「 靴底と地上の対立 

何も有名になりたいわけでもない。
ただ、たまに浮かぶんだ。
自分が浮かれた人間になって、
地上から数センチ浮いた感覚を。

 

アスファルトの重力が
一瞬だけ眠り、
靴底の影が
自分から剥がれていくみたいに。

街のざわめきは水の底へ沈み、
名前のない光だけが
肩口をかすめていく。

 

有名になるなんて、疲れるだろ?
拍手も視線も、きっと重たい。
それでも……
一度は味わいたいと思うのも、
悪いことじゃない。

 

なんて。

 

 Freedy Johnston - In The New Sunshine (1992)  

詩解説|靴底と地上の対立

この詩が描いているのは、上昇や成功への強い欲望ではなく、それを自覚してしまった後に残る微妙な違和感だ。語り手は「有名になりたいわけでもない」と言い切りながらも、地上から数センチ浮く感覚をふと想像してしまう。その距離は飛翔や解放には程遠く、靴底と地面のわずかな隙間に過ぎない。
靴底は現実と最も近い場所であり、重力や摩耗、世界の硬さを引き受ける存在だ。本作では思想や理想ではなく、その靴底が地上と向き合っている。浮かれることへの憧れと、それがもたらす疲労を知っている冷静さ。その両方を抱えたまま、語り手は決断を先送りにする。
「なんて。」という曖昧な終止は、肯定でも否定でもない態度の表明だ。この詩は夢を語りながら、常に地面の感触を忘れない。軽やかさを装いながら、実は極めて現実的で、重力を知った者のための詩なのである。


 

 TOPICの種

1BEST ALBUM TOP111 /2025

〈2025年、音楽的評価とは何だったのか〉

2025年の音楽を振り返ると、「売れたか」「拡散されたか」という基準が、もはや評価軸としてほとんど機能していなかった一年だったことに気づかされる。
アルゴリズムは音楽を均質化し、ジャンル名は探索のための言語ではなく、消費を促すためのラベルへと変質した。

その一方で、そうした流れから距離を取るようにして、音そのものの必然性、表現に対する倫理、そして時間に耐えうる構造を備えた作品が、静かに、しかし確実に生まれていた。
派手な話題を伴わずとも、繰り返し聴かれ、聴くたびに輪郭を変えていく――2025年は、そうした「音楽の内部強度」が試される年だったと言える。

本企画では、再生数、売上、SNS上でのバズといった指標を一切参照していない。
参照したのは、国内外の批評、長文レビュー、そして何よりも「この作品は、時間を割いて繰り返し聴かれるに値するか」という一点のみである。

ここに並ぶアルバム群は、必ずしも“わかりやすい名盤”ではない。
即効性や説明可能性を拒む作品も多く含まれている。
しかし、2025年という年を音楽の側から語るとしたら、これ以外の選択肢はなかった。

もちろん、これは網羅的なリストではない。
今年リリースされたすべての作品に耳を通すことが不可能であることは、あらかじめご理解いただきたい。
あくまで本記事は、筆者自身の趣味嗜好と、実際に聴き続けた体験を最優先した「個人的な記録」である。

それでもなお、ここに並んだ111枚は、2025年という年が決して空虚な音楽消費の年ではなかったことを、十分に証明しているはずだ。


いきなり1位から10位までを。

01\. Geese - Getting Killed 

フロントマン、キャメロンが昨年放った『Heavy Metal』を聴いた時点で、このバンドへの期待は決定的なものになっていた。ロックが再び「衝動」と「知性」を同時に獲得し得るのではないか――そんな予感だ。そして本作は、その期待に明確に応えている。ニルヴァーナ、ベック、レディオヘッド、ストロークスへと連なるロックの系譜に、ようやく現代の実感を伴った“次の名前”が刻まれた。2025年を代表する一枚であることに、迷いはない。

 第1位 Geese - Taxes 

02\. 石橋英子 - Antigone 

今年もジム・オルークとのコラボレーションを含め、精力的に活動を続ける石橋英子。その歩みの中でも本作は、静けさの内側に圧倒的な強度を宿した一枚だ。旋律は前に出過ぎず、音は波紋のように広がり、聴き手の時間感覚を静かに侵食していく。環境音楽とも実験音楽とも言い切れないその佇まいは、音楽が「語る」以前に「存在する」ことを思い出させる。2025年という騒がしい時代において、最も深く耳を澄ませるべき作品のひとつ。

