作家・星山剛一氏

ペット供養堂の御本尊「愛憐 馬頭観音」像を制作していただいた彫刻作家・星山剛一さんに寄せていただいたメッセージと、氏のプロフィールを掲載します。

制作にあたり
 馬頭観音様は馬が移動や荷運びの手段として使われることが多くなった時代において愛馬への供養や守護仏として祀られたことがはじめとされています。現代では犬をはじめ、猫や鳥などの様々な動物が家族の一員として大切に愛されています。そのような動物の動物守護の観音様として穏やかに見守っていただけるような表情や様相となるように、仏像彫刻の伝統にこだわることなく、現代の人間主義的な技法を取り入れて制作を致しました。
 また動物たちはそれぞれのかたちで観音様に戯れ、寄添い、守られ安らかに過ごしている様子を表現しています。
 みなさまのこころに浸透して和ませ愛される動物の供養塔となることを願っています。
星山剛一

 

プロフィール
1978年、大阪府生まれ、東京在住。京都教育大学大学院 教育学研究科美術教 卒。
幼少よりもの作りが好きで、美術科の高校に進学し専門的に芸術の勉強をはじめる。大学では彫刻科を専攻し彫刻を学び、具象彫刻(人物彫刻)の表現の美しさに出会い志す。大学院より本格的に具象彫刻の制作を行い、日本美術展覧会(日展)に初入選を果たす。大学院修了後も出品を続け、現在は教職を務めながら、日展の会友として人物彫刻の制作を行う。

星山さんは、私の義妹夫に当たります。

本来の専門は現代彫刻ですが、今回、ペット供養堂の本尊として「より人間味のある菩薩像」を構想した私が、無理を言って制作を依頼しました。

彼も快く引き受けてくれましたが、やはり実際の制作は大変だったようです。

 

制作期間中、未知なるコロナ禍の発生に加えて、勤務先の転勤もあり、身辺の生活リズムを整えるのが大変だったようです。またこの間、義妹が第一子を出産し、家庭人としての彼の内面にも、少なからず影響があったと推察します。

今年は例年出展している『日展』にも出展せずに、およそ一年かけて、専門外である仏像彫刻や観音像容について勉強をしながら、貴重な時間と労力、そして創造性を、「愛憐 馬頭観音」像の制作に当ててくれました。

この場を借りて、改めて感謝申し上げます。

 

 

「愛憐 馬頭観音」の像容と命名

星山さんに、ペット・動物供養の主仏である「馬頭観音」像の制作を依頼した時、私からは大まかに2点のお願いをしました。

 

1つ目は、犬や猫などの、供養の対象となる動物の姿を視認できるように具象すること。

2つ目は、馬頭観音の像容として一般的な「憤怒相」ではなく、「柔和相」にすること。

左は、福井県小浜町・中山寺の馬頭観音(憤怒相)

 

いずれも、愛するペットを供養する飼い主の心情を慮ったものでした。

 

そして、名称に「愛憐」と冠名したことについて。

「愛憐 馬頭観音」というお名前は、おそらくどの仏教辞典にも民俗図鑑にも載っていないでしょう。

なぜなら、私による造語だからです。

 

元々は供養堂の名前自体に「憐」という字を入れたいと考えていました。

でも語呂の良い他句との組み合わせに妙案がなく、最終的には「月虹堂」と名付けましたが、この「憐」の意味するところを、何かに反映させたいと思っていました。

 

飼育を通して、ペットは恵まれた暮らしを得て、飼い主はペットから「癒し」を得ます。

決して主従関係や一方的な庇護を受けるのではなく、ペットと飼い主はお互いを「相憐れみ合う」関係。「憐れむ」は「哀れむ」ではなく「慈しむ」ことです。

「家畜」と言われた時代から変遷した現代のペット供養において、「憐」は最も象徴的な語句ではないか、と感じていました。

 

そして「愛」。

 

本来は自然に帰する鳥獣と、ペットを隔てるものは何か。それは飼い主の「愛」が介在するか否か、ではないでしょうか。

そして飼い主にとって、ペットとの死別による悲しみは、「愛惜」にどう区切りをつけ、ペットとの関係性をどう繋ぎ直すかに掛かっています。

この「愛惜」の区切り方は、人との死別でも、本質は変わらないのではないでしょうか。

 

飼い主とペットの「愛惜」の絆を広く受け止める観音菩薩として、この度は「愛憐」の語句を冠名させていただきました。

 

 

輸送やら、眼入れやら

今回、何気に苦労したというか気を揉んだのが、仏像の運送でした。

 

星山さんに制作を依頼した当初は、まだ「コロナ禍」とまで言える状況ではなかったこともあり、いざとなったら星山さんのアトリエ兼自宅のある東京都調布市まで、私が車で自走して引き取りに行く、もしくは星山さんに運送してもらうことも考えて、運送に関わる費用を「甘く」見積もってました。

 

しかしコロナ禍となって、東京との往来が難しくなったことで、星山さんに美術品運送の業者に問い合わせてもらったところ、なんと運送料だけで十万円半ばの見積もりが。

島根には主要な配送拠点がないため、大阪からは原則チャーター便となり、大都市間と比べて割り高になるのだそうです。

他にも数社見積もりを取りましたが、これより安価はなく、むしろ数十万円といった見積もりまで…。

結局、星山さんとも相談の結果、一般の大型貨物として、業者に運送してもらうことになりました。

仏像が到着して、段ボールを剥いで見ると、中は木枠による厳重な梱包が。

美術品専門ではない運送業者の取り扱いを心配した星山さんが、DIYで丁寧に丁寧に木枠を組んでくれていました。梱包だけで、数日はかかったのではないでしょうか。

 

