「橋渡し、揺らぎ、統合」

 

13日の6日目

 

 

 

起こる出来事や

 

目の前にある世界を

 

自分がどのように見ているのか

 

自分の意識は

 

その世界や出来事を

 

どのように映し出しているのか

 

 

あまり意識することは

 

少ないのではないでしょうか

 

 

 

自分が見ている世界は

 

自分が見たいように見ている世界

 

 

過去の自分が決めた枠

 

こう見ると決めた眼鏡をかけて

 

あるいは

 

この位置から見るという

 

立ち位置を決めて

 

見ているにすぎないのです

 

 

現実をどのように映し出し

 

どのように感じてみてるか

 

 

それは自分の心の枠や

 

パターンがとても大きく

 

影響し作用しています

 

 

 

バーズアイ・・俯瞰して観じる目

 

視点を変えて観じる目

 

立ち位置を変えて観じる目

 

 

いくつもの観じる目をもっていると

 

世界の見え方が変わります

 

 

自分が握りしめている

 

正さが幻想であったことに

 

気づき始めます

 

 

 

自分をゆるし

 

他人をゆるし

 

あるがままの生命の自然を

 

いつくしむことができるように

 

なっていきます

 

 

今の自分が見ている視点(立ち位置)から

 

ほんの少し、他の人が見てる視点を

 

意識して移動してみましょう

 

 

そこから眺めた自分は

 

どんな風に見えますか?

 

どんな人として映っていますか?

 

 

 

 

私はどこかで・・・

 

 

自分が正しい。自分が考えていることが

理に適っているという想いを持ちながら

人と会話していることがありました。

 

今もまだ、家族や近しい人と話している

時などには、そのような想いが強く

でてきて、相手の言葉に反応したり、

抵抗を感じたりする自分がいます。

 

 

でも、、、

 

いったん、その自分を横に置いて

相手の立ち位置に立ってみてみたときに。

 

 

頑なに自己主張をして、

相手の話に耳を傾けない私。

 

聴いている振りをしていて、

本当には自分の正さに当てはめて

相手を責めたり分析している自分が

いることに気づいたことがありました。

 

 

驚きました。

 

おそらく。。。

相手から見たら、私という人は

自分の何かを否定されたり、指摘

されたときに、ふてくされたり。

 

自分を正当化するために、

さらに理論理屈で、相手に

反論したり。

 

相手の悪いところを見ることで、

一時的に自分が優位に立つと

いうような心の安定を求めたり。

 

 

私の中にある

 

ちっぽけなプライドや、傲慢さを

守るために、壁をつくったり、

殻に閉じこもったり、

相手を敵とみなして攻撃したり、

 

いろんなことをしてきたんだなと

気づいて、笑ってしまったことが

ありました。

 

 

そのような幻想から作り上げた

自分のプライドや壁、殻を打ち破り

頑なに握りしめていた手をゆるめて

自分を解放してゆくとき。。。

 

 

パワフルで自然体な自分の姿が

おぼろげながら見えてきたんです。

 

まだハッキリ、その自分になっている

とはいいがたい所もあります。

 

でも、真我の我に到達する

道筋が見えた感じがあるんです。

 

 

 

わたしにもあるように。

 

相手にもあるんですね。

 

そのような、枠や制限、殻や固定観念。

 

お互いに、幾重にも武装(笑)した

存在同士が、あれこれ言い合っている。

 

なにか笑える構図ですね。

 

 

 

自分のエゴやプライドを手放し、

相手の言葉に耳を傾けることは、

 

相手に負けることでも。。。

相手の正さを認めることでもなく。

 

 

ただ、自分とは違う個性に出逢い、

刺激をうけ、磨きをかけ、進化しながら、

本質(魂)の愛を拡大してゆく、

プロセスがあるだけなんですね。

 

この肉体を持っている間に

宿命づえられたご縁との出逢い。

 

痛みや苦しみの経験。

 

それこそが、一番の自分への

ギフトであるということ。

 

本質(魂)の進化に欠かせない

エッセンスであるということを、

認め、受け取っていきましょう。