03\. Racing Mount Pleasant - Racing Mount Pleasant 

 

陰影のコントラストが強く表れた2025年TOP10の中において、本作は確実に「陽」の側を担った一枚だ。
軽やかで開放的なサウンドスケープの裏側には、決して楽観に寄り切らない繊細な構造があり、その二面性こそがこのデビュー作を単なる爽快盤に終わらせていない。

かつてBlack Country, New Roadがそうであったように、ここには“完成”よりも“可能性”が鳴っている。
現時点での完成度以上に、今後どこまで変化し、化けていくのか――その未来込みで評価したい、2025年を象徴する新星の記録である。

 第3位 Racing Mount Pleasant - Racing Mount Pleasant 

04\. James Brandon Lewis – Apple Cores 

2025年のジャズ作品の中で、個人的に最も再生回数が多かった一枚。James Brandon Lewisの近年の創作は、好調というよりも、常に更新され続ける安定感に支えられている。

本作では、即興と構築のバランスが極めて自然だ。音数は多くないが、呼吸や間が雄弁に語る。派手さはない。それでも、聴き終えたあとに必ず「また必要になる」音楽が、ここにはある。

2026年も――期待せずにはいられない。

05\. Hayley Williams - Ego Death At A Bachelorette Party 

ポップスターの仮面を脱いだ。2025年のSSW作品の中でも、最も正直で、最も危うい一枚

 第5位 Hayley Williams - Parachute 

06\. Hayden Pedigo - I'll Be Waving As You Drive Away

07\. Ethel Cain - Perverts

 第7位 Ethel Cain - Punish 

08\. 青葉市子 - Luminescent Creatures 

09\. Anna von Hausswolff - ICONOCLASTS 

10\. Dijon - Baby

 第10位 Dijon - Baby 


11位~30位

11\. caroline - caroline 2 

12\. 小倉直也 - Colors of a Journey 

13\. Sharp Pins - Balloon Balloon Balloon 

14\. Alex G - Headlights 

15\. quickly, quickly - I Heard That Noise 

16\. Serebii - Dime 

17\. Ninajirachi - I Love My Computer

18\. Weatherday - Hornet Disaster 

19\. Linda May Han Oh with Ambrose Akinmusire & Tyshawn Sorey – Strange Heavens

20\. СОЮЗ -  KROK 

21\. Djrum - Under Tangled Silence 

22\. Ariel Pink - With You Every Night

23\. Teethe - Magic Of The Sale 

24\. The Necks - Disquiet 

25\. Billy Woods - GOLLIWOG 

26\. Foxwarren - 2 

27\. Kathryn Joseph - WE WERE MADE PREY 

28\. Destroyer - Dan's Boogie 

29\. Miramar - Entre Tus Flores 

30\. Matt Berry - Heard Noises

 第19位 Linda May Han Oh - The Sweetest Water 


31位~50位

31\. Horsegirl - 2 

32\. Panda Bear - Sinister Grift 

33\. Lifeguard - Ripped and Torn 

34\. Die Spitz - Something To Consume 

35\. betcover!! - 勇気 

36\. Oklou - Choke Enough 

37\. Mary Halvorson - About Ghosts 

38\. Erika de Casier - Lifetime 

39\. Nana Benz du Togo - SÉ NAM 

40\. Damien Jurado - Private Hospital 

41\. Ethel Cain - Willoughby Tucker, I'll Always Love You 

42\. Goon - Dream 3 

43\. Friendship - Caveman Wakes Up 

44\. Snocaps - Snocaps 

45\. Joanne Robertson - Blurrr

46\. Wednesday - Bleeds 

47\. Smerz - Big City Life

48\. Alan Sparhawk - With Trampled by Turtles 

49\. Ron Sexsmith - Hangover Terrace 

50\. Mon Laferte - FEMME FATALE 

 第44位  Snocaps - "Coast" 


51位~70位

51\. Natalia Lafourcade - Cancionera 

52\. Tunde Adebimpe - Thee Black Boltz 

53\. FKA twigs - EUSEXUA 

54\. Oneohtrix Point Never - Tranquilizer 

55\. Stereolab - Instant Holograms On Metal Film 

56\. Mei Semones - Animaru 

57\. Jim Legxacy - Black British Music 

58\. Anders Hagberg - With Hope 

59\. De La Soul - Cabin In The Sky 

60\. Jeanines - How Long Can It Last 

61\. PinkPantheress - Fancy Some More? 

