JR山口線の観光列車「SLやまぐち号」で1988年から2017年まで活躍した12系700番台「レトロ客車」。改造当初は各車両ごとのテーマに合わせ、外装も5両全てで異なっていました。このうち3両は2000年代前半、木目プリント鋼板の一部などを撤去した姿で走りました。

 

 

SLやまぐち号で活躍していた12系レトロ客車。2000年代前半、明治風と大正風の2両は車体下部の木目プリント鋼板が外され、見た目に変化が出ていました=長門峡—渡川、2004年

 

 

 

SLやまぐち号の12系レトロ客車は5両編成で、内外装は1号車から展望車風、欧風、昭和風、大正風、明治風のテーマで構成されていました。


このうち、明治風(スハフ12 702)と大正風(オハ12 703)は外板に木目のプリント鋼板を取り付け、木製客車の姿を再現していました。ところが改造から十数年たった2001年に腰板部分のみが撤去され、再び12系本来の車体形状となりました。

 

 

レトロ客車に改造当初の大正風・オハ12 702の外装。木目のプリント鋼板を取り付け、往時の直線的な木製車体を再現していました。乗降ドア付近に12系本来の車体との形状差が見られました=小郡(現新山口)駅、1988年

 

 

「小郡駅」最後の日、臨時運行で同駅を発車するレトロ客車。C57形1号機に続く5号車の大正風、4号車の明治風の外装が改造当初に比べるとシンプルに変わっています。一方で、屋根上のカバーは残っていました=2003年

 

 

 

昭和風(オハ12 702)は2001年に、改造当初に再現されていた車体のリベット風の装飾が撤去され、2005年のリニューアル以降のような姿になりました。

 

 

昭和風・オハ12 702に取り付けられていたリベット風の装飾=小郡駅、1988年

 

 

 

明治風、大正風の象徴だった木目のプリント鋼板。その腰板部分だけを撤去した理由は分からないのですが、リニューアルと捉えるには中途半端で、鋼板自体の劣化か車両保守の効率化が目的かもしれません。

 

SL列車はどうしても「主役」の蒸気機関車に注目が集まります。私も2000年代前半は、集煙装置を外したC57形1号機に胸を躍らせていたので、12系レトロ客車の変化はノーマークでした(いま見ると車体がツルンとしてすぐ気づくのですが…)。

 

 

2003年のSLやまぐち号。C57 1・C56 160の重連に一等展望車マイテ49 2を加えた豪華編成で、その3両に注目が集まりましたが、よく見るとマイテの後ろの2両はツルンとして見えます=宮野—仁保

 

 

 

SLやまぐち号で29年間活躍した12系レトロ客車。2005年のリニューアル前、明治風、大正風のプリント鋼板を一部撤去した2000年代前半は過渡期の装いでしたが、地味ながらも大きな変化でした。

 

 

 

 

※姉妹ブログ「歴鉄2番線」では、12系レトロ客車の登場時についてまとめています