5月8日、毎年恒例の花祭りと愛玩品供養をお勤めしました。
(大乗仏教圏での)本来の花祭りは4月8日ですが、当寺は月遅れでお勤めしています。

前日に、花御堂の準備。
屋根に飾るカーネーションは、揖屋の加藤幹夫様から毎年ご寄進を頂いてます。本当にいつもありがとうございます。
そのカーネーションを、山内一同で飾り付けしました。息子も手伝ってくれましたが、
勢いよく振りかぶって、
花を高々と摘み挙げてから、
勢いそのままに屋根に目がけて、
…そっとやさしく飾り付けます。
完成です。
今年も、彩り鮮やかな花御堂になりました🙏
誕生仏に甘茶をかけて、お祝いします。
例年は、梅花講のみなさんとお釈迦様の降誕会諷経をお勤めしていますが、今年はお参りを頂かず、山内と篤信者の方1名でお勤めしました。
降誕会諷経に引き続き、こちらも恒例の愛玩品供養を執り行いました。
元々は、近所の書道教室で使われた筆や鉛筆の道具供養として始まりましたが、その後、様々なご要望を踏まえて品類が増え、今年は人形や写真などもお持ち込みがありました。昨年よりはやや数量は少ないでしょうか。
五月晴れで気温も上がり、気持ちよくなる日和の中での行事でした。
緊急事態宣言下で、出来ないことも増えるで、恒例の行事がこうしてお勤め出来ることは、有り難いものです。(副住職 記)

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政府は4日、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染症対策として、当初5月6日までとしていた緊急事態宣言の期間を31日に延長することを正式に発表。

合わせて、いわゆる「専門家会議」は、新型コロナウイルスが今後も存在することを前提として、国民が今後実践すべき「新しい生活様式」について提言しました。


以前から言われていた、生活防疫のために、①密閉空間 ②密集場所 ③密接場面を避ける合言葉「ソーシャル・ディスタンス」。

「ソーシャル(social)」とは「社会的」という意味ですが、個人的にはこの言葉は「誤解」を生む言葉だと感じていました。

いわゆる「三密」を生みやすい従来の葬式や法事が、「社会的に不適切」な催しと受け取られかねないからです。

ですから、「ソーシャル・ディスタンス」ではなく、「フィジカル・ディスタンス(物理的距離)」と唱えてほしいな、と個人的には感じておりました。


このウイルスをこの世から根絶することは難しい。ワクチンが開発されるまで数年、集団免疫を獲得するには10年かかる、との指摘もあります。

仮に、今回の疫禍が一旦収まったとしても、第二、第三波に見舞われるかもしれない可能性は、過去のスペイン風邪流行の事例からも、十分考えられることです。

そうすると、私たちは、このウイルスと一定期間「共存」しながら、日常生活を回復する手段を考えなければいけません。

このような考え方を「Withコロナ」と言うそうです。

そして、この言葉が最近聞かれるようになってから、「アフターコロナ」という言葉は聞かなくなりました。


先の「新しい生活様式」も、その「Withコロナ」時代の生活様式として提言されたものですが、その中で以下のことが挙げられたことで、私は少し困ってしまいました。


「食事」
対面ではなく横並びで座ろう
料理に集中 おしゃべりは控えめに
お酌 グラスやお猪口の回し飲みは避けて
「冠婚葬祭などの親族行事」
多人数での会食は避けて


これはすなわち、法事自体よりも、その後席である「お斎(とき)」が、しばらく出来ないことを暗示しているからです。


基本的に、当寺ではお斎・後席は、ご案内があればご一緒させて頂くことにしています。私どもにとって、お斎は法事の一環であり、かつ貴重な情報収拾と社交の場だからです。

それが、横並びで面壁して無言で席に着くお斎など、シャレにもならない光景です。

でも本来、修行道場での食事は、一人一畳分与えられた生活スペースで、黙って食べる訳ですから、「新しい生活様式」を昔からしていた、とも言えますので、それはそれで皮肉に感じます。



