こども六法を読んでいたぼんちゃん、急にこんなことを言いだしました。

「ねえママ、なんで死刑があるの?人を殺しちゃいけないんじゃないの?」

 

私 :死刑はね、最も重い罰なの。個人じゃなくて、国が人の命を奪うのよ。

ぼん:じゃあ、人を殺してもいいの?

私 :、、、国が罰としてするならね。

ぼん:え~(←明らかに納得していない)

私 :死刑制度は、意見が割れる所だね。日本は死刑制度があるけど、ヨーロッパのほとんどの国では廃止になっているしね。

ぼん:なんで日本にはあるの?

私 :最も重い罰として残しておくべきっていう考えの人が多いからだよ。

ぼん:なんでヨーロッパにはないの?

私 :ヨーロッパで多くの人が信仰しているキリスト教の教えに反するからみたいだよ。日本とは宗教が違うのよ。

ぼん:死刑はダメだと思う。

私 :もしぼんちゃんの大切な人が犯罪の被害にあっても、同じように言えるかな?

ぼん:・・・

 

こども六法の中で死刑について触れているのは、刑法第11条、第199条

「第11条 死刑 1項 死刑は、そのための施設で首を絞める方法で行います。」

「第199条 殺人 人を殺した人は、死刑または無期か5年以上の拘禁刑とします。」

などです。

なぜ死刑という刑罰があるのかについては書かれていません(たぶん)。

難しい話ですよね。

 

昔、アメリカの語学学校に通っていた時、ディスカッションの授業で「死刑制度の是非」について議論したことがあります。

ディスカッションの議題は一覧表になっていて、グループごとに指定された議題で話すことになっていました。一覧表には

・産業の発展と自然保護、どちらを重視すべきか

・子供にIT機器を持たせるべきか

というような一般的なテーマの他に、

・死刑制度の是非

などの重いテーマも入っていました。

死刑制度は、宗教観などの極めてプライベートな部分に直結するテーマ。正直、この議題が指定された時には、「うわ~、難しいテーマになったな。。。」と思いました。でも私の不安に反して、みんな淡々と自分の意見を述べていました。

ヨーロッパから来た学生たちは、軒並み「死刑反対」と言っていました。誰にも命を奪う権利は無いと。

印象的だったのは、先生の意見。先生はアメリカ人でしたが、「○○州(学校がある州)では死刑は廃止されているけれど、あった方が良いと思っている。終身刑の囚人は労働もなく、個室でテレビを見ることもできる。殺人者にそんな生活をさせるために税金を使って欲しくない」と言っていました。

ちなみに私が「日本には死刑制度がある」と言った時、周りの生徒たちはぎょっとした表情をしていましたが、特に否定的なことは言われませんでした。

 

そういえば、「自分たちも戦争責任を感じるべきか」というようなテーマの日もありました。その時は同じグループにドイツ人の子がいたので、「大丈夫かな。。。」と思ったのですが、その子は淡々と「自分の世代が感じる必要はない」と話していました。

 

授業を通じて思ったのは、本当に色々な考えがあるのだなということ。そして、みんなディスカッション慣れしているなと感じました。淡々と自分の意見を言っていましたし、変にごまかしたり、感情的になったりするようなことはありませんでした。

もちろんこれは語学学校というやや特殊な環境下での話なので、一般化できる話ではないと思いますが、難しいテーマについて、タブー視して黙ってしまうのではなく、自分なりに考え、話すということは、これからの時代では重要になるだろうなと思います。

 

それにしてもぼんちゃんと死刑制度について話し合う日が来るとは。。。。

数年前まで、アンパンマンのことしか頭になかったような子ですよ。。。

子供の成長は本当に凄いですね。。。。