おかげで、無事に欠損なく、ご尊顔を拝することができました。

仏像の無事を星山さんに伝えると、彼も「ふーっ」と息を吐いて安堵していました。

1年近くかかった彼の仕事が、一区切りついた瞬間でした。

後は私がバトンを受け継ぎ、開眼法要で私が観音様に魂を入れることになるのですが…

 

ここで一つ懸念が。

 

実は、星山さんが届けてくれた仏像には、この時点で黒目が入っていません。

事前の話し合いで、「黒目はそちらで入れられますか?」と尋ねられ、私も軽い気持ちで、

「その方が“魂入れ”の儀式としても、箔が付くかもね」

などと、軽い気持ちで話を受けたのですが、後でそのことを妻に話すと、

「大丈夫?」

と、不安げな表情。どうも妻は、私の「画伯」ぶりを心配したようです。

「いや、眼のまるをふたつくらい、描けるわ!」

と、大見栄を切ったものの…

開眼法要の当日、油性塗料を含ませた筆先を、観音様の眼に当てた途端、

「センスない黒目になって、ほっしー(星山さんのこと)の努力を水泡に帰すことなったら…」

と、あらぬ妄想から緊張感が体を伝い、気がついたら、筆を持った手がプルプル震え出しているではありませんか!

口では如来十号を唱えながら、頭の中は、

「やばい、やばい、」

の念想。

取り返しがつかなくなる前に、想定より少し塗量を抑えて、筆を置きました。

妻があらぬプレッシャーとかけなければ…

などと、緊張を他人のせいにしようとしている私を、奴が嘲笑っているような…

 

そんな虚脱感に襲われながら、「コロナ禍が収まったら、ほっしーに手直ししてもらおう」などと都合のいい前後策を練りつつ、参列者にお礼の挨拶を述べるのでした。(住職 記)

 

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『月虹堂』建立の発願文

まず初めに、落慶法要の冒頭でお唱えした「発願文」を掲載します。

ただし、お恥ずかしい話ですが、浅学につき全て独力で起草したものではありません。過去にあったいくつかの同じ趣旨の文意を拝借し、組み合わせたものですので、ご了承ください。

維れ時、令和3年7月17日、茲に恭しく、新美山願興寺の御本尊・十一面観世音菩薩の光伴を冀い、ペット供養の施設「月虹堂」の落慶並びに御本尊「愛憐 馬頭観音」の開眼法会を厳修し、合わせて信心功徳の施主のペットの諸精霊に供養致します。

顧みるに、かつて、ある檀信徒の方から「ペットを家墓に入れたい」とのご相談を伺いながら、その時には前例がなく、墓地管理上の合意形成もなかったこと、また動物の供養についても解釈がまとまっていなかったため、その時はお申し出に添えずご遠慮いただきましたが、そのことが拙僧の心の中で棘のように刺さっておりました。その後も檀信徒宅にお邪魔すると、居間の一角でペットの骨壷を安置されている様子を目にすることも増えて参りました。
 

「家畜」とも言われた飼い主と動物の関係も大きく変わり、またかつては亡くなると家の敷地内で埋葬していたものが、現代の住宅事情ではそれも難しく、ともするとペットへの弔いが「宙に彷徨う」状況を目の当たりにし、かつての棘傷が疼くように感じられました。

 

そこで2年前に、地域の方々にとって身近な菩提寺に、ペットを供養する施設が必要だと発願し、寄付を募りながら準備を進めておりましたが、この間、願興寺観音講の世話人、講員各位、宗淵寺の総代世話人各位をはじめ、この事業に協賛し寄付をいただいた皆様のご支援を賜り、並びに、御本尊「愛憐 馬頭観音」を制作してくださった星山剛一様、大雨があったにも関わらず工期を間に合わせ、施工頂いた株式会社丸加石材工業様、有限会社岸本建築様のご尽力により、内外の荘厳全て調い、ここに落慶開眼の慶福を見るに至り、かつての棘は、果たして取れるのでしょうか。

 

梵網経には次のように説かれます。

「なんじ仏子、常に大悲心を起こせよ。若し一切の城邑舎宅に入りて、一切衆生を見ては、応に唱えて言うべし、汝等衆生、尽く応に三帰十戒を受くべし。若し牛馬猪羊の一切畜生を見ては、応に心に念じ口に言うべし、汝は是れ畜生なり、菩提心を発すべし、と。」

 

私たちは享け難い人としての身を享け、値い難いみ仏の教えに値い、自らを省み、識り量る智性と感情があります。

 

猪は野に帰り、鳥は空に帰ろうとします。野生の鳥獣がよく自然の懐に帰ることを知りつつ、その一方でペットとして全うする生涯を思う時、飼い主とペットの、お互いを愛憐する絆、益々深まらずにいられるでしょうか。

願わくは、願興寺の十一面観音が応身された愛憐馬頭観音のご冥護を蒙り、その功徳を巡らし以って、ペットの諸精霊をはじめとした一切有情の諸精霊、発菩提心の善覚を得て、早く六道を脱し、清浄の覚路に至らんことを。

可憐なる容身、微妙なる声 転じ去り転じ来って般若を談ず





島根県松江市東出雲町    

願興寺住持比丘 省吾

 

