師走になりましたが、新美山願興寺観音講、本年最後の恒期法要が厳修されました。

 通常差定は般若心経、十句観音経、世尊偈、詠讃歌となりますが、師走の恒規法要は妙法蓮華経観世音菩薩普門品を挙げ、詠讃歌の奉詠となります。普門品は結構長いお経で、お挙げする法要の機会も滅多にありませんのでまだ覚えておりません。

 法要の後、ご住職のご説教がありました。

 黙食についてのお話しがあり、まず今年の流行語大賞の10位だったこと。

「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン 新語・流行語大賞
ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手が今期、アメリカン・リーグのMVPを受賞した。打ってはホームラン46本、投げては9勝の実力でMVPの獲得票数満票だ。 大谷選手の二刀流は今年、リアルがつく。1つの試合で「指名打者・先発」として出場するのだ。 野球の神様、元祖二刀流のベーブ・ルースの「2桁本塁打&2桁勝利」を103年ぶりに塗り替えることはかなわなかったが、大谷選手の「二刀流」は大リーグで不動のものとなった。 2回の手術でも二刀流をあきらめず、ゴミを拾い、審判に敬意を払い、雄たけびがクール、笑顔がキュート・・・・・。 大谷選手のすごさを挙げればきりがない!つまりは、みんなSHOHEIが大好きだっていうことさ!登壇者:中村 卓 さん(ユニバーサル ミュージック合同会社 邦楽統括 執行役員)大人に悪態をつくのは、思春期の不良と相場は決まっていた。しかし、この歌の主人公は「ちっちゃな頃から優等生」だそう。 そのわりにあまりに激しい「うっせぇわ」。ミュージックビデオでは歌い手本人ではなくイラストの少女がかみつかんばかりに叫んでいる。これが、マスクはずしちゃだめ、近づいちゃだめ、消毒しなきゃだめ、お酒飲んじゃだめ、だめだめ規制続きの日々に響きに響いた。テンポよしノリよしで子どもが歌い、親はことばが悪いと注意しながらもつられて口ずさむ。1年以上続くコロナ禍で鬱屈した空気を思い切り晴らしてくれたのだ。 歌詞をよく読むとこれは昭和の飲み会撲滅運動の歌にもとれる。 しかしコロナで「酒が空いたグラスあれば直ぐに注ぎなさい」「皆がつまみ易いように串外しなさい」はしてはいけなくなっている。「会計や注文」もタブレットでできるようになっている。あとは繰り返し同じ話をしなければ飲み会つき合ってくれますか?登壇者:中村 卓 さん(ユニバーサル ミュージック合同会社 邦楽統括 執行役員)ガチャガチャで出てくるアイテムのように親を自分で選べないことで、親が当たりだったりはずれだったりすることをひと言で表現したことば。生まれた時の環境や親で自分の人生が決まっているという人生観が今の若者に広がっているのだという。 親は子どもに自分のことは棚に上げ「努力すればなんとかなる」「あきらめなければ道は開ける」といつもがんばることを求めてきたわけだが、これを言われちゃ子どもはつらい。 大人も子どももコロナ禍での外出

 この意味についてコロナ禍に関する影響がある。

 僧堂では従来から黙食でしたが、今次は飲食店の方々からの発信だったとのこと。飛沫拡散を防止した上で通常通り営業したい、という悲壮な想いがその背景にはあるとのお話し。他面、美味しい食事を頂く時には黙ってひたすら食事に向き合い味を楽しむことが肝要とのこと。 

 

 又、来年には黙食をテーマのドラマも製作されるとのこと。孤独のグルメも云わば黙食だとのお話しでした。(観音講副会長 金本和夫 記)

 また最後に、観音講会長の金本勉さんから、今年最後のお礼とご挨拶がありました。(観音講副会長 金本和夫 記)

 

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11月14日、第68回新美山願興寺観音講の出雲観音霊場巡拝が厳修され円成しました。

