適切な支援を行うには
相手を理解することが必要だと考えられています。
傾聴は、その理解を深めるうえで大切な姿勢です。
ところで、支援には理解できていることが大前提なのでしょうか。
100%理解しているとよい支援ができるのかしら。
そもそも、完全にひとりの人間を理解することって可能なのでしょうか。
私は自分のことを100%理解しているかというと
決してそうではないと思っています。
自分のことなのに、見えていないことやわかっていないことはたくさんあります。
子どもや学生たちやクライエントから指摘されて、はっと気づくこともしばしばです。
人間は無数の情報を持っています。
どんなに優れた心理検査を組み合わせても、
どんなに経験を積んだ心理臨床かであっても、
1人の人間がもつそうした情報すべてを把握することができるものではありません。
つまり、人間を100%理解するってことは不可能であるのです。
だけど、理解できていないと、支援ができないのでは?と心配になりますよね。
実は理解できていないからといって支援ができないわけではないのです。
支援においては、
理解できている、という思いよりも、
理解したい、という思いのほうが力をくれます。
相手に耳を傾けようとするからです。
また、
理解できている、と知ってるよりも
理解できていないことがある、と知っているほうが支援を展開していけます。
理解したつもりに陥るのを防ぐからです。
傾聴を妨害しないために、
支援者は、理解を急がないことが求められます。
理解に近道はありません。
理解したいという思いをもって、
理解することを急がないこと、
これが傾聴を実現するうえで重要になるのです。
5つの傾聴を妨害する要因をお話してきました。
傾聴は、最終的に、支援者が要支援者のことを理解するのを
助けることもありますが、
実は、それ以上に
要支援者自身が自分に目を向けて、自分のことに気づくのを
助けるものなのです。