ちなみに、文中に「絆」とありますが、広辞苑での第一義では「動物をつなぎとめる綱」とあり、そういった意味も含めて、ここでは唱えております。

 

以後は備忘録と、今後同様の事業をお考えの方への一つの参考として、『月虹堂』建立までの経緯をまとめます。

 

発願のきっかけ

直接のきっかけとなったのは、「発願文」にもあるように、およそ7、8年前、ある愛犬家の檀信徒の方から、「飼い犬の遺骨を家墓に埋葬したい」とご相談を受けたことでした。

 

私は、ご自身で管理されている墓土地でもあり、すでに埋葬された故人も愛犬家だったこともあって、お申し出を許可する返答をしようとしておりました。

しかし当時の住職であった師父や総代さん方の受け止め方は、少し違いました。

人間と動物は住む世界が違う。境内地の外周縁に慰霊塔を建てたらどうか」

「もし隣のお墓に動物の骨が埋まってると思うと、ちょっと気味が悪い」

前者はともかく(詳細は後述)、特に後者について、墓地管理上の事前合意が、利用者の間でなされていないことを重くみて、この時はお断りをすることにしました。

 

しかしその後も日を追うごとに、私はやはり「ペット供養」の必要性を強くしていきました。

一番の理由は、住宅事情の変化です。

 

実は我が家でも、師父が幼少期から犬を飼い続きてきました。ただ、飼育の名目は「番犬」でした。

外で繋留し、お供えの残飯を与えていました。昔は寺前の道の路肩も未舗装で草土が露わで、散歩での糞尿も始末する必要もなく自然に還元されていました。亡くなった時は敷地内で埋葬していました。

 

しかし当寺周辺の環境はこの20年で激変。田畑は住宅地として造成され、往来から草土は消えました。

平成7年当時の当寺。門前が田んぼであることがわかる。

アングルが異なるが、現在の門前。田畑は全て事業所として造成されている。

 

犬猫が外で飼われることも少なくなり、家でペットと過ごす時間も増えました。親愛の情が湧くのも当然です。そして、林立した住宅地ではペットを庭先に土葬することも難しいでしょう。

そうなると必然的に「ペット霊園」への需要が高まると思われますが、当地からだと近くで20分のところに1ヶ所、1時間弱の場所に2ヶ所ありますが、普段の家墓へのお参りを考えると時間も労力もかかります。

そのためか、檀信徒のお宅にお邪魔すると、火葬だけ専門のところで済ませ、骨壷を居間に祀っているのを目にすることが増えてきました。

 

そうなると改めて、「人間と動物は住む世界が違う」という見解に、どうしても違和感を抱かずにおれませんでした。

例えば輪廻転生の世界観でいうと、人間道も畜生道も同じ六道であり、そこからの解脱が成仏ならば、人間でも動物でも供養の本質は変わらない、そう考えたからです。

これが私の独見ならば、これ以上取る手立てもありませんでしたが、既知の開明的な僧侶の先輩がすでにペット供養で実績を積んでおられたこと、また世代きっての宗乗家ブロガーの方が、私の疑団に応えるような記事を投稿しておられたのにも(勝手に)励まされ(参照:「人とペットの共なる埋葬の是非について」)、ようやく発願を立て動き出したのが、2017年頃のことです。

 

 

ペット供養堂建立までの経緯

その年の、当寺青年会・宗友会の研修旅行で広島に行った時、この時合わせて構想していた(位牌堂を利用した)室内納骨の視察のために、『シエル安佐』さんを見学しましたが、その時の納骨堂の形態(中央御本尊の台座がカロートなって合祀でき、その周りに個別の納骨壇がある)を参考にしたのは、むしろ人の室内納骨ではなくペット供養堂の方でした。

 

 

視察から帰ってほどなく、施工をお願いする予定だった工務店の担当者と、近隣の主だったペット霊園を視察しました。

そして、師父や総代さんの他、ペット供養の事業主体として考えていた観音講のお世話をお願いしてる三役さんにお話を持ちかけましたが、その際に問い返されたのが、「ペット供養の需要が、具体的にどれくらいあるのか」ということでした。

実はその時点では、本尊カロートの他に個別壇をおよそ50区画備えた供養堂を計画していましたが、確かにその規模に関して、確固とした根拠はありませんでした。

 

そこで2018年には、宗淵寺の全檀信徒向けにアンケートを実施。回答率はおよそ半数ではありましたが、大変貴重なデータが取れました。

寺報『がたぴし』2018年8月号

 

これによって、ペット供養のニーズの規模だけではなく、個別壇のニーズが少なく(50区画は過剰)、合祀の方が潜在需要が高いことが分かりました。

そして何よりも、このアンケートを通して、地域の身近がお寺の一画に、それなりの規模でペットの供養施設があることが重要ではないか、との思いが定まりました。

 

それから程なくして、それまで我が家で飼っていた犬が亡くなり、我が家では初めてペットを火葬に付しました。

犬好きだった師父が病に倒れて療養生活に入ったこともあり、それ以来犬は飼っていませんが、骨壷は我が家の中で祀りました。個人的な話で恐縮ですが、我が家にとっても、ペット供養堂が必要となったのです。

 

『月虹堂』に収めた住職の飼い犬・コタツの遺骨

 

 

そして当初、火葬の事業も合わせてできないか検討しましたが、犬を火葬した経験を通して、当寺で火葬自体をすることは断念しました。理由は、火葬炉を設置する環境とマンパワーの確保が難しいことと、火葬炉購入の経費が高額だったためです。

 