今回の巡拝札所は、8番・長谷寺、10番・禅定寺、11番・圓通寺、13番・満福寺、14番・蓮華寺、15番・弘安寺でした。

 巡拝された講員の皆さんは21名、代参希望が5名でした。コロナ禍の為に変則的な巡拝を重ねてきましたが、何となく従来の様子に戻りつつあるのかな、と感じました。

 この時節には稀な良い天気で行程も順調に晋み16時半頃にはホームの願興寺へ帰り着きました。中食は、たたらば壱番地にていただきましたが、ここも観光の皆さんが大勢お出でになっていました。このまま、疫病終息、流言退散となれば幸甚だと感じました。

 次回の巡拝は来年4月10日に行われる予定です。大勢の巡拝者が参加される事を願っております。合掌

 巡拝された講員の皆さんは21名、代参希望が5名でした。コロナ禍の為に変則的な巡拝を重ねてきましたが、何となく従来の様子に戻りつつあるのかな、と感じました。
 
 この時節には稀な良い天気で行程も順調に晋み16時半頃にはホームの願興寺へ帰り着きました。中食は、たたらば壱番地にていただきましたが、ここも観光の皆さんが大勢お出でになっていました。このまま、疫病終息、流言退散となれば幸甚だと感じました。
 
 次回の巡拝は来年4月10日に行われる予定です。大勢の巡拝者が参加される事を願っております。合掌(観音講副会長 金本和夫 記)

 

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11月17日、新美山願興寺観音講の恒期法要が厳修されました。

 今月の随喜講員は10名でした。

 

 差定の法要後には住職のご説教があります。

 今回のご説教では、願興寺のご本尊、十一面観世音菩薩像の御開帳のお話しがあり、その三十三年目が十年後の2031年との事です。判りやすく云うと、ホーランエンヤの次の年となります。

 続いて、「布施」についてのお話がありました。

 曹洞宗第二宗務所でのボランティア活動の〖ひとり一品運動〗についてお話しがあり、皆さんの家のストック分の一品を持ち寄って戴き、それを社協に委託し例えば生活困窮者の方々にお配りするとのことです。

 全国的にみると〖おやつクラブ〗という名の基に、お寺にお供えされた供物の一部をお配りするという活動が以前より行われていたとのこと。この様な活動も「布施」に当たるそうです。

 少しむずかしいお話しでしたが、布施とは貪らないこと、簡単に言うと利益を独り占めしないということのようです。合掌(観音講副会長 金本和夫 合掌)

 

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先日、私より年長の方々との打ち合わせの席で、「親ガチャ」が話題に上がりました。

 

 

ご存知ない方のために一応説明すると、ガチャとは抽選機の俗称で、「子どもが親や生育環境を選ぶことができない」ことを例えた、元々はネットで使われていた若者言葉のようです。

親の経済状況や遺伝的な要素が良ければ「親ガチャ、当たり」、それらの要素に恵まれない、もしくはいわゆる「毒親」だったりすると「親ガチャ、はずれ」といった具合です(ちなみに、運に任せた抽選を表す「ガチャ」という用語は元々登録商標されており、本来は許可なく使えないようですが)。

 

 

先の打ち合わせの中では「こういう言葉が流行る風潮は嘆かわしい」「安易に言うべきではない」という、主に若者の品性を質す論調が支配的でした。

 

 

そのやりとりを聞きながら、私の脳裏にはある幼少期の記憶がよぎっていました。

それは私自身が親に「なぜ子どもはできるのか」と問うた時に、「お前は橋の下から拾ってきた」と返答された場面でした。

自身も人の親になった今では、親がなぜそのような物言いのしたのか、おそらくは核心を誤魔化したかったか、はたまた面倒くさかったのかと理解が及ぶのですが、幼心にそれを聞かされた時は、途端に自分が「根無草」なった気がして、悲しくなりました。

その一方で、かくれんぼや「プチ家出」の居場所として橋の下に行き着くのは、そういう胎内回帰ともいうべき理由だったのか、と妙に得心したものでした。

 

 

