ラン
つい少し前、昨年の11月にランが天国へ旅立ちました。
溺愛してました。
自慢の愛犬でした。
本当に、本当に、本当に大好きでした。
恋人で相棒で大切な最高の家族でした。
生後2ヶ月でうちに来て、僕の人生で初めて最後まで一緒にいた飼い犬です。
よくフレンチブルドッグに間違えられたけど、パグとボストンテリアのミックスの女の子、人によってはパグトンとかパグトンテリアとか。僕は誰かに紹介する時は愛着を込めて、雑種ですと、言ってました。
周りの人から、歳を重ねたランにおばあちゃんとか言われても、僕らにとってはいつまでも可愛い末っ子でした。
初めて来た日に僕の胸に震えながら抱かれたラン。
少し慣れてきて、リビングで僕が晩酌を始めると「私にもちょうだい」とケージの中でクンクン泣いて、結局その1ヶ月後には僕らの布団で一緒に寝るようになったラン。
鼻ぺちゃなので、いびきがすごくて僕らをびっくりさせました。その後、僕らにとってランのいびきは子守り唄に。
寒がりで冬になると僕らの布団に潜り込んできたラン。
とにかく食いしん坊なラン、僕らの食べ物を何度も盗んではすごいスピードで飲みこんだり、悪さが高じて小麦粉をかぶったり、なぜか踵に塗るクリームを全部舐めてしまったり、こと食べ物に関するエピソードはたくさん。
初めて自転車のカゴに乗った日、飛び降りてうんち💩を漏らしてしまったよな。
年に一回の注射でお医者さんに行くとブルブル震えてたラン。
臆病なんだけど、よそのワンちゃんに吠えられてもどこ吹く風。
お散歩に行こうと言うと嫌がって、どこかに隠れてしまう割には、いざ出かけると平気で2〜3キロスタスタ歩いたタフなラン。それもシニアになっても。
ランとたくさん歩いた日が僕にとって最高の休日となりました。
自転車や電車で色んなところに付き合ってもらいました。
一度自転車で皇居の方にも行ったなぁ。
電車で立川の昭和記念公園も。
家族で何度も行った旅行も楽しかった〜
どこに行っても、すれ違う人々にかわいい〜と言われたラン、オッさんドヤ顔で似合わない原宿とかを歩いても、住宅街を歩いて迷っても、ランといるだけで嬉しかった。
そもそもが娘たちが飼いたいと言って、ランはやって来ました。もちろん僕もワクワクしてました。その時はここまでランの存在が大きくなるとは予想できなかったけど。
毎朝の散歩は僕の日課に、夕方は妻が担当。
ランと一緒にいればいるほど、もっとずっとランと居たいと思うようになりました。
ランの喜びが僕らの喜びでした。
ランが一番嬉しかったことって何だろう?
僕がすぐ思い浮かぶのは、僕がお店から時々持ち帰る仔羊や蝦夷鹿などのゲンコツ、骨をあげた時です。
もうホントに狂ったように喜びました。とは言え全部食べると消化に良くないので途中で取り上げると野生化してめちゃ怒って、噛みつかれそうになるくらいでしたが。
よくランに話しかけました。
今日はいい天気だねー、お腹すいた?、パン屋さん行こう!、お父さん今日お休みだよ、って言うとその日は僕の後を尾いてばかり。お母さんがランのごはん作ってるよと言うとすごく興奮してお母さんのところへまっしぐら、、でも何か話してもほとんどが首をかしげるか、無視してるか、でも食べ物系のワードだけは反応してました。だから"ホネ"と言うワードはタブーに。
時々、「お父さんランだーい好き!」なんて言ってもランは知らんぷり、でも一度だけ、「ランは?」と聞いたら僕の鼻をペロンと舐めてくれた。
家族思いの優しい子でした。
そのくせツンデレで、、。
こうしてランとの思い出ばかりを書いても、面白くないかもしれません。
悲しいのは僕だけじゃない、、。
涙するのも僕だけじゃない、、、。
いつかランがいなくなっても僕はお知らせはしないだろうと考えてました。
でも、少なからず僕のブログを読んでくれてた方、僕に近しい人たちは何かにつけランちゃんは元気?とか、ランを気遣ってくれたから、やっぱり書こうと決めました。
それに、ランとの思い出を僕自身書き留めておきたかったんです。
カズオイシグロさんが記憶こそが死へ抵抗する唯一の力だと前に語っていました。
だから僕には時間薬なんていりません。
まだランを飼い始めた頃、お正月のさんまさんのTV番組で視聴者の夢を叶える企画の「あんたの夢をかなえたろか」を観ていて、局のスタッフさんが街頭で一般の方々に夢はなんですかとリサーチで聞き回っていました。
確か名古屋だったかな、、ほろ酔い気分のサラリーマンの人にマイクを向けたら、最初その方は笑ってふざけ気味だったんだけど、突然押し黙って、「家に高齢の犬がいて、もう長くないねん、、、、あ、、俺泣くわ、、」
当時はランもまだパピーだったけど、僕は一瞬でその人の叶えたい夢と言うのがわかってしまって、涙があふれました。
きっと僕もいつかおんなじ気持ちになるんだろうなって。
それから僕は毎日神様にランが15歳までは元気でいられますようにとお祈りしてきました。
神様は願いを聞いてくださいました。
でも、本当はもっともっと、ずーっと一緒にいたかった。
1リットルの涙って映画かドラマがあったけど、元々泣き虫の僕は本当にそれくらい泣きました。
ランがいなくなって、ランのブヒブヒ言う呼吸音やイビキが聞こえない日常の静かさが怖いです。
今でも毎日刹那的には泣いてます。
ペットは虹の橋で待っててくれるって誰かが言ってたけど、ひとりでどこにも行かせた事のないランが行けたかな、いや行けないよ、あんな小さな体で、と思うとかわいそうでたまらない気持ちになります。
ランを失った今、東京のあちこちにランとの思い出があって、僕はそこを通る時、ランの息吹を感じたりしています。よそのワンちゃんを見た時にランの面影を見ています。
ずっと、ランは僕らの心の一部です。
たくさんの思い出は半分は涙で切ないんだけど、半分は温かい気持ちになって、ランを感じる事が嬉しいです。
でも、、それは強がりです。想いは筆舌には尽くせない、、、。
本当はランに会いたくて会いたくて、しょうがないんです。
そしてランにまた言いたい、「お父さん、ランだーい好き!」って、そして抱きしめたい、です。
こんな事言うと本当にお別れみたいで言いたくはないけど、、、お父さん達といつも一緒に遊んでくれてありがとう。
みんなに幸せをありがとう。ランのおかげでいっぱい笑顔になれたよ。
きっとまた会えるよね。お父さんはそう信じてる。
さよならは言わないからね。
だからお父さんたちのニオイを忘れないでよ、ラン。
そしたら、お母さん仕込みのランの得意な“クルン“をして見せてね。
それが合図だよ、ランはお利口さんだもんね。
ランは基本的に丈夫で元気な真っ当な一生でした。前日までお肉を食べてました。
それと、僕の知人友人がランにお花をくれたり、励ましの言葉をくれました。改めてお礼を言います。
皆さま、ランを可愛がってくださって本当にありがとうございます。