JR九州の団体臨時列車用として活躍を続ける50系客車とディーゼル機関車DE10形が3月20、21の両日、九州鉄道記念館(北九州市)のイベント「春の鉄道マンス」で展示されました。往年のジョイフルトレインの雰囲気を感じさせる客車を見てみました。
九州鉄道記念館で展示された50系700番台客車。「SL人吉」の運行は2024年に終了しましたが、外観は保たれています
50系は1977年に地方線区向けに登場した一般形客車で、5年間に1139両が製造されました。しかし、客車普通列車は縮小の一途をたどり、同系の多くは特殊用途に改造された車両を除き、JR初期に姿を消しました。
現在JR九州に残る3両の50系は700番台を名乗ります(1号車からオハフ50 702、オハ50 701、オハフ50 701)。元は78〜79年に製造されたオハフ50 40、オハ50 75、オハフ50 39で、88年に運行を始めたSL列車「あそBOY」用に改造された際、現在の車番になりました。
その後2009年に「SL人吉」用に再改造されました。内外装をウエスタンからレトロモダンに変更。24年の「SL人吉」運行終了後は団体臨時列車として九州各地を走っています。
50系700番台の展望ラウンジ。1号車(写真上)と3号車(同下)では内装が異なっています。中央最前列にはキッズチェアが設置。子どもたちにとって「特等席」からの車窓はきっと良い思い出として刻まれることでしょう
家族や親しい人と楽しく過ごせそうな雰囲気の客室。モケットは各車両・区画ごとに異なっています
2度にわたる改造を経た50系700番台は「50系」を名乗るものの、当然ながらオリジナルの雰囲気はほとんど感じられません。しかし「オハフ50」「オハ50」という形式名を見ると、やはり国鉄末期からJR初期の客車鈍行の記憶がよみがえります。
工業デザイナー・水戸岡鋭治さんが手がけた内装は、近年は九州以外にも広がり見慣れた空間になりましたが、この50系700番台だけに集中すると、旅の舞台としてはわくわくするものがあります。
特に編成両端に設けられたガラス張りの展望ラウンジは楽しさにあふれ、中間車のビュッフェも良いアクセントになっています。
客室の多彩な設備を見ると「客車」ということもあり、やはり国鉄末期からJR初期に各地で花開いた団体臨時列車用「ジョイフルトレイン」の面影を感じます。
筆者が昔、山陰本線や東北本線の鈍行列車で乗った50系。「オハフ50」などの形式名を見ると胸が熱くなります。大幅に改造されているものの乗降ドアなどに面影を感じます
外観も、床下に空調や発電装置が並ぶものの、側窓や妻面などに50系らしさが残っています
「国鉄」を感じさせるアイテムも残っています
一方のDE10形はJR九州管内の「縁の下の力持ち」といった存在で、50系700番台のけん引のほか、工事臨時列車や車両回送などの事業用車としても活躍しています。黒を基調とした現在の外観もすっかり定着していますが、後継のDD200形700番台が登場していて、貴重になってきています。
この日は主に1209号機を展示。ブルートレインのヘッドマークが掲出されたほか、普段はあまり間近で目にする機会がない足回りなどを見ることができました。
ブルートレインのヘッドマーク姿で公開されたDE10 1209。筆者が訪れた時間帯は「彗星」が掲出されていました。同機は1987年5月、佐賀県での全国植樹祭に伴い運転されたJR最初のお召し列車のけん引機として知られています。既に39年近くたちましたが、ここまで現役でいるのはうれしい限りです
DE10 1206(右)は国鉄ボンネット形のクハ481-603と並ぶように置かれていました
50系700番台は、コンビを組んでいた蒸気機関車8600形の58654号機の影響を受けた鉄道車両人生を送ってきました。「あそBOY」は同機の不調で運行終了。「SL人吉」は肥薩線の豪雨被害により運休となり、最終的にはやはり同機の老朽化により運行を終えました。
それでも、一般形客車としては短命だった50系自体を思えば、役割を変えつつもトータルで半世紀近く活躍しているのは素晴らしく、国鉄形ディーゼル機とのコンビは往年のジョイフルトレインをほうふつとさせます。
製造から50年以上が過ぎたDE10形は置き換えが進みそうですが、50系700番台は25年末に全般検査が施工されました。団体臨時列車として活躍するシーンがもう少し見られそうです。
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