とある論客の方が「『親ガチャ』は、雨の日に「雨が降らなければ良かった」と不満を募らせるようなもので、それよりも傘をさすなり晴耕雨読するなりした方が生産的」と喝破していましたが、おそらくこれが「親ガチャ」論争の模範解答かもしれません。

 

 

ただし、仏教的には「親ガチャ」にも一定の真実がある、と解釈できます。

私がかつて参学させていただいた南直哉老師(恐山菩提寺院代)は、ご講話の中でよく

「人間は根拠もなく、いきなりボロッと生まれてくる」

仰っていました。

そのお話を聞いていた当時は、「ボロッと生まれる」という感覚がピンと来ませんでした。親や周り(檀信徒)に「望まれて」自分は産まれた、という妙な自信があったのです。

 

ただよくよく考えてみると、南さんの言う「根拠のなさ」を自覚するのが、仏教の根本的な立場でもあります。お釈迦様も道元禅師も、出家することで「親ガチャ」をリセットされました。

仏教で説くところの「生苦」とは、この「実存する根拠の曖昧さ」を思い悩むことに由来するのかもしれません。

 

 

この「〇〇ガチャ」は、他にも当てはまるものがありそうです。

例えば、「寺ガチャ」

 

 

これまで、離郷による離檀があるたびに、私は「転居先で良い菩提寺に巡り合われるように」と念じてきました。

元・檀信徒が、地縁のない土地で新たに菩提寺との縁を結ぶには、葬儀屋さんに紹介してもらうか、能動的に情報収集して精査するか、一か八かで飛び込むかしか手はないでしょう。これこそ正に「寺ガチャ」の状況だと言えないでしょうか。

「寺ガチャ、当たり」であれば良いのですが、そうでなく「寺ガチャ、はずれ」、例えば経費が不当に高額だったり、住職の人格に問題があった場合のことを思うと、今までお付き合いがあった元・檀信徒のことがとても気がかりになります。

 

 

また、菩提寺を持つ檀家に家に生まれた場合、少なくとも葬送儀礼に関しては菩提寺の宗派に固定され、信教の選択ができないことになります。

「うちの寺は良いよ」とか「うちの寺は問題がある」というやり取りは、割と地域住民の間ではよく交わされる会話だと思いますが、では「問題がある」寺を離檀して「良い」お寺に入檀できるかというと、現実はそこまで「自由競争」ではありません。

ほとんどの場合は「問題がある」状態が日常となって、先祖からの菩提寺を変えずに「寺ガチャ」の運命を甘受しているのではないでしょうか。

 

 

先日、ある方が離檀をされましたが、その理由が「子どもがお寺と付き合うつもりがない。親が勝手に選んだもので、自分の意思ではない、と言っている」というものでした。

住職としての不徳にやるせなさを覚えつつも、その子どもさんの仰ることにも一理あるのかもしれない、とも思いました。

うちのお寺では特に契約書があるわけではなく、あくまで口約束と信頼によって、檀信徒との寺檀関係を持っています。

施主(祭祀承継者)が信教の選択に個人的な主体性を持つことは、大いにあり得ることで、それを拒もうとすることは、やり方によっては「ハラスメント」まがいの強制性だと受け止められかねません。

 

 

親もガチャなら、寺もガチャ。なんだか世の中が、とってもガチャガチャしているようにも思えます。

少なくともお寺側としては、施主が祭祀の選択をする際に、それが能動的にせよ受動的にせよ、「寺ガチャ、当たり」と思われるような態勢を整えておく必要がありますし、それ自体は、今も昔も変わっていないはずです。

 

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 10月17日、新美山願興寺観音講恒規法要が厳修されました。

