私って…自由奔放に
生きているように見える。
それなりに好きなことをして。
それなりに楽しく生きてるし。
でも、本当にやりたいことを
やらないできた。
たとえば
小学生になり。
本当はエレクトーンをやりたかった。
でも、母の一存でピアノになった。
握力や指の力がなくて、
ピアノは辛かった。
練習するのも嫌で、
練習せずに遊びに行くと、
友達のうちまで連れ戻しに
きていたな~^^; 遠い目
10歳くらいの時は
先生も強くて。
家でも教室でもおこられて
ばかり。
そして、高学年になり
合奏クラブに入るのだけど。
本当はフルートがやりたかった
のに…少し体が大きい方だった
ため。
ビオラをやりなさいと言われた。
その後、
高校時代は、運動系やりたくて。
バレー部に入るつもりでいたら。
初日に、合奏部の顧問から呼び出し。
ビオラできるなら、こっちへこいと。
3時間かけて説得されて。
シブシブ合奏部へ入部。
今ではあり得ないと思うが。
その顧問は、熊みたいな風貌で。
すぐ切れる!
そして、ビンタ(強烈)が飛ぶ。
その後も、どこかで
私の思いは抑えることが、
両親を安心させることになる。
そんなパターンが出来上がった
ように思う。
自分が自分の気持ちを抑えて
生きるということは、きっと
心にも体にも矛盾や葛藤を
生み出すのかもしれないですね。
大人になり、
アレルギー、プチうつ、婦人系の
病気、ケガも含めて。
今おもえば。。。
私らしく生きることを
あきらめていたと私に、
生命は、いろんなメッセージを
くれていたのだなと思う。
自分らしく生きるということも。
人やまわりの環境を無視しては
成り立たない。
自分勝手な自己表現を
しているだけでは、それでは
傲慢な人となってしまうし、
人の役にも、貢献にもならない。
私は、自分の意志を抑えて
親や人の価値観を優先する
選択をたくさんしてきた。
それは、しあわせとは
言えない気もしていたけれど。
その経験がなければ
いまの私ではいられなかった
のだから。
やはり、すべては
未来の私から送られた
課題だったのだと、いまは
感謝しているのですー