法事の後席について、私は以下の意味があると思っています。


一つは、「共同飲食(共食)」。神式の「直会(なおらい)」に近い意味合いです。

直会では、「神人共食」といって、祭事の後に御饌御酒(みけみき)を神職や参列者一同で戴き、神と人、人と人が互いに親密さと結束を強めることを目的としますが、仏事の場合、神が仏や祖先に代替すると言えます。

同じ調理場、同じ釜の火、同じ食材を体内に取り込むことは、同じ体と心を部分的に共有するにも等しい関係になります。

「三三九度」や「固めの杯」の他、結や寄合、地域などで宴席の場を持つことも、基本的には同じ意味合いだと思います。


次に「食物分配」です。

「食物分配」は、弱肉強食の方法ではなく、例えば親が食事を作って子に食べさせることです。

分配者が自身の利を分けて、被分配者が利益を得ることで、この利他的互恵関係が、両者の親密さを強めるという意味で、共同飲食にも似た意味があります。

施主が参列した親族らに食事を振る舞うことは、両者の信頼関係をより強くすることになります。


次に「お斎」です。

お斎とは「設斎」とも言って、在家が僧侶に食事(本義は昼食)を施して供養することで、古くは飛鳥時代から奈良時代にかけて、天皇家が施主となって宮中祭事として執り行った例も見られます。

主にお盆に執り行われる「施食会(せじきえ)」も、この設斎供養の一つと言えます。

これには上記の食物分配と同じように、施主が自利を僧侶に「布施」する意味があります。

ですから、後席の名称として「お斎」と言う場合は、そこに必ず僧侶が同席しなければいけない、と言うことになります。

また僧侶は、法事の後席(お斎)をご一緒することで、そこの親縁関係に少なからず立ち入ることになり、親戚ではないけれど全くの他人でもない関係を、施主と取り結ぶことになります。


また、後席のことを「精進落とし」とも言いますが、これは一定期間の精進潔斎で喪に服した後、社会生活に復帰するために、あえて酒肉を摂食するという意味合いです。「直会」の語源を「なおりあい」とし、精進落としとほぼ同義だとみなす説もあります。

現在の服喪忌中はそこまで厳密に為されていないことを踏まえると、私はこの意味合いは薄いと見なしています。


最後は、上記した通り「懇親と語らいの場」であるということです。

私は原則として、お斎に着くのは「1時間前後」と決めています。基本的には親しい縁者同士の縁を深める場と思っているからです。

ただ、その限られた時間で、施主や親戚の方のお話を聞くことで、それぞれの人となりや関係性が分かります。

よく、専門家に必要なのは、対象との「2、5人称」の関わりと言います。

僧侶の場合で言うと、檀信徒に対して、全くの当事者という訳にもいかないが、赤の他人である第三者でもない「2、5人称」の感情と立場を持つことが、仏事を司祭する上では非常に重要です。その立場を養うのが法事であり、さらにお斎によって親縁の輪に入らせて頂くことで、「2、5人称」はより円満に近づきます。

特に昨今は、親子や親戚の日常での行き来が少なくなり、慶事か弔事にしか、親戚が一堂に会することがない場合も多くなって、逆に法事の後席(お斎)が機縁の場としてより大切にされている面もあります。


現代の寺院を揶揄して「葬式仏教」と言われることがありますが、むしろ葬式仏教を大切に行じるために、檀信徒との普段のお付き合いが大切であり、これまでお斎は、その潤滑油でした。


「Withコロナ」の時世を控え、お斎を通したお付き合いが制限されてくるとなると、私共としても働き方改革や行動変容をして、できなくなったことを別の手段で補いながら「2、5人称」の立場を維持していかなければなりません。

「2、5人称」を失って3人称、完全なる第三者になった時、私どもは心のこもらない葬式法事を型通りにこなすだけの日常となり、菩提寺に対する檀信徒の距離も疎遠となって、まさに「葬式仏教」が形骸化します。そうならない努力が、一層求められるのです。


ただこれは、コロナによって想定より早くはなりましたが、いずれは来たかもしれない社会の変化であったかもしれません。

近頃は、若い人を中心に「呑みニケーション」が成立しなくもなってきました。


これからはお斎だけに頼らないような懇親と情報交換を、試行錯誤したいと思います。(副住職 記)