2019年には観音講講員と宗淵寺檀信徒に向けて「ペット供養堂建立に関する寄付のお願い」を募りました。

内容は、もともと境内地にあった焼却炉の建屋を改修して整備するもので、目標額を200万円に定めました。今流行りのクラウドファンディングにならって、寄付金の口数に応じた返礼品を設定しました。

返礼品の一つとなったクリアファイル

 

 

ちなみに、この事業の主体を観音講にしたのは、先亡供養を執行する宗淵寺とは異なり、純然たる信仰有志の団体である観音講の講員が年々減少し、今後も増加に転じる決定的な要素が見込めなかったため、新規事業によって講員数減少に歯止めをかけようと思ったことと、ペット供養の主仏が馬頭観音であったためです。

 

およそ1年間募集をしましたが、金額の達成率は、目標のおよそ40%というところでした。

しかしこれを原資として、観音講の特別会計も充当し、建立の事業を具体化することになりました。

義妹夫であった、美術教師で彫刻家の星山剛一さんに本尊制作の依頼をしたのが2020年の3月ごろ。合わせて建立予定地にあった焼却炉と建屋外壁の改修を始めました。

 

当初はその年の秋頃に供養堂の落慶を、と考えていました。

しかしコロナ禍の影響もあって計画は延びている間に、同時進行で構想を進めていた、位牌堂の納骨対応の方に、宗淵寺の総代世話人の中から「すぐにでも始めた方がいい」との声が強くなり、昨年末、先にこちらの運用が始まりました。現代の供養のあり方が問われているのは、ペットだけではなく人も同じであることを表した事例かと思います。

 

宗淵寺位牌堂の納骨壇

 

そのうちに本尊台座のカロートの他、当初予定していなかった建屋内装についても施工をすることになり、より一層荘厳が整いました。

 

そしてようやく7月17日、『月虹堂』と命名したペット供養堂が落慶しました。

 

命名の由来は、月が「あの世」の象徴、虹はあの世とこの世の架け橋。特に虹は、「虹の橋」という詩やキーワードが、世界的にペット供養の象徴となっているのにあやかっています。

「生死を分かってしまったペットと、この世で再び出会う場所」

そんな意味を込めました。

 

 

落慶法要当日、印象的だったのは、参列した方に「住職の念願がようやく叶いましたね」と声をかけていただいたことでした。

元々は、檀信徒の方の要望に応えようとしたのが発端だったはずですが、それがいつの間にか私の本願そのものになっていたようです。

ペット供養堂とは言っていますが、ペットだけではなくあらゆる動物の精霊を供養する施設にしたいと思っています。(住職 記)

 

 

 

 

 

 

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17日午前10時から、新美山願興寺観音講恒規法要が厳修されました。

 今回も狭い願興寺の堂宇ではなく宗淵寺の法堂で法要されました。いつまで今の状況が続くのでしょう。

 

 

 

 その後引き続いて、ペット供養の為の『月虹堂』(げっこうどう)落慶法要・御本尊の『哀憐 馬頭観音』(あいれん ばとうかんのん)開眼法要が厳修されました。

 差定は、徐幕 発願文 三拝 浄道場 御本尊開眼 読経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品)真言九編 回向 三拝 で散堂となりました。

 

 堂宇及び堂宇前が狭く、また日中は暑くなったこともあり、一般の参拝者の皆様には宗淵寺法堂にて実況動画を配信しご覧戴きました。

 

 

 ペット供養については以前に、ペットの遺骨を同じお墓に収める事は出来ないか、との問い合わせがあり、この事業を発願する事になりました。

 

 

   月虹堂の中心にはカロートがあり合葬と周りには個別檀が安置できる様に設えてあります。ペットを家族同様に供養したいとお考えの方が利用される事になるでしょう。(ここまで、観音講副会長 金本和夫 記)

 

 

そして午後2時からは、恒例の山門施食会・戦死病没者慰霊祭が行われました。

 

法要後は、住職によるテレビ出演シーンを視聴、その後総代世話人会を実施しました。

 

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7月17日(土)、10時からの願興寺観音講恒規法要に引き続き、ペット供養堂「月虹堂(げっこうどう)」の落慶式典と、御本尊の「愛憐 馬頭観音」の開眼法要を執り行います。

 

また午後2時からは、宗淵寺にて「施食会・戦死病没者慰霊法要」を執り行います。

 

午前午後ともに参列される方には、お弁当を準備いたしますので、担当の総代世話人か、お寺までお知らせください。

 

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最近、僧侶向けの研修会でもSDGsに関する内容が増えてきました。従来から「人権・平和・環境」を標榜してきた曹洞宗ですが、ここへきて「看板をすげ替えた」のでしょうか。

私の理解が足りないのだと思いますが、いくら研修会で学んでも、SDGsが具体的にどういうことなのか、確固としたことが掴めません。

(SDGsに対する曹洞宗の取り組みについてはこちらをご参照ください)

 

 

「SDGs」(Sustainable Development Goals)が2015年に国連で採択された、2030年までの「持続可能な開発目標」の国際基準であることは知っていますが、17の目標と169のターゲット(まるで戒律!)を事細かに説明できるほど理解をしているわけではないので偉そうなことは言えないのですが、実際にSDGsを口にする時に、喉に小骨が引っかかるこの感じは何なのか・・・

 

あえて言葉にすると、

①ファッショナブルだけど、母国語でない上に略字では、語彙としてすんなり入ってこない。(自分もよくカタカナ英語を使うくせに)

