淀川さん話しが続きましたが、今回が最終回です。
淀川さんが、電車で仕事に行かれていた時の話しです。
その頃は、改札口が現在のように自動ではなく、駅員さんがいて切符のやり取りをしていました。
毎日、改札口にいた駅員さんが愛想が良く無い方だったそうです。淀川さんは、その駅員さんに毎日挨拶されていたそうですが、駅員さんはなかなか反応してくれなかったそうです。
それでも、淀川さんは挨拶を何日も続けてやめなかったそうです。すると、ある日駅員さんの方から挨拶してきたそうです。
淀川さんいわく、どんな無愛想な方でもこちらが愛想良く接していれば、相手の心は開かれます。
とにかくやめたりあきらめたりしない事が大切です。
淀川さんのお人柄や考え方が見えるエピソードだと思います。
淀川さんについてですが、イタリア版西部劇のマカロニウエスタンは、淀川さんが考えられたフレーズです。他にも洋楽は、原題をそのまま使ったり、日本語訳の題名にしたりとありますが、かなり多くは日本語題で公開されています。
結構、淀川さんが付けられ物があります。中には、原題とはかなり違う物が多くありました。
題名でヒットする事もあったので、結構重要な事だったようです。原題を見て、日本語題とはかなり違いますので、一度原題を注意して観てください。
前回の続きになりますが、映画解説者の淀川さんのお話しになります。
淀川さんの少年時代のお話しを、テレビのインタビュー番組で見た事柄なんですが、淀川さんは幼い頃から映画館で映画を観ていたそうです。学校では、映画館に行く事が禁止されていたそうですが、映画館に行っていたそうです。先生が映画館に見回りに来て、見つかるといけなかったのですが、見つからないように映画を観ていたそうです。ここまでだったら誰でもやりそうな事です。淀川さんの場合、見回りに来ていた先生が映画を観て涙を流してる所に近寄って映画って良いでしょうって言って一緒に映画を観たそうです。いかにも淀川さんらしいエピソードだと思いました。続きは次回に…