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先日の日曜日の夜、テレビ番組の『関ジャム〜完全燃SHOW』を鑑賞しました。


以前から、ミュージシャンの松隈ケンタさんが一貫して制作している、「WACK」という芸能事務所に所属するアイドルグループの楽曲が好きで、その松隈さんがゲスト出演されるということで見たのですが、その中で松隈さんが松隈さんが、大変興味深いことを言っておられました。

番組で解説されていた「松隈式 アイドルソングの作り方」の中で、松隈さんは「個性をぶっ殺す歌唱法」を挙げておられました。


楽曲の制作に当たって、事前に仮歌といって別の人が歌った音源を録り、それを参考にしてアイドルが実際に歌入れを行うのですが、松隈さんは、アイドルに

「仮歌に忠実に歌うように」

と指示されるのだそうです。

つまり、アイドル本人が持っている特徴や個性(もしくは、本人が意識的に自身の色だと見なしているもの)を、最大限に生かす発想では、制作に当たらないというのです。


これだけ聴くと、単に強権的なプロデューサーの放言のように感じますが、その意図を説明する松隈さんの言葉が、大変含蓄のあるものでした。

「仮歌通りにできなった所が、その人の個性」

「個性を殺した時にはみ出してくる所が本当の個性」


つまり、抑えたことではみ出た個性を、最大限に生かしたプロデュースをしているというのです。


この言葉に、私は深く共感しました。私自身の経験則とも見事に合致するものだからです。

この指導法、私が僧堂で修行していた時と、全く同じだったのです。



大本山永平寺HPより


修行に入る時、私たちは髪を剃り、それまで着ていた洋服ではなく、墨染の衣に装いを改めます。

そして歩き方、立ち方、食べ方、眠り方。全て、同じ所作が求められます。

見た目だけではありません。論理的思考も駆使できません。修行当初は「はい」か「いいえ」の発語だけが、ほぼ唯一の意思表示になります。所作の結果だけが評価され、「言い訳」という名の事情やプロセスは一切考慮されません。

他者との差異を極力なくし、元々ある伝統的な生活の型に自身を当てはめることから、修行生活は始まるのです。徹底した「没個性」化です。


当時の私の感覚は、「〝自分〟というカウンターを減らさなければ、それだけここの暮らしはしんどくなる」というものでした。

今まで積み上げてきた生き方や個性、考え方は、ここでは一切通用しないし、捨てていかなければならないと感じました。

最初はそれが辛かったのですが、しばらくすると、逆に個性を失うことで、自分がいかに余計な「荷物」を背負い込んでいたかが分かってきました。

そして、本当に自分にとって大切なものと、そうでないものが、だんだん選別できてきました。

知らない間に「自分を断捨離」していたのです。


それは私だけではなく、見た目はまるでロボットのように「無個性」の集団に見える雲水たちも、実は大変個性的で、むしろ無駄がない分、各人の個性の核が際立って感じられるようになりました。

そうなると、修行道場の生活は、早起きとか粗食を辛く感じず、「自身を賭ける価値のある道場」になります。


その時注意しなければいけないのは、その環境が、自分を捨てるに値する場所かどうか。信頼に足る先達がいるかどうか。

もし「一方的な搾取しかない」環境ならば、そこは直ちに捨てなければならない。昔の修行僧が諸山雲遊し、あたかも「雲水」と呼ばれたのは、そのためでしょう。

実際に、修行中に自身の生き方を見つめた結果、修行が終わって僧侶の道を離れる仲間もいました。


好き勝手な足し算ではなく引き算。いくら捨てても最後まで湧き出ることを止められないのが、その人の個性なのです。


松隈さんのプロデュースも、人によって合う合わないがあると思います。

ただ私には、「不自由の自由」という、私にとっての「原体験」が共有できていたから、松隈さんの楽曲を好きになって聴いていたのかもしれません。(副住職 記)





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5月8日(金)に、恒例の愛玩品供養を厳修します。
本年は、新型コロナウイルス(covid-19)の感染予防のため、御供養は副住職のみで執り行います。
御供養の品(下記参照)があれば、8日の午前中までにお寺にお持ち下さい。