62\. Dustin Wong – Gloria 

63\. Jason Isbell – Foxes in the Snow 

64\. Hammer Head Shark - 27℃ 

65\. MIKE - Showbiz! 

66\. Arnaud Rodrigues - Som do Paulinho 

67\. SML - How You Been 

68\. The High Llamas - Hey Panda

69\. Blood Orange - Essex Honey 

70\. Gwenifer Raymond - Last Night I Heard The Dog Star Bark 

 第64位 Hammer Head Shark - たからもの  


71位~90位

71\. KeiyaA - Hooke's Law

72\. Greg Freeman - Burnover

73\. Superchunk - Songs in the Key of Yikes 

74\. Stella Donnelly - Love and Fortune 

75\. The Worm - Pantilde 

76\. 星野源 - Gen

77\. Algernon Cadwallader - Trying Not to Have a Thought

78\. Lily Allen - West End Girl 

79\. Joey Waronker - King King  

80\. Sudan Archives - THE BPM 

81\. Jules Reidy - Ghost/Spirit 

82\. saoirse dream - saoirse dream 

83\. Addison Rae - Addison 

84\. Julien Baker \& Torres - Send A Prayer My Way 

85\. Peel Dream Magazine - Taurus (EP)

86\. Black Country, New Road - Forever Howlong 

87\. The Last Dinner Party - From The Pyre 

88\. Klein - sleep with a cane 

89\. Sam Fender - People Watching 

90\. Deafheaven - Lonely People With Power 

 第82位 saoirse dream - initialize 


90位~111位

91\. Austra - Chin Up Buttercup 

92\. The Laughing Chimes - Whispers In The Speech Machine 

93\. Backxwash - Only Dust Remains 

94\. Charlotte De Witte - Charlotte De Witte 

96\. Turnstile - NEVER ENOUGH 

95\. Laufey - A Matter of Time 

97\. The Lemonheads - Love Chant 

98\. Mavis Staples - Sad And Beautiful World 

99\. 羊文学 - Don't Laugh It Off 

100\. Karen Willems - A Fool's Guide To Reality 

101\. Men I Trust - Equus Caballus 

102\. Brògeal - Tuesday Paper Club 

103\. The Hives - The Hives Forever Forever The Hives 

104\. Asher White - 8 Tips for Full Catastrophe Living 

105\. BABYMETAL - METAL FORTH

106\. Night Tapes -portals//polarities 

107\. C mat - EURO-COUNTRY 

108\. Matthew Herbert - Clay 

109\. Philippe Cohen Solal - OUTSIDER 

110\. Maia Friedman - Goodbye Long Winter Shadow 

111\. Frankie - Strange Tales 

 第94位 Charlotte de Witte - Hymn (Original Mix) 

〈あえて落選させた作品について〉

――評価しなかったのではない、選ばなかっただけだ

最後に明記しておきたい。
本ランキングに入らなかった作品の多くは、決して質が低かったわけではない。

ただ、
コンセプトが音を追い越していたもの、
過去作の延長に留まったもの、
問題意識は鋭いが音楽として結晶化しきらなかったもの――
そうした作品は、今回は選ばなかった。

2025年は「意義のある音楽」と「残る音楽」が一致しなかった年でもある。
この111枚は正解ではないが、2025年を音楽の内部から語るための、ひとつの確かな断面ではある。

 

