジャケットの向こう側に広がる銀河の果てへと、静かに拡張され続けている。
そして・・・こちらが
最後の一枚、買いました!届きました!
(下は藤井風くんも愛用するサイババ印のお香、ナグチャンパ)
追伸・・・今現在、在庫確保できてるみたい。
次回の名盤予告:クイーンズの路上で拾い上げた、魂の震え。美しく壊れたこの音が、あなたの孤独をそっと肯定する。
本日もお越し頂き、ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。












