いいことクリエイションの一瀬さんの案内で
大蓮寺へとやって来ました。
450年の歴史のある古刹ではありますが
観光スポットでもなく、観光客も1人もいません。
これかなぁ?
一瀬さんが首を傾げています。
花形氏精女之墓とあります。
川越の歴史に深く関わる女性のお墓らしいです。
上手い具合に、お墓を管理する石屋さんがいらっしゃって
お声をかけてみると、とても親切な方で
墓地を案内して下さいました。
藤田貞陸のお墓。
八百屋お七の手習いの師だったそうです。
その後、江戸から川越へ移住、秋元侯の家臣となりました。
俳人としても著名で、百歳まで生きたそうです。
手賀家のお墓。
なんと、珍しい酒樽型です。
賢君として有名な川越城主、松平大和守斉典の家臣でした。
酒徒として知られた手賀金兵衛は、鷹狩の折に
水浸しで一日中鳥を追まわすのはかなわぬ。
いくら殿様がケチでも、今晩くらいは一杯ゴチになりたいものよ。
とぼやいた相手が斉典でした。
その晩酒が振舞われ、金五郎は斉典の寛大さを知り
喜んでご馳走になったという逸話が残されているそうです。
そして、こちらが寺子屋の女師匠である吉田とよ子と
その孫である花形精の業績を刻んだ石碑。
とよ子は吉田家2代目半兵衛の娘で、12才より3年間
江戸堀江町の花形某に入門。
21才の時、川越高沢に寺子屋を開設しました。
手習いの他に、茶、琴、花、漢文、習字なども教えました。
当時、埼玉県内に女性の寺子屋師匠は11人。
入間地方では、唯一川越に1人でした。
その孫、花形精は寺子屋を引き継ぎ、花形塾と呼称。
明治の学制開始時まで教えました。