2BONZO、小説を書く

『OBORO/朧

第一部
 

第五章 整えられた輪郭

リアンは、どこにでもいる“普通”という名の箱に入れられた子どもだった。特別でもなく、劣っているわけでもない。ただ、色も形もない粘土の塊のように、周囲の誰の目にも止まることのない存在。教師からは「手がかからない子」と言われ、同級生からは「空気」と呼ばれ、家族からは「元気ならそれでいい」と扱われる。
リアン自身も、それを不満には思わなかった。むしろ、世界に期待しないほうが心は軽いことを幼くして悟り、心を閉ざすというより、はじめから心の“場所”を世界に置かなかった。人が嫌いなわけではない。女性にも興味はあった。運がよければ、どこかの酒場で、美しい女の肩にそっと触れる夜もあるだろう――そんな想像をすることもあった。だが、その想像は現実の距離を突きつけた。触れようとしても、手前の空気に壁ができ、話しかけようとすれば声の出口が塞がる。
妄想が膨らむほど、惨めさが染み込んだ。やがてリアンは、他者と関係を結ぶための“愛”という概念の意味すら曖昧になり、その言葉の輪郭は霧のように崩れ落ちていった。彼が現実世界に足を運ぶ理由は、極めて限られている。食べ物を買いに出るとき、近所の川を渡る橋の下に巣をつくる無垢な鳥たちを見に行くとき、そして――遠い昔に偶然当てた宝くじの賞金を引き出すときだけ。
だが、そのわずかな外出すら、ひとつの問題があった。リアンは現実をほとんど無価値だと思っているくせに、“外出時の身繕いだけは誰よりも厳密”という、友人を作るよりも厄介な性質を持っていたのだ。今日の気温、天気、湿度。クローゼットにある服の素材、状態、色の組み合わせ。外に出る“理由”よりも、外に出る“格好”のほうが、彼にとってははるかに重要だった。
それはナルシシズムではない。自己愛とはまるで違う、もっと繊細で、もっと偏った価値観。自分の存在を現実世界に置くとき、せめてその輪郭だけは“整っていなければならない”という奇妙な強迫にも似た秩序だった。リアンは、現実を軽んじながらも、その現実での“見え方”には極端なほど気を遣う。それは矛盾であり、彼という存在の根幹を作るひずみでもあった。
彼は今日もワードローブを開き、静かに服に触れる。その仕草は儀式めいていて、まるで現実世界に足を踏み入れるための呪文のようだった。そして、ため息をひとつ落とす。
「……どうして、こういうところだけは気になるんだろうな。」
誰にも聞こえない声。誰も答えない問い。ただ、その沈黙の先で――ブライだけが、ぼんやりと笑っている気配がした。

第六章 境目に揺れる影

そこに、なぜこれほどまでの執着と恐怖が生まれるのか──リアン自身にも理由はわからなかった。
街を歩けば、彼の視界には“完成された他人”の姿ばかりが飛び込んでくる。角の喫茶店で笑い合う恋人たち、古着をうまく着こなす青年、何気ない仕草で上質な雰囲気を纏う女性。彼らの存在は、リアンにとって脅威ではない。ただ、鏡の中の自分と比べる「基準」になり得るというだけで、十分に恐ろしかった。
おしゃれとは、本来ただの布の組み合わせに過ぎないはずだ。だがリアンにとって、それは“存在の証明”であった。服のセンスが整っている者は、心も整っているように見える。姿勢が美しい者は、生き方まで洗練されているように見える。対して彼は、鏡の中で自分の姿を正面から見つめることすら、どこかで避けてきた。
彼が恐れているのは、服そのものではない。
他者の視線を観測した瞬間に立ち現れる、「自分はやはり不完全だ」という確信だった。
その確信は、まるで冷たい刃のように胸を切り裂く。街角でふと目が合った瞬間、リアンは自分の輪郭が崩れ落ちるような錯覚に襲われる。誰も彼を責めてはいない。誰も彼を笑ってはいない。だが「比較」という見えない秤が、常に彼の足元に置かれている。
そうした恐怖を紛らわすように──または打ち消すように──彼は今日も丁寧に服を選ぶ。
色味の調和、季節との兼ね合い、歩く距離、汗をかく量。どれも他者に見せるためというより、自分が“耐えられる姿”を作るための儀式だ。服を選ぶ時間は、彼にとって祈りの時間でもあった。鏡の前で布を重ねるたび、彼は「これなら生きていける」と自分に言い聞かせる。
そんなリアンの生活を、ただの観測者のように眺めてきたのが、現実には存在しない相棒・ブライである。
ブライはリアンが知らぬうちに形を持ち、言葉を持ち、人格らしきものを持った。孤独を埋めるための幻想であるはずなのに、どこか現実以上に現実的な存在感を持っていた。
ブライは時に軽口を叩き、時に真剣な問いを投げかける。リアンが服を選ぶ姿を見て、彼は笑う。
「なあリアン。お前、そんなに他人の視線が怖いなら、俺の世界で暮らしてみないか?あっちは、服なんて誰も気にしちゃいないぞ」
リアンはため息をこぼす。ブライの言う“あっちの世界”が、自分の潜在意識が作り出した虚構に過ぎないことを理解しつつも、どこかで誘惑を感じていた。
現実の不完全さと幻想の曖昧さ。彼の精神は、いつもその境目で揺れていた。