 外気温が下がってきて堂内も軽く暖房が掛けられていました。

 参拝者は20名で少しずつですが増えてきています。気持ち的にはコロナ禍も和らいだ感じですね。

 ご住職のご説教は、観音講の出雲観音霊場巡拝(札打ち)の参加者数が次第に減少していて経費的に難しい状況になりつつあるとの事。勧誘が必要ですね。

 次には、若い方の言葉だそうですが、『親ガチャ』についてありました。ガチャとはオモチャの販売機の事だそうです。コインを入れてハンドルを廻すといろいろなオモチャが出てくるものです。そのオモチャの種類は指定できないという事から、子どもは親を選べない、という意味で親ガチャ当たり、とか親ガチャ外れ、などと言うそうです。又、親が子どもに対して、子どもから自分はどうしてこの家に来たのか、と聞かれると、「お前は橋の下から拾って来た」という事もガチャです。

 この様な使い方が良いのか良くないのかというお話し。

 宗教的に言えばこれらは全てご縁という事で、良い縁も悪い縁もあり生きて行く上で悪い縁であればそれを変えてゆく努力はしてゆかなければならないという事であれば、親ガチャという表現は間違ってはいないのですが。という様なお話しでした。合掌(観音講副会長 金本和夫 記)

 

 

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前回67回の巡拝と同じように、以下の3通りの方法で巡拝参加していただきたいと思います。

  1. ご案内の通りの団体参拝
  2. 代参
  3. 自身で巡拝する

なお、今回の巡拝寺院は以下の通りです。

8番 長谷寺 10番 禅定寺 11番 円通寺 13番 満福寺 14番 蓮花寺 15番 弘安寺

 

巡拝シールについて

いずれかの方法で巡拝をされた方には、その認定のために「巡拝シール」を、台紙の該当場所に貼っていただきます。台紙をお持ちでない方はお寺までお知らせください。

     

代参の場合

  1. 10月末までに下記の申込用紙ともに①観音札6枚と、必要な方は②朱印紙代(¥200×6)、③御影代(¥100×6)、④軸朱印代(¥500×6)と軸をお持ちください。
  2. 代参後に御朱印紙や御影とともに巡拝シールと台紙を差し上げますので、11月末日までにご来寺ください。
  3. 11月末まで、願興寺観音堂の周りに巡拝寺院のお砂踏みを設置します。

自身で巡拝する場合

11月中に巡拝コースの寺院をご参拝いただき、11月末日までにご報告のためにご来寺ください。巡拝シールと台紙を差し上げます。

 

以上。

 

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恒例の秋彼岸法要は、感染症対策のため、総代世話人と梅花講のみでお勤めさせていただきます。
塔婆供養につきまして、各お施主様への塔婆の引き渡しは、塔婆供養後の午後3時以降となります。
遅くとも10月中には、塔婆を取りにご来寺ください。
 
【秋季彼岸法要 差定】
令和3年9月23日(木・祝)
午後1時30分から 開山歴住大和尚供養(山内と梅花講のみ)
午後2時から 塔婆供養(山内、総代世話人、梅花講のみ)
       「宗淵寺/願興寺」Facebookページにてライブ配信
午後3時から 塔婆引き渡し(塔婆は数日間は本堂に、その後は位牌堂玄関ロビーに置かせていただきます。)

 

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 9月17日、願興寺観音講恒規法要が厳修されました。

 宗淵寺法堂には15名の参拝者の方々がお参りされました。気候は湿度が少し高かった様ですが暑くもなく過ごし易い法要でした。

 差定にての法要、焼香の後、ご住職からご説教がありました。
 
 ご住職は自らの眼鏡を替えられたそうです。息子さんの体の下に入って壊れたとの事。

 その折、視度検査の結果、老眼との結果、中近の眼鏡となったとの事。これについてはご住職、少なからずショックとまでいかなくてもお気にされたご様子。

 「イメージとして、老眼鏡、って名前、もっと良い言葉がないですかね」とのご感想。私の地区の所謂老人会の名称も高齢者クラブとなりました。私は老人会との名称、特に何も感じませんが。私も老人会のメンバーです。まあ、50歳でも老人会から勧誘される様な方もおられるし、75歳でも、あの方は老人会が断るとの元気な方もおいでになります。
 