なお花祭りは、花御堂はお出ししますが、今年は甘茶の接待は休止致します。

【愛玩品の例】
・文筆具
・人形
・メガネ
・その他、長年の愛用で直ちに廃棄することが躊躇われる品

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この1ヶ月、本項も沈うつな筆致が多かったので、少し気分を変える内容がないか、しばし思案。

今回は、「日本じゃんけん協会」が「志村けんさんが〝最初はグー〟を考案した」と追悼コメント出したことで、志村さんの再評価に繋がっていることに紐づけて、閑話します。


「最初はグー」については、『全員集合』のリアルタイムのヘビーウォッチャーだった私には自明のことでしたが、しばし思い出遡行の旅に出たところ、ふと小学校で流行っていた、もう一つの「じゃんけんの亜種」の記憶にたどり着きました。


それが、両手で行う「じゃんけんホイホイ」です。


ネットで調べてみると、こちらも志村さんのコント番組『志村けんの 大丈夫だぁ〜』が起源との記述がありました。(下記のリンクを参照)

「就寝コント」は私も無性に好きで、つい最近もYouTubeで見直したくらいなのですが、志村さんと石野陽子さんが「じゃんけんホイホイ」に興じていたことは、記憶がすっかり抜け落ちていました。

やっぱり、私の世代の児戯は志村さんに還っていくんだと、改めて驚かされました。


↑サイト「世界の民謡・童謡」より
↑ 共同論文「『じゃんけんホイホイ』の遊びと唄 一子どもによる伝搬と変容一」より


この「じゃんけんホイホイ」について、妻に尋ねたら、一瞬、キョトンと怪訝そうな表情。

「掛け声が違う」

と言うのです。


私が口にしたのは、

「ジャンケンほいほい、引っこ抜いてホイッ!」

「あんたばっかねー、ビームフラッシュ!」

ですが、妻が言っていたのは、

「ジャンケンぽいぽい、どっち引くの〜、こっち引くの〜」

「あんたばっかねー、大馬鹿ねー、ビームフラッシュ!」


妻曰く「ほい」とか「引っこ抜いて」は「田舎臭い」んだそうです。

私に言わせれば、「大馬鹿」と追い打ちかける方は、救いがなくてひどいもんと思いますが…。

(実は、「引っこ抜いて」か「引っ込めて」か、どっちを言っていたか記憶が曖昧なのですが、今回、最初に口をついて出たのは「引っこ抜いて」。)


ただ、確かに、上記の参照リンクでも、Aパートで

「じゃんけんホイホイ どっち隠す こっち隠す」
「じゃんけんホイホイ どっち抜かす こっち抜かす」
「じゃんけんホイホイ どっち出すの こっち出すの」
「じゃんけんホイホイ いっこ替えて いっこ出して」

Bパートの、いわゆる「ウルトラじゃんけん」でも、

「あんたチョット馬鹿ね。あんたよりましよ」
「あんたチョット馬鹿ね。あんたよりましよ。ビームフラッシュ!」
「あんたチョット馬鹿ね。あんたよりましよ。ビームシュワッチ!」
「あんたチョット馬鹿ね。ほっといて」

と、各地域のローカルルールが、多種多様にあるようです。


さらに調べると、今ではコンプラ的に絶対アウトのものも…。↓

今回調べた範囲で、個人的にベスト1を決めるとしたら、これです。

せっせっせ~のみそら~めん!しおら~めん!
ごーぼーうーにしーたけにんじんあ~じのもと!ハァ!!!!(勢いをつける)
ゆ~でたまご!ハア!!!!そーめんつけて~グッチッパ!
パノグノピ!ピノグノパノグノピノグノパ!
ジャンケンシッシ~どっちだ~すの
こっちだ~すの!