第七章 理由のない扉

ブライには、常に口癖のように繰り返す言葉があった。
「なぜ理由を求める?」
それは、リアンの行動や思考の端々に向けられる、曖昧で、しかしどこか切迫感すら含む問いだった。問いかけは軽い調子で放たれることもあれば、深夜の静寂に突如として響くこともあった。まるで彼の心の奥を覗き込み、そこに潜む空白を指でなぞるような響きだった。
リアンはその問いに、最後まで正確に答えられなかった。そもそも、彼自身は日々の行動一つひとつに理由など求めていないのだ。買い物へ行くのも、鳥を見に行くのも、服を選ぶのも、面倒だから避けたいと思う瞬間でさえも──全てはただ、「そうしたいから」「そうなってしまったから」という、淡い衝動の延長線に過ぎない。
ブライが何を問いたいのかすら分からない。彼が求めている“理由”が、論理なのか感情なのか、それとももっと別の何かなのか。リアンには判断できなかった。
だから彼は、その問いに対し、唯一の安全地帯とも言える返事を選ぶ。
「別に……」
肯定でもなく、否定でもなく、賛同でも反発でもない。意志を持つことを拒絶するような曖昧さ。リアンが世界から身を守るために身につけた、小さな盾のようなものだった。
ブライはその返答を聞くと、いつも薄く笑う。その笑いが嘲りなのか、理解なのか、あるいは期待なのかさえ分からない。ただ確かなのは、ブライの問いが決してリアンを責め立てるためのものではなく、むしろ“彼をどこかへ誘おうとする合図”のように聞こえることだった。
「理由なんて、後から勝手についてくるものだ。お前がやるかやらないか、それだけだろう?」
そんな風に、現実の論理からわずかに外れた言葉を置いていく。リアンはその言葉に反発することもできず、ただ曖昧に受け止めるしかなかった。
彼は思う。理由とは何なのだろう。人は行動に意味を与えようとする。だが自分は、意味を与えることを避けてきた。理由を持つことは、責任を持つことだ。責任を持つことは、世界に対して自分を差し出すことだ。それが恐ろしかった。
リアンが曖昧に生きるほど、ブライの存在は明確になっていく。まるで彼の無気力さが、ブライという存在に輪郭と声を与えているかのようだった。ブライはリアンの曖昧さを糧にして、より鮮明に形を取っていく。
そして、リアンが「別に」と呟くたび、ブライは確かめるように彼を見つめていた。まるでその一言が、どこか別の世界への鍵になっているかのように。ある夜、リアンはベッドに横たわりながら、ブライの問いを思い返していた。
「なぜ理由を求める?」
その言葉は、夢と現実の境界を揺らす呪文のように響いていた。
リアンは目を閉じ、心の奥で答えを探す。だが見つかるのは、ただの沈黙だった。沈黙の中で、ブライの声だけが鮮明に響く。
「理由なんてなくてもいい。お前が歩けば、それが理由になる。」
リアンはため息をつき、再び「別に」と呟いた。だがその言葉は、もはや盾ではなく、扉の鍵のように感じられた。
ブライは笑う。
「そうだ。その曖昧さこそが、お前を次へ連れていく。」
リアンは理解できなかった。だが確かに、彼の曖昧さがブライを強くする。そしてブライの強さが、彼をどこかへ誘おうとしている。
理由のない言葉。理由のない行動。
そのすべてが、別の世界への入口になっているのかもしれない。

―第八章へ続く―

架空エンディングロール

 Chapterhouse- Falling Down (1991)  


📚**架空対談:金沢の文豪三人

昭和町のラーメン屋「昭和軒」にて 

『OBORO/朧』を読む

はじめに

湯気と醤油の香りが立ち込める昭和町のラーメン屋「昭和軒」。木のカウンターに並んで座るのは泉鏡花、徳田秋声、室生犀星。三人の前には湯気を立てるチャーシュー麺。麺をすすりながら、彼らは『OBORO/朧』第一部/第五章から第七章までを読み解いていく。