②従来の「グリーンプラン」や「人権・環境・平和」から、「17の目標と169のターゲット」に広がったことでより高邁で、漠然とした印象になった。

③「グローバルなロマン」は「ローカルな不満」に陥りがち。

④過度に「平等」を説かれると、バリアフルな現実とのあまりの乖離に、絶望しそうになる。

⑤どうしても「開発」という言葉が引っかかる。仏教が物質的な開発に寄与する教えなのか、少し慎重に取り扱いたい。

こんなところでしょうか。

 

 

さて、ここまで散々言っておいてなんですが、私は現代にSDGsは不可欠なものなのだろうと受け止めています。

SDGsで掲げられた目標とターゲットは、これまでも断続的に取り組まれてきたにも関わらず、今に至って円満に達成されず持ち越されてきた、全人的な課題、というのが、今の私の理解です。

だからパッケージを一新したりカンフル剤を投与してでも、従来の目標とターゲットを掲げ続けなければいけなかった意味では「ファッション」にも似ています(衣装は変わっても、服は着続けなければいけない)。

そもそも、発効からすでに6年を経過した現状を見て、2030年までに「17の目標と169のターゲット」が達成できるはずがない(と思う)。

だとするならば、達成よりも目指すことが大事だと言えそうで、そういう意味でも、正に「戒律的」(解釈の是非はしばらく置く)だと言えそうです。

 

 

かつて、ドイツ出身の経済学者E・F・シューマッハー(1911-1977)は、1973年に上梓した『スモール イズ ビューティフル』で「仏教経済学」を提唱されました。

シューマッハーは大量生産・大量消費の拝金的・唯物的な生活文化に対して、仏教の教えに基づいた「簡素(小欲知足)と非暴力(現代で言えばハラスメント)」を原則とした、地産地消による適正規模の消費(中道)を説いています。さらには仏教は樹木を大切にするとして、再生可能エネルギーの可能性についても言及しています。

 

そう、現代のSDGsの内容と大変類似していたのです。

そしてその源泉となった仏教はおよそ2500年の歴史があり、人間の文明的な生活に「気づき」を示し続けました。

 

さらにシューマッハーと類似して、インド独立の父と言われるマハトマ・ガンジー(1869-1948)は、「隣人の原理」を説いて、過度のグローバル化に警鐘を鳴らしました。

(参照:『ポストコロナ 地産地消で ガンディーの「隣人の原理」』 中島岳志)

 

 

かつて二人の賢者が、グローバルな課題の克服に、ローカルな手段を処方箋として示したにも関わらず、世界は今でもそこにたどり着いていないように見えます。

未だに私たちは大量消費を続けていますし、都市には人が流入し続け、格差は広がっています。

 

SDGsの「17つの目標と169のターゲット」は、緻密に構成されているようで、実は、我々の生活実感の先にある理念的なグローバリズムを基調としており、具体的にローカライズされていないことが、分かりにくさや届きにくさに繋がってるのではないでしょうか。

 

 

これは一つの例え話ですが、広く公共心を持ったつもりでボランティア活動に取り組んで、活動先では大変評価されたとしても、家庭ではあまり快く思われない場合が多い。家財を持ち出すし、家にいないことが多くなるからです(筆者の実体験)。

そういう「灯台下暗し」に似た矛盾を、SDGsにも感じます。

 

 

かといって、SDGsは決して無意味とは言い切れません。先にも述べたように、これらは先人から持ち越されてきた課題の累積と再解釈だからです。

私たちは、まずSDGsの目標とターゲットをいずれかに絞り込んだ上で、自身の生活実感との間に、それぞれが梯子をかけて登っていく努めが必要なのではないでしょうか。

 

 

その意味において、個人的には、曹洞宗という教団が今、選択的に最優先で取り組むべきは「ジェンダー平等」だと思います。

そしていくつかのターゲットの具体策として、女性住職の育成と戒名のジェンダーフリーに尽力すべきです。

そもそも、LGBTに象徴される全人的な性的課題の克服に際して、SDGsで掲げられた男女差の解消は、その登山口でしかありません。

しかし、大変不本意なことではありますが、我が宗門の現状はジェンダーギャップ指数が、ほぼ100%。それが旧来から持ち越されてきた課題であることを、すでに青年僧の多くは気づいていて、全国曹洞宗青年会の広報紙では、再三そのことが提起されています。(参照:『sousei』181号193号

 

仮にSDGsが2030年に失効しても、「雨垂れ石をも穿つ」思いで、こういった実績の積み上げを続けていくべきだと思います。

 

 

遠くのグローバリズムに思いを馳せるより先に、まずは足元の課題を克服する努力に取り組む。

「グローカル」なる造語もありますが、「脚下照顧」の姿勢と取り組みこそが、SDGsへの手がかりだと思います。

 

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今月、今日17日は、新美山願興寺観音講恒規法要と観音講総会が開かれました。 

 

まず、6月の恒規法要をお勤めしました。

 

その後、今月のご説教。
 
まず、コロナ禍についてワクチン接種が始まると、世の中の雰囲気が少し明るくなりつつあるように感じる。しかし、世の中には急拵えのワクチンに対する不信感を持っている方もおいでになるようです。当初は接種の予約控えも見られた、という話を聞きました。実際に接種した人の話を聞いてから自身も接種する、という心理が働いたのだとしたら、普通の人でも案外と冷徹で自己中心的なのかと思ってしまいます。

 

