テレビでの映画放送には、それぞれの番組に映画解説者がいて、映画の本編が始まる前と終了後に解説がありました。月曜ロードショーは、荻まさひろさん。ゴールデン洋楽劇場は、高島忠夫さん。日曜洋楽劇場は、淀川長治さんでした。一番知られていたのは、淀川さんだと思います。女性解説者で小森のおばちゃまの師匠です。有名なフレーズが番組の最後に言われていた、
「さいなら、さいなら、さいなら」でした。なぜ、さいならを三回言われていたかと言うと、初めはさいならを何回も言われていて、画面から消えるまで続けられていたそうです。ですから、その日によって何回で終わるかが違っていました。そのため、その日に何回言うかを視聴者が賭ける事態が起こり問題になったそうです。なので、三回と決めて終わる事にされたそうです。純粋に映画を楽しむ視聴者だけではなかったようです。続きは次回にまた…





皆様、明けましておめでとうございます。今年も映画コラムを続けて行きますので、よろしくお願いします。

映画館で初めて映画を観てから、映画を見る事がどんどん好きになっていきます。入場料が安かったと言っても、頻繁に行ける程お金があったわけではないので、映画に行くことは特別な行事でした。その為、テレビで放送される映画はとても大切な時間で重要性があったのです。その頃、民放が2局しかなく(フジ系とTBS系)放送されていた映画番組は、日曜洋画劇場(これは朝日系)日曜日、月曜ロードショー(TBS系)月曜日、ゴールデン洋画劇場(フジ系)金曜日の3つが放送されていました。日テレの金曜ロードショー(その頃は水曜ロードショー)の放送はありましたが、日テレ系で見られませんでした。放送時間は3番組とも午後9時から11時までで、よほどの事が無い限り番組が遅く始まったり延長されたりすることはありませんでした。ですから、ほとんどの映画は時間内に編集されていたと思います。2時間枠と言っても正味は、1時間35分くらいの上映時間にしなくてはならなかったようです。ただ、オリジナルを今のようにDVDで観られる事が無かったので、どこがカットされているかは分かりませんでした。今と比べると見る側は、かなりの不便さがあったように思います。しかし、なぜかその頃の映画が心に残っています。

多分、その頃は一生懸命に映画を観ていて便利な今とは違って、映画への思い入れがあったのだと思います。 続きはまた・・・

私が、初めて映画館で観た洋画は「007/死ぬのは奴らだ」「最後の猿の惑星」の二本立てでした。当時の劇場公開は、現在の公開と違って二本立てや三本立てが普通でした。当時、入場料は300円ぐらいだったと思います。今と昔の値段の比較をすると、いろんな物の中で映画館の入場料は上昇率が高くなった物のひとつのような気がします。今のようにレンタルして映像が見られる時代と違って、封切期間を逃すといつ観られるか判らないので、映画に対する思い入れがありました。暫く待てば、見逃しても作品がソフトとして発売されたり、テレビの数多いチャンネルで放送されていたり、いつでも観られる状況ではありませんでした。その頃と今を比べて考えるとまるで、映画とゆう産物に賞味期限がなくなったように思えます。映画は食べ物のように腐ったりはしませんが、その時に観るのが一番の見頃であり旬であると思います。ただし、作品の中には新鮮さを度外視した物も存在しています。それはまるで、年代物のワインのように貴重で味わい深い種類のものだと思います。

この続きはまた次回に・・・