泉鏡花(進行役)
「さて、諸君。第五章から第七章までを読むと、リアンという人物の輪郭がより鮮明になる。服を選ぶ儀式、他者の視線への恐怖、そして理由を拒む曖昧さ。まるで能舞台の幕間のように、静かでありながら次の展開を予兆している。どう感じられたか。」

 

徳田秋声

「第五章“整えられた輪郭”は写実的な場面だ。ワードローブを開き、服を選ぶ仕草。これは現代人の誰もが持つ日常の一部だが、作者はそれを強迫観念として描いている。現実を軽んじながらも、見え方に執着する。そこに人間の矛盾がある。ラーメン屋で服装を気にする者はいないが、リアンは外出のたびに儀式を繰り返す。写実の眼で見れば、これは孤独の写生だ。」
秋声はチャーシューを箸で持ち上げながら続ける。
「服はただの布だ。だが彼にとっては存在の証明だ。これは現代社会の病理でもある。人は見え方に囚われ、内面を置き去りにする。リアンはその極端な形だ。」

 

室生犀星

「私は詩人として読む。第六章“境目に揺れる影”では、他者の完成された姿がリアンを脅かす。恋人たち、古着を着こなす青年、上質な雰囲気を纏う女性。彼らは詩的な象徴だ。リアンはその象徴に触れられず、ただ比較の秤にかけられる。詩の中で“比較”はしばしば残酷だ。だがその残酷さが、彼の存在を際立たせる。」
犀星は湯気の向こうで微笑む。
「煙に包まれたラーメン屋の中で人の顔がぼやけるように、リアンの輪郭も曖昧になる。だが曖昧さこそ詩の源泉だ。彼の恐怖は詩的に言えば“影の舞”だ。」


泉鏡花
「第七章“理由のない扉”は能の謡のようだ。『なぜ理由を求める?』というブライの問いは、謡の反復のように響く。リアンの『別に』という返答は、舞台の沈黙そのもの。理由を拒む曖昧さが、むしろ次の世界への鍵になる。文学はしばしば、曖昧さを扉に変える。」

 

秋声
「ブライの問いは写実的には不合理だ。だが人間は理由を求める生き物だ。リアンは理由を避ける。避けることで、ブライが形を持つ。これは写実の逆説だ。人間の無気力が、幻想に輪郭を与える。ラーメンの湯気が形を持たぬようでいて、確かに存在するのと同じだ。」
秋声はスープを啜りながら言葉を重ねる。
「理由を持たぬ行動は、写実の筆では描きにくい。だが文学はそれを描く。そこに挑戦がある。」

 

犀星

「詩的に言えば、リアンの『別に』は詩の断片だ。肯定でも否定でもない。曖昧さが詩を生む。ブライはその曖昧さを糧にして強くなる。詩は矛盾から生まれる。理由のない言葉、理由のない行動。それが詩の入口だ。ラーメンの湯気も理由なく立ち上がるが、それが場を満たす。」
犀星はチャーシューを噛みしめながら微笑む。
「曖昧さは弱さではない。詩にとっては力だ。リアンの曖昧さは、詩の扉を開く鍵だ。」


泉鏡花(まとめ)

「第五章から第七章までを読むと、リアンの存在は服、視線、理由という三つの層で描かれている。服は輪郭、視線は影、理由は扉。三つの層が重なり、彼を次の世界へ誘う。文学とは、その層を重ねる営みだ。チャーシュー麺の層のように、肉と麺とスープが重なり合い、ひとつの味を作る。『OBORO/朧』もまた、層の文学である。」

 

結び
三人はチャーシュー麺をすすりながら、静かに頷いた。昭和町のラーメン屋のざわめきの中で、『OBORO/朧』の世界は金沢の文豪たちの言葉によって、さらに幽玄な輝きを帯びていた。湯気と文学が交錯し、煙の中で新たな物語が生まれるように感じられた

架空対談の架空エンディングロール

  The Legendary Golden Vampires  - Creeping Poison (1985)  

Produced by 
「もしも文豪が現代怪談を語ったら」製作委員会

© KANAZAWA LITERATURE UNIVERSE PROJECT

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今日の締め曲...を改め、

 今日締め名盤  

“酔いと祈りが同居する、アイリッシュ・パンクの決定盤。”

 The Pogues『If I Should Fall from Grace with God』
  ザ・ポーグス / 堕ちた天使 

📀 アルバム紹介文|『堕ちた天使(If I Should Fall from Grace with God)』(1988年)