もう、原型が同じかどうかすら怪しい、超異次元のアレンジ。

フェイクだと言われた方が納得できるレベルです。

幼稚なことに真剣だった志村さんの芸風に、触発された子供たちも、思う存分に幼稚エネルギーを無限コンボさせていたんですね。


いやはや、今更ながら志村さんのスゴさを、思い知るばかりです。




さて、ここで軌道修正して、少しお坊さんっぽい話もしておきましょう。


「日本じゃんけん協会」のホームページでは、じゃんけんの語源の一つは、仏教用語の「料簡法意(りょうけんほうい)」だと紹介されています。

そして私は未見ですが、かつての人気テレビバラエティー『ぶっちゃけ寺』でも、同じように紹介されていたようです。



「料簡」とは了見、つまり推し量り、善悪是非を択び分けること。

禅宗では「臨済(義玄)の四料簡」という語句があり、スッカスカにごく浅く説明すると、修行者の機根の段階によって、師家が接得する手段のことを言います。


「法意」は、ネットの記事だと「仏の考え、教え」という意味があるとのことですが、一般的な仏教語辞典では見当たず、出典も分からない語句です。

でも意味からすると、「法爾」が近いでしょうか。


音の変化としては少し無理がある気もしますが、仮に「じゃんけん」の語源が「料簡法意」だとするならば、人間同士の目先の勝ち負けは、仏の意思にお任せする(西洋だと「神のみぞ知る」)、つまり「任運無作(にんうんむさ)」であり、ラグビーでいう「ノーサイド」にも通じる、ちょっと意味深そうな言葉になるではありませんか!


ですから、ぜひ仏教徒は、特に「法意」の意味を大切にして、

「じゃんけん、ほーい!」

と威勢良く唱えたいものです。

「ぽい」とか「ぽん」とか言うのは、くれぐれも「ご法度」です!(副住職 記)


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毎年4月17日は、当山の春季大般若会。また毎月17日が観音講の恒規法要でもあり、例年だと早朝から夕方まで檀信徒の方が境内を行き来されています。

でも今年は、新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の流行に伴う緊急事態宣言が全国に対象拡大された次の日だったこともあり、静かな4月17日の朝明けとなりました。おそらく、私が生まれてからも初めてのことです。

緊急事態宣言は出されましたが、向かい側の建機レンタル会社はいつも通り営業されているようですし、車の往来もいつも通り。毎朝どこかに自転車で出かける近所のおばさんも、いつもほぼ同じ時間に山門前を通り過ぎたのも、いつもの光景。

朝から息子と、ゆっくり戯れ合う時間もあって、少し豊かな気持ちに。

初めて息子に写真を撮ってもらいました。上手な撮り方、これから覚えていこうね。

午前10時からは、観音堂恒規法要のお勤め。先月同様、一般講員の方は参拝止めでしたが、世話役の方がお二人、参列して下さいました。

お墓参りも、いつもの方がいつも通りにお参りに来られていました。

いつもと変わらない日暮らしだけど、いつもと違う4月17日。なんだか不思議な光景です。

大般若に随喜される組寺の僧侶の方に差し上げるはずだった手土産。


一般の参詣は1ヶ月以上前に中止が決定していましたが、防疫予防を徹底した上で、衆僧と総代世話人で勤めるつもりでした。

しかし、4月9日に松江市で初めて感染事例が報告され、その時点で参詣は責任役員3名のみに縮小。その後動向を見守っていましたが、松江市のクラスター感染で、毎日感染者が少しずつ増えていきます。

15日、いつもは午前中に配信される松江市のLINEで、初めてPCR検査で陽性ゼロが報告され、少しホッとしたところ、この日に初めて、午後もLINEが配信され、陽性1名の報告。


