私の理想って高いのか?低いのか?その答えはまだ見つかっていない私なのですが。もう少し自分の事を掘り下げてみました。
元々、人前で話すことが苦手で、あがり症&赤面症だった私。。。今ではそのかけらもないので、誰にも信じてもらえないのですが。
今日も、そのことで、「え~~っ、見えない!」とか、プロジェクトの仲間に言われました。(ですよね。。。
)
人が嫌いというわけではなく、ただ、自分の気持ちを素直に伝えることをしない子だったので、人がズカズカ自分の中に入ってくるのが嫌だったのだと思うんです。
お互いに、好きになって付き合いはじめても、最初はよいのですが。。。だんだん親密になって結婚という話になってくると、とたんに、サーっと気持ちがひいてしまっていたんです。なぜなのか?自分でもわからないのですが、本当にそうので、自分でも自分の気持ちがどうしようもなかったんです。
この歳まで結婚しないでいるということも、自分が選択してきたことなので、私自身に後悔はないんです。でも、親が納得というか、あきらめるまでには年月がかかりました。
私の中にあった感情は 「だれの言いなりにもなりたくない!」であったこと、ここ数年で自分を掘り下げていくなかで、出てきたことでした。
現実何を言っても、納得しない周りや世間を納得させる理由を、私のカラダは造りだしたんです。病気という表現で。
子供のころから、自分が本当にやりたいこと、好きなことを選ぶということが、できない私でした。。。すべてではないんです。もちろん、そこそこ好きな事、人がやっていることで、自分もやりたいことなどは実現してきたのですから。
でも、子供時代に本当に私がやりたかったのは「踊り」でした。友達がバレエをやっているのがうらやましかったんですね。でも、それはダメで、大嫌いなピアノを習わせてもらっていたのです。
4年生の頃、先生が変わり、その人がとっても怖くて、、、レッスンのたびに怒られていました。
当然、家でも練習をしなくなりました。学校から帰宅して、すぐに友達の家に遊びにいくと、わざわざ母は迎えに来て私を連れ戻し、ピアノの練習をさせていたことも、私のピアノ嫌いに拍車をかけました。
そのころの記憶が、私にそう思わせていたのではないかと思うんです。「誰の言いなりにもならない」って。
学生の頃は、遠距離恋愛が続いたので、お金もバイトでためながら、2か月に1回くらい会いに行ったり来たりという生活だったので、「会いたい」気持ちが、とっても強くて、会えるうれしさを実感していたのですが。
近距離での恋愛で、週一回会おうと言われて、、、それだけで心がさーっとひいたのを今でも覚えています。今のように携帯とかあったら、私は気がくるっていたのではと思う。
今でも一番つらい記憶として残っているのは、祖母がくも膜下で倒れて、奇跡的に退院し、自宅介護を母と一緒に交代でしていたころ付き合っていた方がいて。
仕事も残業で忙しくしていた時でもあり、介護もあり、、、な私の生活に、彼が占めるスペースはちょっぴりしかなくて。(ごめんなさい)
でも、週1回は会おうと言われて、それがすごくつらくて。。。きつくて。。。でも、友達とは遊びにいきたくて。いつもいつも、督促を受けているような気持ちになっていました。
その彼のお母様が、1年くらい寝たきりで入院していたのですが、付き合っていた最中に亡くなって、病院から連絡がきて、私も一緒に車でむかい、到着した時にはすでに息を引き取っていました。
悲しみの中にいる彼を、本当なら支えて、結婚することを、周りの誰もが望んでいました。でも私には、彼と結婚するという選択はできませんでした。
「どうして?なんでダメなの?」
彼は、失意の中、私の思いを受け取ってくれたのですが、周りの友人知人に何度も責められ、自分でもなんでなのか?わからないけれど、私の中の私が、それを拒否しているのだから、本当に仕方なかったんです。
情けをかけて、結婚することが、自分も相手も幸せにしないということだけが、私の本当の気持ちだったと思います。
そして、別れて3か月後に、彼のお父様も後を追うようにして亡くなられました。そのことを知った時には、自分の気持ちを優先した私の心は大きく揺らぎ、初めて自分を責めました。
なんであの時、Yesと言わなかったのだろう?と。
この時の傷は、自分で意識しているよりもきっと大きく深かったのではないかと思うのです。。。そして、その数年後、なんでも分かち合い、言いたいことを言える親友とも、ちょっとしたすれ違いから、決裂した時、その傷がさらに深く濃くなり。。。その時ハッキリと決心したのだと思います。
人と深くかかわっていくと、自分も人も傷つける!
だから、深く関わるのはやめよう!
男女の関係も、お互いの気持ちの濃さや重さにおいて、バランスが崩れると、結局二人とも苦しくなるし、女性同士の友人であっても、分かり合えない気持ちのすれ違いは、いつしか憎しみにも変わっていくことを、突き刺すような空気を肌に感じながら。
そして、自分で決めたんです。
人と深く関わるのはやめよう!