The Pogues の代表作であり、
アイリッシュ・フォークとパンクを融合した“ケルト・パンク”の到達点とされる名盤。

シェイン・マガウアンの荒れた声は叫んでいるのに、どこか祈りのようでもあり、
アコーディオン、ティンホイッスル、バンジョーが暴れるアンサンブルは、
まるで酔った伝道師たちが深夜の酒場で説教しているかのような熱量。

そして何より、
「Fairytale of New York」 という永遠のクリスマス名曲を収録していることで、
このアルバムは“ただの代表作”ではなく“文化的遺産”の域に達している。


👥 アーティスト紹介|The Pogues

The Pogues はロンドン拠点のアイリッシュ系パンク・バンド。
フォークの叙情とパンクの無頼性を融合した唯一無二の存在で、
シェイン・マガウアンの詩世界は飲んだくれの魂がそのまま紙に染み込んだような生々しさを持つ。


🌟 総合評価:97点/100点

“祝祭と絶望が渾然一体となった、ケルト・パンクの聖典。”

 

詞世界:★★★★★
破滅、祈り、愛憎、そして酒。
シェインの言葉は酔っているのに異様に鋭く、人生そのものを突きつける。

メロディ:★★★★☆
アイリッシュ伝統音楽の旋律を軸に、
荒々しさと叙情性が共存。名曲率の高さが際立つ。

革新性:★★★★★
パンクとケルト音楽をここまで自然に、
かつ高度に融合したアルバムは他に存在しない。

完成度:★★★★★
曲順、アレンジ、演奏、そのすべてが噛み合う。
ライブ感と構築美が奇跡的に同居している。

普遍性:★★★★★
「Fairytale of New York」だけでも歴史に残る。
時代を超えて、今もなお強烈に“生きている”音楽。


🌍 影響力・レガシー

『堕ちた天使』は、ケルト音楽とパンクの融合を“単なる実験”から“世界的ジャンル”へ押し上げた決定的作品である。アイリッシュ・トラッドの旋律とパンクの衝動を高度に統合し、Flogging Molly、Dropkick Murphys、The Levellers など後続バンドの青写真を提示した。その影響はロック、フォーク、インディの領域にまで波及し、いまやケルト・パンクは一つの文化圏として確立している。

さらに、「Fairytale of New York」は英圏における“国民的クリスマス・ソング”として、毎年チャートに再浮上する異例の存在。過激な言葉を内包しつつも感情の普遍性で愛されるこの曲は、本作を単なる名盤の域から“文化的遺産”へと押し上げた。

シェイン・マガウアンの、破滅と叙情が同居する詩世界も多くのシンガーに影響を与え続けている。酒場の生活感と祈りのような響きを併せ持つ表現は、ルーツ音楽から現代インディまで幅広いアーティストに継承され、いまなお参照点として機能する。

『堕ちた天使』は、ジャンルの枠を超えた“ケルト・パンクの基準点”。
祝祭と絶望を同時に鳴らした、この時代ならではの奇跡である。

 The Pouges - Fairytale of New York  

✍️ 終わりに

このアルバムを手にし、初めて耳にした時の衝撃は今でも忘れられない。
それまで自分の中で固まっていた音楽観を、いとも簡単に、そして痛快なまでにぶち壊してくれた。
何度「スゲー!!」と口にしたことか。

プロデューサーを務めたスティーヴ・リリーホワイトが
「もう生楽器の音楽しか扱わない」と公言したことにも深く頷かされる。
XTC、ピーター・ガブリエル、U2、トーキング・ヘッズ――
数々の名盤を手がけてきた人物が、ここに辿り着いたのだから説得力が違う。
(その後、ラーズの歴史的1stを手がけるのも、決して偶然ではない)

名曲「Fairytale of New York(ニューヨークの想い)」は、
日本で言えば山下達郎の「クリスマス・イヴ」に匹敵する存在だろう。
季節と記憶、人生のほろ苦さを一瞬で呼び覚ます、
それほどまでに特別で、普遍的な名曲なのだ。

音楽は美しくなくてもいい。
上手くなくてもいい。
だが、ここまで“生きている”音楽には、滅多に出会えない。

 

次回の名盤予告:内向きなまま、世界をする。

 

本日もお越し頂き、ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

 誤字脱字につきましては、気がつき次第、随時修正・編集を行ってまいります。