「もう、これはダメだ」

この段階で、私一人で勤めることを決め、組寺と護持会長さんに伝えました。すると、護持会長さんが「責任役員はお参りします」と言って下さいました。

しかし、前日の非常事態宣言で、責任役員もお参りを見合わせることに。


恒規法要は寺檀にとって「不要」の勤めではない、何らかの形で厳修できないか。

ギリギリまで模索してきましたが、前日になって私も完全にギブアップ。結局、私と家族でお勤めすることに。

午後2時の打ち出し。

このような状況にも関わらず、篤信者の方お二人が、お参りに駆けつけて下さいました。

少し意外でしたが、その分、そのお気持ちが本当に有り難かったです。

洒水には、次亜塩素酸水を混ぜて、道場と国土を除菌荘厳。


法要中、祈祷太鼓が、なぜか読経の拍子と合いません。

「あれ?」と思って何とか合わせようとしましたが、益々合わないどころか、そのことに気が取られて、肝心のお経もとんでしまい、グダグダ。

結局祈祷太鼓を打たずに読経。こんなことは初めてです。

自分では気付かないふりをしていましたが、心中は不安と動揺だらけでこの日を迎えたのでしょう。


色々ありましたが、おかげさまで、恒規法要の大般若会を、途切らせることなくお勤めできました。


祈祷太鼓でダダ漏れた不安は、実は何年も前から抱えていたものでした。

恒規法要や観音講の札打ちへのお参りの数が年々減少し、少子高齢化、地縁や生活習慣の変化が原因とは思いながら、妙策を打てずにいました。

いずれ、こういった行事の催行ができなくなるかもしれない。でもそれは、15年とか20年くらい先のことだと、漠然と考えていました。


それが、このコロナ禍で十何年も前倒しになって突然現実になったことに、動揺していたんだと思います。

アフターコロナに関わらず、これからは、大勢のお参りをアテにした行事はできないかもしれません。

でも、山内の我々が日常を紡いで仏の居場所を守っている限り、たとえ少なくても、そこに日常を重ねてくださる方々の存在があることを、今回、体感することができました。「一箇半箇」ということでしょうか。

これで「コロナによる免疫抗体ができた」、未来のシミュレーションができたと思うことにします。(副住職 記)


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今朝の山陰中央新報の連載「中村元 慈しみの心」は、この言葉が紹介されていました。
「それら(貪りや怒りなど)は愛執から起こり、自身から現れる」。

今の時世を踏まえると、思わず新聞を読み走る目が止まり、様々な思いが去来する一文です。

実はこの一文、我々がよく手にする『岩波文庫 ブッダのことば〜スッタニパータ〜』(中村元 訳)では、同じ箇所が次のように記されています。

貪欲と嫌悪とは自身から生ずる。(中略)それらは愛執から起り、自身から現れる。

おそらく、服部先生は原典に当られ、対応する語句も、パーリ語のドーサ(dosa)サンスクリット語ドゥヴェーサ(dveṣa)を訳されたのでは、と思われます(筆者は無知で、原点が読めません)。これは日本語では貪瞋痴の「瞋」、つまり怒りのことを表す語句ですが、ヨガなどでは、貪欲は自分が好きなこと(執着)ラーガと言い、それに対義する言葉、つまり嫌いなこと(忌避)をドーサというようです。

怒り、というと意味が多元的です。癇癪もあれば、悲憤や義憤もあります。
しかしこれが「嫌悪」と訳されると、意味は非常に限定されます。つまり公共心に根差した義憤はなく「自身の愛執から現れる」私憤しかない、とも受け取れるわけです。
そして、「怒り≒嫌悪」は、つる草が林の中にはびこっていくように、絡まり定着していく。

服部先生がこの言葉を選ばれ、敢えて「怒り」と訳したのに、何かメッセージを感じるのは私だけでしょうか。

著名な脳科学者の中野信子さんは、今年早々に『人は、なぜ他人を許せないのか?』と上梓、ネットの炎上や不謹慎狩り、不倫叩きを「正義中毒」という脳の作用から読み解かれました。その要旨がわかるネットの記事があるので、宜しければご一読下さい。私が今回言いたいことは、私の要領を得ない文章を百読するより、この記事を一度読まれる方が明解です。


建設的な批判は、いつの時も必要です。

「挙国一致」が正しいとは思いませんが、ただ、今は怒りを一方的に吐き出すことで、社会が分断されるばかり。
爆笑問題の太田光さんが「今は陰謀論は非効率」と仰っていたことに、私も共感するところが多いです。

経過はどうであれ、おそらく今一番の不安に苛まされているのは、新型コロナウイルスの感染者とその周りの人たちのはず。すでに回復した患者が、「世間の眼が怖くて退院したくない」と言っている、という話も聞きます。

自分が脳の手抜きをして、怒りのつる草に絡まれていないか、もう一度見つめ直してください。(副住職 記)