 次に言葉のイメージ関連なお話しとして、檀信徒ではない方から相談があり、葬式など法要はお願いしたいが、檀家勤めはできない、とのこと。

 ご先祖供養の気持ちは篤いものがあったと見受けたが、色々考えた結果、お断りをした、とのこと。

 筆者としては正直なところ、費用負担が重荷になるとおお考えではないか、と。「檀家」という言葉のイメージが費用負担につながるというのは日頃からよく聞くお話しです。

 
 同じ流れのお話しとして、後継ぎの不安から離檀を宣言された方のお話しがありました。仏壇は自身で守っていくとのことですが、これについてご住職から、云ってみれば車を無免許で運転するが如きで、せめてご自身が健在の間はお勤めして欲しかった、とのお話し。矢張り、宗旨があり、ご本尊様があり、菩提寺があるのが本来の供養。
 
 檀信徒の代替わりは新檀家として考えた方がよかろうと思う、とのお話しでした。これは菩提寺としても若者への働きかけがまた足りないことと、親から子に情報がキチンと伝わっていないとの理由からとのこと。

 これらの出来事を受けて、彼岸法要にてお配りされる塔婆には、昨年まで「金本和夫家先祖代々精霊」と記されていたが、今年からは「金本和夫氏供養精霊」と書かせていただきます、とのことでした。

 檀信徒の代替わりって中々困難があるということですね。合掌(観音講副会長 金本和夫 記)

 

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盂蘭盆会明けの17日、新美山願興寺観音講恒規法要が厳修されました。

 雨天と盂蘭盆会明けとの事だったのでしょうか、参拝された方が少し少なかった様に思います。

 差定による恒規法要、進前焼香が終わり、ご住職のご説教がありました。

 

 今月のご説教。ご住職はお檀家様の個別の慶弔について基本的にお話しをされません。が、今回観音講の講員様の慶弔についてお話しされました。

 先般お亡くなりになりましたこの講員の方はご夫婦で出雲三十三ヶ所観音霊場巡拝を続けられ、満願が百回近くに及ぶ篤信者であったとのお話しでした。講員が一般的に廻る約10倍の回数を廻られた事になります。また、この方は、本当の札打ちを実践されたとの事。本当の札打ちとは、というお話しの中で、木札を観音堂等に打ち付け、所謂札を打つという修行をされたとのお話し。只感心あるのみでした。

 

 精霊棚に飾る、『ほうずき』の文字は?鬼灯と書くそうです。意味は魂のともしびとの事。ご先祖様が我が家にお帰りになるのに灯台の如く方向を見誤らない様にとの案内の灯だそうです。

 この時期、酷暑、豪雨、水害、コロナ禍と人間に自然からの戒め?があります。道元禅師様は、民衆から豪雨が治まる様に拝んでいただくお願いをしてその法要中にくしゃみをされたそうです。今までは、この様な災害などは今のくしゃみの様な物でその内に治まるものだとの意味合いだと解釈してきました。しかし、昨今にはその説明では収まりきらない様になっている。くしゃみはこれ以上悲惨な状況にならない様に注意しなさい、という意味で、風邪の予兆の様なものではないか、とのお説でした。

 

 ご説教の後、行茶を受け暫し茶話会にて話に花を咲かせ下山しました。(観音講副会長 金本和夫 記)

 

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昨年はクラスター、一昨年は台風のために中止になった灯籠流し。
今年は、感染症対策を講じた上で、15日(日)に開催予定です。
 
午後9時から午後10時30分までに、紙灯籠と供物袋をお持ち込みください。
紙灯籠(1基1,000円)と供物袋(1つ500円)は、宗淵寺でも販売しています。
会場へはマスク着用の上、最小人数でお越しください。
 
紙灯籠は、午後10時30分から、スタッフによって一斉に川へ流します。
会場での観覧は、出来るだけご遠慮ください。
 
午後10時30分からの灯籠流しは、YouTube(https://www.youtube.com/watch?v=1lKd5MWCzoA)で配信します。
 
心穏やかに精霊を送る灯籠流し、ご理解とご協力をお願いします。

 

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