ブルース・リーが何故、多くの人の心に残り影響を与えたのか?
私が思うに、彼は色んな意味でのパイオニアだったからだと思います。
アジア人として世界的な映画スターになった事、肉体を使ったアクションを確立した事、強さの中にどこかコミカルな演技が感じられた事、どことなく悲しげで哀愁が漂っていた事、考えれば色んな事が出てきます。
改めて考えた時に、多くの事柄が浮かんでくる人物はそんなにいません。
だから、なかなか彼を超える人物が現れないのかもしれません。
別のジャンルの映画スターはいますが、格闘技系アクションスターで言うと、やっぱりブルース・リーに一番魅力を感じます。
ジャッキー・チェンは、少し別の感じで自分を表現していると思います。
ジャッキー・チェンが言っていた事柄があります。ブルース・リーの後輩にあたる彼は、始めはブルース・リーを目指していましたが、やがて自分はブルース・リーのようにはなれないと気付きす。
それから、彼は別の形でスターになりました。
ブルース・リーの前にブルース・リー無し、ブルース・リーの後にブルース・リー無し
この先、ブルース・リーを超える人物が表れるのか…
私が生きている間に
映画館で映画を観始めた頃、とても衝撃を受けた映画があります。
女性の方は、余り理解出来ないかもしれませんが、凄いと思う映画と出会いました。それは、今は亡きブルース・リーの燃えよドラゴンでした。今まで多くの映画を観て来ましたが、映画館に五回も観に行ったのは燃えよドラゴンが一番でした。
燃えよドラゴンは、たちまちブームとなり学校の男子生徒は、皆ブルース・リーになっていました。ブルース・リーが戦う時に発していた唸り声のアチャーを真似て、校舎中、学校中、近所中、日本中でその唸り声をあげていました。
映画解説者、特にテレビ映画解説者の場合、自分の思いに反して映画の解説をしなくてはならない事が多々あったと思います。
放送にあたって、毎回放送される映画の解説を行います。
映画評論家でもある方々ですので、好きな映画もあれば好きではない映画もあると思います。
ですが、映画解説者としてはこれから放送する映画が例えつまらない映画でも、つまらない映画とは言えない。逆に視聴者にはお薦めのコメントをしなくてはならない。評論家としては、辛口のコメントをした映画を観てもらう為に面白いと言わなければなりません。
テレビ映画解説をされていた方々は、評論家としてはかなりシビアに映画評論をされていたので、矛盾を感じられていたと思います。
どんな仕事でもそうですが、理想と現実が違うと感じながら仕事をされていると思います。好きでやっている映画の仕事でもジレンマがあるのは仕方がない事なのでしょうか?