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昔、私が「ある国」に行った時の話です。

数十名の団体旅行でしたが、ひょんなことから入国が認められず、数日間、税関で足止めをされることになりました。

会議室のような場所に全員押し込められて、一人当たりに与えられた場所は、ちょうど畳半分くらいといったところでしょうか。
シャワーを浴びる時以外は部屋の外に出られず、荷物も預けさせられたので、部屋の中では何もすることがなく、ただ時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。
食事は、決められた時間に部屋の入り口に置かれたものをみんなで分け合いましたが、どう見ても量が人数分ありません。半人前か、時にはそれ以下の量しかない時もあり、たとえ食べても、とても空腹が満たされることがなく、逆にそれがストレスになる状況でした。

他の人たちは、たまに雑談などをして慰めて合ったりしていましたが、私は、ただ押し黙って座っているだけでした。
誰かと話をしてしますと、今の状況を甘受するために張り詰めさせていた気持ちが切れてしまって、愚痴や不満が、堰が切れたように止めどなく溢れ出そうに思えたからです。

ある日の昼食が運ばれてきた時、部屋の入り口でコンテナを受け取った人(仮にAさんとします)が、私たちに分配する前にコンテナを物色、あろうことか、一番最初に自分の取り分を3人分ほど、目の前に置いてから、コンテナをこちらに回してきました。

それに気づいた私は、思わずAさんを問い詰めました。
「ちょっと、こっちを見てくれよ。まだこれだけ人がいる。残りを考えてから自分の分をとってくれよ」
すると、Aさんは、耳を疑うような返事をしたのです。

「いえ、私はいいんです」

一瞬、私は意味が分からなかったのですが、気がついた時には、自分でも何を言っているか分からないことをわめき散らしながら、Aさんに襲い掛かろうとしていました。
周りの人が必死に抑えなだめてくれたので、なんとか刃傷沙汰にはなりませんでしたが、我に帰って、自分でも気づいていなかった怒りのあまりのエネルギー量に、自分で驚きました。

それから数日で、ようやく入国し、見学や観光などをしました。楽しい思い出もいっぱいあったはずなのに、あの旅行で一番最初に思い出すのは、Aさんが、

「いえ、私はいいんです」

と言った時にかい見えた本性、そして、その直後に「バーサーカーモード」になった私を、周りが必死に止めてくれたことです。

私たちは、平時に冷静な行動をするのは当たり前ですが、そうでない非常時や、本当に追い詰められた時こそ、その行動の「良し悪し」が問われる。Aさんも、そして逆上した私も、それができなかったし、後々まで残るのは、結局は嫌な記憶と経験なのです。

島根県でも新型コロナウイルスの感染者が出ました。

「正しく恐れる」のはもちろんですが、「正しく」が何かわからない時は、「冷静に」と置き換えてもいいでしょう。

神様や仏様じゃなくても、第三者が今の自分を見てどう思うか、弁えて行動するようにしなければいけません。


Aさんがそれを逆説的に教えてくれたと、今、私は思うようにしています。(副住職 記)

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ここ最近は、特に朝起きるのが億劫です。できればこのまま眠り続けたい。
起きてからの現実の世界が、あまりに苛酷だから。
こんな気持ちで日々の暮らしが始まるのは、東日本大震災以来です。



9年前の3月11日、私は会議があって東京にいました。


同じ会議に出席していた東北や関東在住の方々が、不安なまま足止めされるのを尻目に、私は翌日になって、大混乱の都内を脱出するように、島根に帰ることができました。
あの時、飛行機の窓から見た、出発した時から何一つ変わっていない平穏な故郷の風景を、今でも忘れることができません。
「難を逃れた」「助かった」と胸を撫で下ろす反面、これから苛酷な現実が待っている人々に背を向けるように帰ったことに、強い後ろめたさも感じていました。
その時の経験があり、被災地でのボランティア活動には、可能な限り関わるようにしてきました。

たとえ離れた土地で暮らしていても、自然と震災のことが話題になりました。すると故郷の人は、最後に必ずこう言って話題を締めるのです。

「でも幸い、この辺は、出雲の神様が守ってごすけん」


私は、この言葉がとても引っかかり、場合によっては「憤り」に似た負の感情が湧くのを止められませんでした。
何とか被災地と関わろうともがいていた私にとって、この言葉は、「被災地は対岸の火事」と決め込み、外部とのアクセスを遮断しているように感じたのです。

果たして、同じことを被災地の人に対して語ったり、ネットに書き込んで標榜することができるでしょうか?