次には、新美山願興寺として計画している『ペット供養堂』の命名についての経過説明がありました。 

 この計画についての説明を行う時に、当初からなるべく使わないように注意していた言葉があります。それは、「愛護」という言葉でした。

仏教に於いては、「愛」という言葉は良い意味では使われない事もあります。渇愛という言葉があります。それは十二因縁の一つで、貪り、執着につながる言葉であるからです。しかし、この度のペット供養堂では、まさにその「愛」をどう決着させるか(ペットへの愛)、というのがテーマでした。

 

そして飼い主とペットの関係を表すのに「愛」ではなく、「憐」という言葉が使えないかと考えていました。「同類相憐れむ」とも言いますが、「憐れみ」とは「かわいそう」だとか同情ではありません。またペットは飼い主に庇護されるだけの存在ではなく、飼い主もペットから計り知れない癒しを受け取ります。

一方的ではなく互いに慈しみ合うことを表すことは「憐」、だからペット供養堂を「互憐堂」と名づけることも考えましたが、語呂が良くない気がしました。

 

 最終的には、この度のペット供養堂は「月虹堂(げっこうどう)」と命名したいと思います。

月はあの世に例えられます。そして月にはウサギもいます。そして、虹はこの世とあの世に架ける橋に例えられます。

このペット供養堂にお参りされた時に、愛するペットと再会をする、あの世とこの世の架け橋になる場所にしたい、という思いを込めた、とお話しされました。 

 

意外だったのは、愛という言葉が仏教では良くない言葉として使われているという事でした。続編を聞きたいと思いました。 

 

 総会は前年度行事、決済報告を行い、承認を頂きました。今年度の予算、事業計画案のご説明を行い、ペット供養塔の事業についてもご承認いただき、7月17日には供養塔の落慶法要が行われる事となりました。

 

また、竹矢の松浦登美江に巡拝功労者の記念品を授与しました。

松浦さんは満願10回、およそ25年かけての浄行でした。

 

(観音講副会長 金本和夫 記)

 

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5月8日は月遅れの花まつり(お釈迦様の誕生日)。当寺でもお祝いの催しを行いました。

まずは花御堂を設け、参拝者に灌仏をしていただきました。今月の半ばすぎまで、位牌堂に安置させていただきます。

これは前日の準備風景。一応、息子もお手伝いをしています。ただ、写真を撮ったタイミングが、飽きて両面テープの剥離紙で遊んでいただけでして。

当日はちゃんと灌仏しました。

これまでは甘茶を淹れてご接待をしていましたが、コロナ禍を踏まえて、今年はティーバックと茶の子の詰め合わせをお配りさせてもらいました。

午後3時からは、恒例となった「愛玩品供養」を行いました。

 

元々は、近所の書道教室で使い古された筆や鉛筆の供養をしていましたが、その後、受け付ける品の種類を増やした結果、毎年思いのほか人形のお持ち込みが多くなって、今ではあたかも「人形供養」の様相です。

人形は節句の記念でもあり、直接肌に抱いて愛着を注ぐものでもあり、また「人の似姿」でもあります。

単なる「品物」以上に、思いや念が宿りやすいのでしょう。「なかなか捨てる踏ん切りがつかない」ところに、「愛玩品供養」の持ち込まれることで、施主の方も安心をされるようです。

もう何年か、人形の持ち込みが続いているので、今年は少ないかな?とも思っていましたが、どこの檀信徒宅にもまだまだ人形がいるようで、特に今年は、去年まではなかったコケシが多く持ち込まれました。

愛玩品供養で、なぜかスピードスケートのスタートのような態勢になる息子。何と競争するつもりなのでしょうか。撥遣した人形の魂でも追いかけるのか?

 

コロナ禍になってより明確になりましたが、お寺にとって大勢の参拝客を集める儀式や祭事のような「マス・コミュニケーション」も大切ですが、より少ない需要でもそれに応える「サービス」を供する「パーソナル・コミュニケーション」も、同じくらい大切なことだと思います。

当寺の愛玩品供養も、その「パーソナル・コミュニケーション」の一環だと捕まえています。(住職 記)

 

 

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4月18日に、宗淵寺檀信徒の青年部組織・宗友会の総会が開催されました。

昨年はコロナの発災に伴って総会を稟議としたため、実質的に2年ぶりの総会開催となりました。

今年、50歳の定年を迎えられたのは、町西の三島尚さん、市向の岸本和之さん、石倉精治さんの3名。

退会者への記念品は、毎年住職により揮毫額をお贈りしています。

今年は、昨年総会が開催できなかったため、今年の退会者と合わせて、昨年定年で退会された市向の岸本治之さんと西揖屋の木村敦さんへの記念品も、合わせて用意してお届けさせていただきました。

退会者のみなさんにそれぞれご挨拶をいただいた後に、現会長の野々内裕一さんからお礼の言葉を伝えていただきました。

今回お渡しした揮毫額は以下の通りです。

  • 岸本治之さん「自らをもって由となす」
  • 木村敦さん「生児現成」
  • 三島尚さん「勵力他喜」
  • 岸本和之さん「三度顧みて 自利、利他のために利あれば 是を言うべし」
  • 石倉精治さん「一粒萬倍」

 

総会の後には、供養済みの塔婆の処分と、宗友会と願興寺観音講で共有している倉庫の中の整理を行いました。

 

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4月17日の午前中、願興寺観音講の月例恒規法要が執り行われました。