そのように決めた私は、人と一緒にいても、いつもどこかで孤独を感じていました。それはそれで、誰といても、自分の安心領域に心を置いていれば良かったので楽でもあったのです。
こうして、人といても、どこかで意識は一人の空間に逃げ込む私が誕生したのです。
元々、人前で話すことが苦手で、あがり症&赤面症だった私。。。今ではそのかけらもないので、誰にも信じてもらえないのですが。
今日も、そのことで、「え~~っ、見えない!」とか、プロジェクトの仲間に言われました。(ですよね。。。
)人が嫌いというわけではなく、ただ、自分の気持ちを素直に伝えることをしない子だったので、人がズカズカ自分の中に入ってくるのが嫌だったのだと思うんです。
お互いに、好きになって付き合いはじめても、最初はよいのですが。。。だんだん親密になって結婚という話になってくると、とたんに、サーっと気持ちがひいてしまっていたんです。なぜなのか?自分でもわからないのですが、本当にそうので、自分でも自分の気持ちがどうしようもなかったんです。
この歳まで結婚しないでいるということも、自分が選択してきたことなので、私自身に後悔はないんです。でも、親が納得というか、あきらめるまでには年月がかかりました。
私の中にあった感情は 「だれの言いなりにもなりたくない!」であったこと、ここ数年で自分を掘り下げていくなかで、出てきたことでした。
現実何を言っても、納得しない周りや世間を納得させる理由を、私のカラダは造りだしたんです。病気という表現で。
子供のころから、自分が本当にやりたいこと、好きなことを選ぶということが、できない私でした。。。すべてではないんです。もちろん、そこそこ好きな事、人がやっていることで、自分もやりたいことなどは実現してきたのですから。
でも、子供時代に本当に私がやりたかったのは「踊り」でした。友達がバレエをやっているのがうらやましかったんですね。でも、それはダメで、大嫌いなピアノを習わせてもらっていたのです。
4年生の頃、先生が変わり、その人がとっても怖くて、、、レッスンのたびに怒られていました。
当然、家でも練習をしなくなりました。学校から帰宅して、すぐに友達の家に遊びにいくと、わざわざ母は迎えに来て私を連れ戻し、ピアノの練習をさせていたことも、私のピアノ嫌いに拍車をかけました。
そのころの記憶が、私にそう思わせていたのではないかと思うんです。「誰の言いなりにもならない」って。
学生の頃は、遠距離恋愛が続いたので、お金もバイトでためながら、2か月に1回くらい会いに行ったり来たりという生活だったので、「会いたい」気持ちが、とっても強くて、会えるうれしさを実感していたのですが。
近距離での恋愛で、週一回会おうと言われて、、、それだけで心がさーっとひいたのを今でも覚えています。今のように携帯とかあったら、私は気がくるっていたのではと思う。
今でも一番つらい記憶として残っているのは、祖母がくも膜下で倒れて、奇跡的に退院し、自宅介護を母と一緒に交代でしていたころ付き合っていた方がいて。
仕事も残業で忙しくしていた時でもあり、介護もあり、、、な私の生活に、彼が占めるスペースはちょっぴりしかなくて。(ごめんなさい)
でも、週1回は会おうと言われて、それがすごくつらくて。。。きつくて。。。でも、友達とは遊びにいきたくて。いつもいつも、督促を受けているような気持ちになっていました。
その彼のお母様が、1年くらい寝たきりで入院していたのですが、付き合っていた最中に亡くなって、病院から連絡がきて、私も一緒に車でむかい、到着した時にはすでに息を引き取っていました。
悲しみの中にいる彼を、本当なら支えて、結婚することを、周りの誰もが望んでいました。でも私には、彼と結婚するという選択はできませんでした。
「どうして?なんでダメなの?」
彼は、失意の中、私の思いを受け取ってくれたのですが、周りの友人知人に何度も責められ、自分でもなんでなのか?わからないけれど、私の中の私が、それを拒否しているのだから、本当に仕方なかったんです。
情けをかけて、結婚することが、自分も相手も幸せにしないということだけが、私の本当の気持ちだったと思います。
そして、別れて3か月後に、彼のお父様も後を追うようにして亡くなられました。そのことを知った時には、自分の気持ちを優先した私の心は大きく揺らぎ、初めて自分を責めました。
なんであの時、Yesと言わなかったのだろう?と。
この時の傷は、自分で意識しているよりもきっと大きく深かったのではないかと思うのです。。。そして、その数年後、なんでも分かち合い、言いたいことを言える親友とも、ちょっとしたすれ違いから、決裂した時、その傷がさらに深く濃くなり。。。その時ハッキリと決心したのだと思います。
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【都内開催の講座・WS】
◆アーユルヴェーダ・リーディング基礎
*自然界を構成する五大元素の法則
*3つのドーシャから、個性・体質を読み解く。
*不調、アンバランスを整える法、セルフケアの知恵
◆アーユルヴェーダ・リーディング応用
*色・音・形から生命場を整える方法
*カラダの自然に聴く。内臓・五行・経絡
*生命場を整え、自然と調和する生き方
◆アーユルヴェーダ・自然の法則☆ヒアリングノート
* 五大元素の法則・五感と背骨ケア
* 人生を動かすチャクラの法則
* 色・音・形の法則*内蔵ケア
◆五感磨きで心身デトックスWS
*五感は世界への扉
*人間関係・引き寄せ力うP
◆アーユルヴェーダ生命の法則
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~受講希望あれば日時、場所は相談に応じます~
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