被災地にも神様はいて、人々が祭祀して奉仕する日常があったはずです。


彼の神はそんな人々を、恩知らずにも淘汰しようとでもしたのでしょうか?
何の理由があって?
それとも、出雲の神や民だけは特別だとでもいうのでしょうか?

「出雲の神様が〜」には、そんな優生性、終末的選民思想すら帯びているように、私には感じられました。

神道は門外漢なので聞きかじった程度ですが、よく八百万の神と言われる中には荒振神もいれば、貧乏神や、まして疫病神(!)もいます。
それどころか、神の一霊だけでも、荒魂、奇魂、和魂、幸魂の4つの魂を有する(一霊四魂説)と言われ、様々な性格を持っています。

『記紀』によると、崇神天皇の御世に疫病が発生、思い煩う天皇の枕元に、奈良の三輪山の祭神である大物主大神が現れ、
「この疫禍は私の意志だ」
と言い、自身の祀り方を教え、天皇がそれを実行すると疫病が治まった、と伝えられています。
『日本書紀』では、この大物主大神は、出雲大社の祭神である大国主大神の幸魂・奇魂である、と伝えられています。
つまり、大物主大神は疫病の「蓋」として、流行らすことも治めることもできる存在で、その神様が大国主大神の別体であるのです。
大国主大神自体の四魂が乱れない確証が、どこにあるのでしょうか?

出雲地方は、確かに自然災害の少ない土地柄ではありますが、元々自然崇拝の色彩が強い八百万の神々の、それぞれが持つ四魂のバランスが取れているだけの話で、このバランスが何かの拍子で崩れた時、出雲地方でも災害は起こり得ると心得なければ、もしもの有事の際に、その心の隙が深い裂け目となってひび割れるに違いありません。



島根に住みながらも、東北の被災地や世界的なコロナ禍に心寄せるのことがは、自身の学びや備えにもつながるなるはずですが、でも結局は当事者でない限り、想像を働かさざるを得ません。
経験や実感で補えない想像は、時に的外れなこともあるかもしれません。
でも、私はこの想像こそが大切だと思っています。

禅宗では、菩薩の功徳・慈悲は「夜間に手を背に回して枕を探すようなもの(夜間背手摸枕子)」だという例えがあります。例え確かな手がかりがなくても、まずは手を伸ばすこと。すべてはそこから始まる。
想像することが、「夜間背手摸枕子」。私はそう解釈していますし、葬式法事を司祭する僧侶にとって必要な手段、能力だと思っています。

今のところ、島根は新型コロナウイルスの感染者は出ていませんが、島根の人が一番恐れているのは、
「感染者第一号が、身近で出ないか」
というのが、偽らざる真情だと思います。

でも本当は、すでに感染した地域と同じように、
「自分は大丈夫、いう根拠のない自信は持たない」
と想像することが大切です。

「出雲の神様が守ってくれる」という言葉は、その地域の外にある実情を想像しようとする意欲を萎えさせる、呪いのような言葉だと、私には思えてなりません。(副住職 記)


via 宗淵寺/願興寺
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この度臥龍山宗淵寺では、新たに御朱印を承ることに致しました。
曹洞宗の一仏両祖(お釈迦様、道元禅師、瑩山禅師)を墨書きし、中央に「坐」する男女を龍が囲い守るイメージ、右上には「出雲國 出雲郷(あだかえ)」、左下には山号寺号が押印されています。右下には、今月の伝道句が記されています。

「萌え御朱印」などもある昨今ですが、書き手である副住職が気の毒なほど絵心がないため、その分字数が多めですが、頑張って墨書きします!
(おそらく、従来からある出雲観音霊場第二十三番札所 願興寺の御朱印を求められる方が多く、宗淵寺の御朱印のニーズは少ないと思われるので、レア仕様です)
↑こちらが従来よりある願興寺の御朱印

宗淵寺の御朱印も、ご所望をお待ちしております。


via 宗淵寺/願興寺
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