法要後には、先日晋山式を挙行された永平寺の新しい貫首、南澤道人猊下についてお話しさせていただきました。以下はその要約です。

南澤猊下は、私が永平寺修行中の監院(寺務を統理して監督する役職)として山内を取りまとめておられました。
私も身辺のお世話をさせていただいた時期もございましたが、大変恐れながら、当時の監院老師に対して、大変「身綺麗」な方という印象を持っておりました。
おそらくご自身で身の回りのことを全てなされていたからだと思いますが、お部屋の掃除に入ってもあまり片付けるものがありませんでしたし、私たち修行僧を「小間使い」されることもあまりなかった、と記憶しています。
1日の予定も、基本的にはご自身で把握されていたので、こちらが時間になってお声掛けする前にお部屋を出立され、スタスタと目的地に歩いて行かれるのを、慌てて追いかけるようなこともありました。

そして何よりも、朝の坐禅は修行僧よりも早く起きて、僧堂で坐られていました。
僧堂で寝ている修行僧が起きた時には、もう南澤監院が坐っておられてたことも、数多くありましたが、監院老師はそれを咎めることもなく、ただ黙々と坐禅をしておられました。

口調も感情も含めて、全ての動静が穏やかでおられましたが、反面分かりやすい言質や強い感情の機微がないので、恐れながら私などには、監院老師の明確な意思やお考えがどこにあるのか、正直計りかねるところもありました。
しかし一度、南澤監院老師の「鋭い才覚」に触れたと感じた時がありました。

それは修行1年目の冬、摂心の時の話です。

当時私は典座寮に配属されていました。とにかく1週間、朝起きてから夜寝るまで坐り続ける摂心修行。この間、食事も3食全て坐禅しながら食べますが、この間特別に布施供養される施主も多く、普段よりも食事の品数が増えたりします。
その分、典座寮の仕事は増えて、厨房で朝から晩まで立ちっぱなし走りっぱなしで食事を作ります。
坐禅道場としての年間行事のクライマックスである摂心の間、実は典座寮は、唯一坐禅することができない寮舎なのです。

摂心の最終日の夕食の後片付けが終わって、ようやく典座寮の寮員も最後の徹夜摂心のために僧堂で坐ることができるのですが、正直言って疲労のピークでの坐禅は本当にしんどくて、身心ともに安楽の境界にはほど遠いものでした。

最後の一坐が終わり、全山が一堂に集まる中で、南澤監院が挨拶に立たれ、まず1週間の坐禅修行を終えたことに対する慰労を述べられました。そしてその次に、次のように仰りました。
「この度の摂心は、特に典座寮のみなさんのお力添えがあって務めることができました。心よりお礼申し上げます」
全山で20以上ある寮舎の中で、南澤監院は特に典座寮のみを取り上げ、慰労と感謝を述べられたのです。
典座寮の仕事は表立って見えるものではなく、特に摂心中、典座寮員は全山の流れから取り残されたような疎外感すら感じることもあるのですが、その慈悲深いお言葉、そして何よりも、監院老師が私たちの仕事をちゃんと見て気に留めて下さっていた事実に触れて、全てが報われた気がしました。そして、次の日からまた厨房に立つ意欲が湧き上がったことを、今でも覚えています。

永平寺の寺務を統理される立場として、偏ることなく全体を見ておられるからこそ、決して光の当たらない場所にも目配せをされ、光を当てて人心の掌握をなされているのだと、この時思い知りました。

 

 


 

 

そして午後からは組合寺院、当寺梅花講、そして檀信徒の方がたと、2年ぶりの大般若をお勤めしました。

今年はそれまで提供していたお斎も中止した上で、一般檀信徒の参拝も解禁しましたが、やはりいつもと比べてお参りはかなり少なかったと、言わざるを得ません。

しかし、一度止まりかけた日常が、こうして手探りでも戻りつつあることに悦びを感じながらの法要となりました。

 

大般若の後には総代世話人会を実施し、予算決算、行事予定などについて審議しました。

また、山門の建て替えについて検討を進めることと、口承相伝が難しくなってきた仏事について、当山独自の手引書を作成することなどを協議しました。(住職 記)

 

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4月11日(日)、願興寺観音講主催の第67回出雲観音霊場巡拝が開催されました。

昨春予定だった第66回が秋に延期になった上、代参による開催となったため、団体参拝としては、実に1年半ぶりの開催となりました。

 

当日の参加者は19名、代参を依頼された方は6名と、コロナ禍前のおよそ半分の参加規模とはなりましたが、暖かい春の日差しも手伝って、久しぶりの同行同修に悦びに心躍る巡拝となりました。

 

【1ヶ寺目】第16番 普済寺

この日は、松江市八雲町にある普済寺(常榮寺)から巡拝開始。

山門正面からお参りすると急な階段を登りますが、車両で裏まで回ると、本堂裏まで上がることができます。

 

ご住職がいらっしゃたので、ご挨拶。

この後、兼務寺院のある出雲市まで、車で出かけられました。齢80代半ば。まだまだご壮健です。

雲ひとつない青空の中、お勤めをさせていただきました。

 

【2ヶ寺目】第17番 星上寺

続いてお参りしたのは、普済寺と同じ八雲町内にある星上寺。

本堂のある星上山上には、中型バス以上の車両は上がれないため、広瀬町に抜ける国道432号線から、およそ2kmの山道を歩いてお参りします。

 

 

