ただいま、人生の棚卸し中

こんな自己開示して何になる?
そう思われる方もいるでしょうが
2009年に出逢い
数々の私を開示するキッカケと
なった自然治癒力学校の
おのころ先生に、言われたこと
自己開示は…

理屈じゃないんだけど、
必ずブレイクスルーを
引き起こす
人生を変えてゆきたいなら
誰でもいい!公表することで
なく。信頼できる人の前で
出して見ること。
その時、一生誰にも言わずに
おこうと思っていたことを
先生に開示した。
不思議なことだが、
開示したことで、何がどう
変わったのかはわからない。
でも、私の人生は確実に
動き始めた気がする

さて…
右の卵巣を丸々切り取る手術
その後の私は、すごく身軽で
すぐに元気を取り戻した
が…その直後…
ちょうどお付き合いしてた
彼と別れることになった
闘病していたお母様の入院
毎週片道一時間かけて車で
通っている病院から、危篤の
連絡がはいったその日
私も共に病院に向かうことに
なったのです
しかし
ようやく到着した時には
すでに彼のお母様は
息を引き取られた後でした
病院から自宅へ
亡骸とともに戻り、すぐに
葬儀の準備をすすめる彼を
気遣いながら、悲しみを
私も感じていながらも…
どこか、
ドラマを見ているような
感覚が私の中にあった
結婚という言葉が
何度も私を通過してゆくのに、
私はどうしても彼と一緒に
生きる人生にコミットできず
ある日別れを告げた
失意の最中…
さらに彼の御父様までが
後を追うように他界した
私は、激しく後悔した
どうして、私は彼を
もっと支えてあげなかった
んだろう⁈
共通の友人にも
なぜ?なぜ?と責められ
終りの見えない葛藤に
自分を責めながらも
どこかで、自分の心を
必死に守ろうとしていた
気がする
体に受けた傷よりも
心に負った傷は何倍も
痛かったように思う
時間が経過し…
そんな痛い心の傷が
見えなくなったころ
私は、
『7カ国語ではなそう』
と書かれた
黄色のポスターを見て
ヒッポファミリークラブに
入り、言葉の冒険を始める
ことになった
…つづく…