参拝後に山を下りて、再び432号線でバスに乗って、一路安来市へ。

足立美術館横の『安来節演芸館』で昼食を摂ります。

当然ですが、ここでもやはりソーシャル・ディスタンスが徹底。1つのテーブルで2人づつ、正対を避けて交互に席が用意されていました。

隣接する足立美術館の駐車場、コロナ禍の前は観光バスでいっぱいでしたが、好天の日曜だったにもかかわらず、観光バスは1台も停まっていませんでした。

 

【3ヶ寺目】第18番 巖倉寺

午後最初のお参りは、月山富田城址の直下にある巖倉寺です。飯梨川沿いにバスを止めてお参ります。

 

【4ヶ寺目】第19番 観音寺

続く観音寺は、同じ巖倉寺の境内、奥まってはいますが、ほぼ横並びのところにあります。

 

この日の記念写真。

左側が巖倉寺。向かって右側、暗くて見えにくいですが写真のほぼ中央奥が、観音寺です。

 

この後は伯太町の長台寺に向かうのですが、途中で旧伯太町役場近くのチューリップ畑を通りがかり、あまりの色鮮やかさに目を奪われ、思わず途中下車。

コロナ禍のため、例年の「チューリップ祭り」は中止となったようですが、それでも格別の陽気に誘われたのか、多くの方が鑑賞に訪れておられました。もちろん、お互いに「ソーシャル・ディスタンス」を保ちながら。

 

疫病と付き合いながら、風物詩に心潤わす。人間活動の一切合財がストップしたような昨年の今頃では、考えられなかった光景です。

バスからチューリップ畑に向かう巡礼者の列に挟まれる、ひと組のカップル。心寄せ合う2人に、ソーシャルディスタンスとは無縁のようですね。合掌。

 

【5ヶ寺目】第20番 長台寺

この日も残り2ヶ寺。色鮮やかなチューリップの生命力に背中を押されて、ラストスパート。

伯太町安田の長台寺。

 

普段はあるはずの「びんずる尊者」像は、感染症対策のため堂内にしまわれておりました。

手水舎が使用不可になっているお寺もありますが、前例のないコロナ禍で、各寺院ともに独自の感染症対策に苦心されている様子が伺えます。

さて、今回の巡拝から住職が腰につけているのは、仮面ライダーの変身ベルト(近年はドライバーと称します)ではありません。

いわゆる拡声器です。

 

20年近くこの巡拝を続ける中で、読経と御詠歌を流す拡声器を、さまざま試してきました。

 

最も長く巡拝のお供をしてくれて、今なお現役もしくはスーパーサブとして控えているのが、Rolandの『モバイルキューブ』。

モバイルアンプなので音量が豊かで、拡声器としても超優秀なのですが、巡拝に持って歩くには、重さ(電池なしでおよそ2,3kg)も含めてやや嵩張ることと、利用のたびにマイクやプレイヤーを有線で繋がなければならず、私も加齢を伴ってか、いささか使い勝手を「めんどう」に感じてきました。

 

その代わりにと、手持ちの小型Bluetoothスピーカーにマイクを繋いで、法衣の腰紐に引っ掛けて使えないか、色々試行錯誤しましたが、用途に適したマイクアンプがなく音量の乏しさを改善できず、結局は『モバイルキューブ』の再登板を繰り返していました。

 

つい先日、電波法の改正に伴って本堂のワイヤレスマイクを入れ替えた際に、調査と機材納入をしていただいた『株式会社ASP』(松江市八雲町)の担当の方(音響のプロ)に相談したところ、TOAの「ER-1000A-BT」という拡声器を紹介してもらい、合わせて購入。

腰に装着できて、音声出力最大10W(定格6W)。

付属のヘッドセットは、流石に坊主頭に装着すると目立つので、首にかけて使用しましたが、拡声性は十二分。マイクコードは繋ぎっぱなしで、音源はBluetoothで繋がるため、使用のたびに配線をする必要なし。重量も『モバイルキューブ』のおよそ4分の1。

 

これでようやく、『モバイルキューブ』を留守番舞台に定着してもらう、新しい巡拝のお供と巡り合いました。ASPの担当Iさん、ありがとう🙏

 

 

【6ヶ寺目】第21番 清水寺

閑話休題。

今回の巡拝の最後は,安来市を代表する名刹,清水寺です。

駐車場から数百メートルを歩いて、根本堂にお参りします。

 

堂内の内陣に入ってお勤めをさせていただきましたが、撮影禁止のため、その模様は省略です。

昨秋も有志の方4名と一緒に巡拝させて頂きましたが、1年半ぶりの団体巡拝となった今回、参加人数はコロナ禍前のおよそ半分となりました。

以前は、少子高齢化、地域社会や個人の宗教心の変容によって、巡拝者数が時を経るごとに減少していくことが気がかりでした。

しかし、コロナ禍で仏事を取り巻くあらゆる条件が10年前倒しになったとも言われる昨今。

 

「いざ10年後の巡拝」が現前して感じたのは、やはり数の問題ではなく、信心ある方々と同行することの悦びでした。

それは、実際に巡拝に参加された方々のみならず、やむを得ず代参を託された方や、コロナ禍の沈静化を待っての参加を考えている方々の思いも含めてものです。

 

これまで、寺院活動の多くが「マス・コミュニケーション」でした。

とにかく何事にも、数多く動員することが価値の基準だったわけですが、コロナ禍の一大転換によって、より「パーソナル・コミュニケーション」の価値が高まるのではないか。

 

根本堂から駐車場に向かう参道で参加者の背中を追いながら、そんなことに思いを馳せて、帰りのバスに乗り込みました。(住職 記)

 

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